第32話
『柘榴石(ガーネット)がいっぱいだね』
クリスタが作業台の上に並べているザクロ色の魔宝石を触り、楽しそうに笑った。
二枚羽を揺らしてクリスタが飛ぶ。
アトリエに差し込む日光が彼の羽を照らすと、光彩を作った。
『遊ぶのはいいけど混ぜないでね。鑑定のやり直しになるから』
『うん』
ジョージさんから紹介を受け、偶然にもガーネットグループの鑑定をしているところだ。
魔宝石・心奪柘榴石(マラヤガーネット)は今のところない。
かなり貴重な魔宝石だからね。
おそらく、今見ている依頼の品は、同じ場所で採掘をした魔宝石だろう。
『あなたも可愛い苦礬柘榴石(パイロープガーネット)だね。こっちに仲間入り』
魔力を含んだ石を右に移動させる。
苦礬柘榴石(パイロープガーネット)のいいところは、一つ一つが小さく、ブローチなどに加工しやすい点にある。
一つでは魔法効果を発揮しないが、いくつかをつなぎ合わせると、魔法障壁を出現させることが可能だ。数回で割れてしまうので、使い切りをイメージするとわかりやすい。
貴婦人の護身用として人気の魔宝石だ。
『大きい子だね。あなたは特別枠へどうぞ〜』
やや大きめの苦礬柘榴石(パイロープガーネット)は上へと移動させる。
ただ鑑定しているだけなのに、とても楽しい。
種類は一緒でも、同じ魔宝石は一つとしてない。
形や大きさ、魔力の流れ。これからこの子たちは加工されて装飾品や魔道具として活躍する。新しい魔宝石を手にした持ち主たちも、それぞれ違った物語が紡がれていくのだ。
集中が切れてきたので一息つくことにした。
「んん〜」
両手を伸ばすと気持ちがいい。
ちょっと集中しすぎたかな?
そういえば、ミランダ様のお屋敷に行ってからもう二週間か。
個人事業主生活も慣れてきた。
自由に仕事ができるっていいよね。
好きな時間に休憩して、疲れたらソファでごろごろしたり、小説を読んだりもできる。
そういえば、レックスさんとはあれから一度街で偶然会って、喫茶店で小一時間ほど話をした。魔道具師の話を聞くのも面白いし、彼も懇意にしている鑑定士がほとんどいないそうで、私が魔宝石の知識を披露しても嫌な顔せずに聞いてくれる。
まあ、嫌な顔というか、ほぼ無表情なんだけれど。
レックスさんの話をモリィにしたら、「ついにオードリーに春が来た!」と興奮していた。
いや、彼とそういう関係になることなどあり得ない。
ゾルタンに婚約破棄されてから、自分が男性と恋愛をしている未来がまったくもって想像できなかった。私は多分、一生独身だろう。
『これ、魔力が多いね』
クリスタがむむむと言いながら苦礬柘榴石(パイロープガーネット)を見て、大きな目をぱちぱちとさせている。
その可愛いさに頬が緩む。
『その子が一番が高いよ。値段をつけるなら四十万ルギィだね』
『ふぅん』
カーパシー魔宝石商を辞めてから一ヶ月以上経つのか……。
あそこで働いていたのが遥か昔に感じる。
稼ぎは以前の月収十万ルギィと比べるべくもなく、よくなっている。
何より、仕事ぶりを褒められるのが嬉しかった。
カーパシー魔宝石商にいた頃は一度も褒められたことがない。
もう、私のことはみんな忘れているだろう。事務員が一人いなくなっても、所詮、仕事は回るのだ。社会とはそういうものだと、よく小説にも書いてあるし。
タイミングよくクリスタが『豆が食べたい』と言ったので、ガーネットを専用のケースにしまい、リビングに移動した。
『ケニエスタ豆がいい』
『じゃあ私もそうしようかな』
戸棚からコーヒー豆の袋を取り出し、この間、雑貨屋で買った精霊をモチーフにした小皿の上に豆を出した。
『ありがと』
そう言って、クリスタがぼりぼりと豆をおやりになる。
可愛い姿を見ながら、コーヒーから立ちのぼる湯気をぼんやりと眺めた。
時間がゆっくりと進む。
日差しが心地いい。
窓から差し込む光が、まっすぐ絨毯に当たっている。
定規で引いたような光の影が、六角柱をした
『食べたら眠くなってきた』
クリスタがふわふわと飛んできて、膝の上に寝転んだ。
『寝ちゃっていいよ。私、小説を読むから』
『うん……』
クリスタが三秒ほどで寝息を立てた。
いつも思うけど、寝付きがいい。
彼を起こさないようにコーヒーカップをサイドテーブルへ置き、小説『ご令嬢のお気に召すまま』を手にとって、ぱらぱらとページをめくった。
インクの匂いが私を物語へいざなってくれる。
今日は第一章から読むことにし、活字に目を落とした。
◯
コーヒーを飲みきり、第一章も半分を過ぎた頃、呼び鈴が響いた。
『……お客さん?』
クリスタがむくりと起き、玄関へと飛んでいく。
すぐに戻ってきて、渋い木の実を食べたような顔をした。
『あいつらがきてるよ』
『……ゾルタンとドール嬢?』
『香水男と、うるさい女』
あの二人で間違いないね。
やっぱり来たか……。
「陰気女! いるんでしょ! 早く門を開けなさい!」
ドール嬢の金切り声が小さく聞こえる。
門を揺らしているのか、ガシャガシャと音がした。
あの人はレディの嗜みというものをどこかに捨ててきたのかな……。
『無視すれば〜?』
『何度も来られたら困るから、会うよ』
『え〜、会わなきゃいいのに〜』
念のため、アトリエからハムちゃんを持ってきてワンピースのベルトに挿しておく。
玄関に向かうと、クリスタが仕方なさそうに私の肩に乗った。
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