第35話
二週間後、大贋作会が開催された。
王族の催事などで利用される水晶宮殿が大会の場所となっている。
まさか水晶宮殿に入れる日が来るとは思わなかったよ。
『僕たちが丸くなってる!』
クリスタが球状になった天井へと飛んでいく。
荘厳と言っていい水晶宮殿の天井は研磨した巨大な
「綺麗ですね」
助手として参加してくれるレックスさんに顔を向けると、彼も初めて来るのか、天井を見上げてその精緻な技術に感嘆していた。
「三百年前に作られたものとは思えないな」
「
あっ、私たちの他にも初参加者がいるみたい。
数名が天井を見上げている。
そうだよね。これだけ美しかったら、しっかり目に焼き付けておきたいよね。
その他の参加者は、慣れた様子で指定の席へと向かっていた。
参加者の鑑定士バッヂを見ると、CとBランクばかりで、Dランクは私だけだ。Aランクの方はいないらしい。Aランクの鑑定士は希少だからね。
「オードリー嬢、あちらでミランダ様が手を振っている」
レックスさんの視線の方向を見ると、水晶宮殿を囲うようにして席が設けられており、貴族らしき人たちが百人ほど見物に来ていた。その中にミランダ様の姿があった。
私と目が合うと、ミランダ様が笑みを浮かべて、上品に手を振ってくれた。
瞳のターコイズブルーに合わせたAラインのシンプルなドレスが美しい。
やっぱり素敵な人だなぁ。
しっかりと手を振り返し、オードリー・エヴァンスと書かれたネームプレートの席についた。
机にはビロードのような黒いテーブルクロスが引かれている。
参加者の鑑定士は全部で五十人ほどのようだ。
「あら、恥をかきにきたのね」
背後から聞き慣れた声が響いた。
「あなたの隣だと陰気臭さが移ってしまうわ。替えてもらえないかしら」
ドール嬢が顎をつんと上げ、芝居がかった調子でカツカツとヒールの音を響かせて、通路を挟んで隣の席についた。
よりによって隣か……。
ドール嬢は貴族席にちょうど座ろうとしていたゾルタンへ手を振った。助手には背の低い老人を連れてきている。
ゾルタンは男爵位持ちだ。
ドール嬢を推薦したらしい。
傍から見ると、ゾルタンがドール嬢の鑑定能力をそれだけ買っているということになり、ドール嬢はカーパシー魔宝石商の看板を背負ってこの大贋作会に臨む、という構図になる。
ただ、ドール嬢の余裕たっぷりな姿を見ていると、どうも真剣に大会に挑んでいるように思えないんだよね……。
自分が優勝することを信じて疑わない、といった自信が垣間見える。
とりあえず、返事はしないでおこう。
「ふん。何も言えないの? つまらない女ね」
ドール嬢は私から目を離し、私の背後に立っているレックスさんへと甘い視線を送った。
「私が全問正解するところを見ていてくださいね。この大会で優勝できたらデートしましょう」
「遠慮する」
「まあ、恥ずかしがってしまって。本当は行きたいくせに」
ドール嬢が嬉しそうに頬を両手にあて、首を横に振った。
「その女の助手をやらされて可愛そうですわ。あとでミランダ大奥様に一言伝えないといけませんね。鑑定士は優秀なCランクであるこのわたくし、ドール・バーキンをお使いくださいと」
「……」
レックスさんが閉口して、無言になった。
他人の顔色をここまで伺わないのもある意味すごい。
五分ほどすると、水晶宮殿の壇上にギルド長と老齢の軍人が登場した。
ギルド長はシルバーグレーのスーツを着こなし、隣にいる老齢の軍人は勲章をいくつも胸につけた儀礼用の軍服を着ている。特別大きな勲章についている魔宝石が異質な輝きを放っていて、非常に価値のある石に見えた。もっと近くで見たい。
じっと勲章を見ていたら、レックスさんに肘で腕をつつかれた。
彼が首を横に振る。
ちょっとじろじろ見すぎた……。
すると、ギルド長が口を開き、大贋作会の開催について話し始めた。
この大会の歴史と意義を説明し、それが終わると「全問正解してみせよ」と挑戦的な笑みを浮かべ、隣にいる軍人さんを恭しくご紹介した。
「本日はご多忙の中、ヴァーミリアン公爵閣下にお越しいただいた。閣下、お言葉を賜りたいと存じますがよろしいでしょうか?」
ギルド長の問いに、公爵閣下が重々しくうなずいた。
ヴァーミリアン公爵閣下! かの有名な魔宝石卿だ!
まさか御尊顔を賜われるとは思わなかった。
「優秀な鑑定士諸君。私は贋作の根絶を願っている。研鑽の成果をここで証明してくれたまえ」
しわがれた、それでいてよく通る声が響く。
閣下のお言葉に会場から拍手が起こった。
ヴァーミリアン公爵閣下はラピス王国でも有名な“魔宝石卿”と呼ばれる御仁で、魔宝石の蒐集と研究に私財の半分以上を費やす方だ。
魔宝石卿が出資と監修をした『魔宝石大辞典』は何度も利用している。
そのクオリティの高さは、ほとんどの鑑定士が使っているほどだ。
閣下はチャコールグレーの髪をきっちりとオールバックにし、威厳のある長い髭も整髪料で固めている。まぶたは高齢のせいか落ち窪んでいるけど、その奥の瞳は炯々とした光を放っていた。軍人だけあってかなりの威圧感だ。
一瞬、目が合ったような気がしたので、あわてて一礼し、テーブルへ視線を移した。
不敬であると後で言われたらたまらない。
拍手を皮切りに、大贋作会の課題が水晶宮殿に運ばれてきた。
ヴァーミリアン公爵閣下の小姓らしき少年たちが、黒のトレーに乗った色とりどりの魔宝石を持って、行進するようにゆっくりと壇上前に並んでいく。これだけでも一見の価値がある洗練された動きだ。
観覧席からも感嘆のため息が漏れた。
「では、大贋作会を開始する!」
ギルド長の一声で、ついに大会が始まった。
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