第33話

 ドアを開け、門の前まで行くと、ドール嬢が目を吊り上げた。


「早く出てきなさいよ! このグズ!」


 偉そうに指をさし、オフショルダーのドレスで強調された胸を前へ突き出している。今日は花柄のドレスに、赤いハンドバッグ姿だ。ヒールも赤い。


 隣にいるゾルタンは、緑がかったストライプスーツに真っ赤なネクタイで、相変わらず何を考えているのかわからない目でこちらを見ていた。


「ようこそエヴァンス鑑定事務所へ。ご用命でしょうか?」


 門は開けないでおく。

 ドール嬢が今にもつかみかかってきそうな顔をしていたからだ。


「レックス様から手を引きなさい。陰気女の分際であの方の隣にいるなんて、許されないことだわ」

「……えっと、意味がわからないのですが」

「白々しい! あなたたち付き合っているのでしょう?!」

「え? ただの友人ですけど……」

「カフェで逢引きしているのを見た人がいるのよ! 恋人だという証拠でしょう!」

「道端で偶然会って、時間つぶしにカフェに行っただけですよ」


 そう言うと、ドール嬢が悔しそうに歯噛みした。


「道端で偶然会ってカフェ? なんてうらやましい……」


 そこまでつぶやいて、ドール嬢はキッと私を睨みつけた。


「今に見てなさい! Cランク鑑定士であるこの私が、あなたの資格剥奪を進言したわ。この意味わかる? そのうち、あなたの鑑定士のバッヂは取り上げられるわ。そうすればレックス様は幻滅してあなたと別れるでしょう」

「……なぜそんなことを?」


 あの理知的なギルド長が、大した理由もなく剥奪処分にするとは思えない。


「なぜ? なぜですって? あなたが不正をして合格したからに決まっているでしょう」

「正式に試験を受けて合格しましたよ」

「役立たずが過去最高得点で合格? そんなのあり得ないわ」


 後でギルドに報告したほうがいいかな?


 私が口を開こうとすると、ドール嬢が遮るように声を上げた。


「それから、カーパシー魔宝石商を不当な方法で退職したことも伝えておいたわ。恩を仇で返す最低な女だとも言っておいたから」


 得意満面という顔つきでドール嬢が腕を組む。


「不当な方法で退職?」


 意味不明な言いがかりに脳内が疑問符でいっぱいになった。


 契約書も交わしていないのに、不当も何もあったものではない。

 隣で黙っていたゾルタンが一歩前へ出て、門の鉄柵をつかんだ。


「おまえのせいで商会の評判が下がっている。今なら許す。戻ってこい」


 ゾルタンとは会話にならないから、無視しよう。うん。


「ご用命でないのなら、お帰りください。こう見えて忙しいんです」


 そう、このあと、ご令嬢のお気に召すままの続きを読まなければいけないのだ。


「いい加減しろ」


 ゾルタンが底冷えする声を出した。


「身ぎれいにして、新しい男を作り、鑑定士として働いているだと? 俺をどれだけ侮辱すれば気が済むんだ。なぜ婚約中にしなかった?」


『こいつぶっ飛ばす〜?』


 クリスタがいーっと歯を出している。


 一瞬、ハムちゃんに手を伸ばしかけたけど、止めた。


 こんなとき、ご令嬢ならなんと言うだろうか考える。


 小説のシーンを思い返し、私は笑顔を作って、スカートをつまんで一礼した。


「お引取りくださいませ。ごきげんよう」


 ご令嬢なら、優雅に帰らせるはずだ。


「……ッ!」


 ゾルタンが顔をしかめ、ドール嬢がぎりぎりと歯を食いしばった。


 タイミングよく、甲冑姿の都市騎士がこちらに歩いてくる姿が見えた。

 巡回を多めにしてくれているのが功を奏した。


 後でギルド長にお礼を言わないと。


 ドール嬢はさすがにまずいと思ったのか、どうにか表情を取り繕った。


「ふん……。ギルドで聞いたけれど、あなた、大贋作会に出場するそうじゃない。レックス様のおばあ様のご推薦ですって?」


 くすくすとドール嬢が笑う。

 どうしよう……その話、聞いてない。


 大贋作会は魔宝石の本物とニセモノを見分ける権威ある大会で、貴族の推薦がなければ出場できない由緒ある祭典だ。優勝者は賞金と名声を手に入れる。


「私も出場するのよ。失敗して、せいぜい恥をかくといいわ」


 ドール嬢は気分が良くなったのか、踵を返した。


「ゾルタン様、行きましょう」

「ああ。そうだな」


 ゾルタンが腕を出すとドール嬢が手を添え、都市騎士に「ごきげんよう」と愛想を振りまきながら去っていった。


「はあ……帰ってくれた……」


 深いため息が漏れる。


 色々と意味不明だったけど、一番よくわからないのは、やっぱり二人の関係性だ。


 ドール嬢がレックスさんを追いかけているのに、ゾルタンは何も言っていないのが気になるよね。


『汚い目玉だね。あれはいらないや』


 クリスタがそんなことを言って羽を揺らし、家へと戻っていった。


 可愛いのに怖いよ……精霊さん。


 コーヒーでも飲んで気を取り直そう。

 私もクリスタの後に続き、リビングのソファに身体を沈めた。


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