第31話


 早速、ブローチを手にとって、中央の魔宝石をジュエルルーペで鑑定する。


 ワインレッドのような深い赤色に、少女のような透明感。

 ガーネットで間違いはないだろうけれど……色合いが特殊だ。


 ガーネットはポピュラーな赤色以外にも、ガーネット・グループと呼ばれる、別色の石が存在しており、赤、オレンジ、緑など、多様だ。


 結晶の構造は同じなのに、成分、物色、含有物、魔力などで色が変化するせいだと父さんが言っていた。


 魔力の流れを見極め、深くまで潜っていく。


 すると、おかしな点に気づいた。

 これは……鑑定結果をお伝えするが心苦しいかも……。


 私は瞳に注いだ魔力を霧散させ、ジュエルルーペから顔を上げた。


「どうかしら?」


 ミランダ様がこちらを見る。


「……見たところ、ガーネット・グループに属する魔宝石、心奪柘榴石(マラヤガーネット)かと思われます」

「心奪柘榴石(マラヤガーネット)ね。それで……他に何か言いたいことがあるのでしょう?」


 ミランダ様が私の顔を見つめる。


 言いづらい、という気持ちが表情に出てしまっていたようだ。


「大変心苦しいのですが……この石は、ガーネットに魔力を注ぎ、色を変色させ、魔宝石であるかのように見せている、贋作でございます」


 意を決して説明する。


「巧妙に作られたもので、相当な腕前の贋作師による作品です。これ自体に一定の価値を見出すこともできるほどの出来栄えです。ですが、買取価格は、贋作ということで著しく下がるかと思われます……」


 私がそこまで言うと、ミランダ様が沈黙した。

 彼女はブローチを手に取ると、しげしげと眺め、深くため息をついた。


「合格、ということでいいのかしらね」


 ミランダ様がぽつりとそんなことを言った。


「合格?」

「いやだわ、このブローチを見ると、ちょっと腹が立つのよ」


 そんなことを言いながら、ミランダ様がブローチをテーブルに置いた。


 困惑していると、ミランダ様が口を開いた。


「ピーターからお願いされていたの。いずれ娘が鑑定士になるから、会ったらこれを鑑定させろ、ってね」

「父さんがですか?」

「あの人、あなたの心配ばかりしていたのよ。私ほどの地位の人間に贋作だと伝えられるか、不安だったんじゃないかしら。オードリー嬢は優しい娘だってずっと言っていたからね」


 ミランダ様は気品のある雰囲気から一変して、ふてくされたような態度になった。

 私の隣にいるレックスさんが苦笑している。


 どういうこと?


「ちっとも相手をしてくれないのにこれを渡してくるなんて、ひどいと思わない?」

「えっと……父さんをお誘いしていたのですか?」

「愛人契約を持ちかけたわ」

「えっ……愛人って……父さんのことだったんですか?」


 あの無口な父さんが誘われるなんて、信じられない。


「もちろん相手にされなかったけれど」


 ミランダ様が深くソファにもたれかかり、上品に足を組んだ。

 レックスさんが「ミランダ様」と苦言を呈しているけど、彼女は首を振った。


「オードリー嬢はピーターの娘でしょう? 気安い関係でいたいのよ」

「そう言われるなら……」


 レックスさんが、困った人だと言いたげな顔をしている。無表情がほんの少し崩れていた。


「オードリー嬢。ピーターが贋作の心奪柘榴石(マラヤガーネット)を渡した意味を考えてみてちょうだい」


 そう言われ、なぜミランダ様がふてくされているのかピンときた。


 心奪柘榴石(マラヤガーネット)は微力ながら、見た者を魅了する効果のある魔宝石だ。


「ピーターはこれを渡して遠回しに断ってきたのよ。あなたに魅了されることはないって、そう言いたかったんじゃないかしら。女心がわからない人よね。あの無口な頑固者」


 寂しそうに、ミランダ様がブローチを見つめる。


 魔道具蒐集家の彼女がAランク鑑定士と取引するのは自然な流れだ。

 ミランダ様と父さんがどんな関係だったのかはわからない。


 でも、不思議と、父さんが言いたいことは違うような気がした。


 何かメッセージが隠されている気がし、もう一度ブローチを鑑定する。

 周囲のダイヤ、ブローチの台座を見る。


「あっ……」


 私は脳内にある心奪柘榴石(マラヤガーネット)の情報を引っ張り出し、とある一つの考えに行き着いた。


 気づけば簡単で、しっくりくる解答だ。


「ミランダ様、その解釈は違うかと思います」

「……どういうことかしら? あの人は、このブローチを私に託した。私が愛人契約を提案したことに怒っていた。違う?」

「恐れながら……旦那様は辺境の地にまだいらっしゃるのですか?」

「旦那? ええそうよ。うちの旦那、さっさと家督を譲って、魔道具の研究のために家から出ていったわ。年に二度しか帰ってこないの」


 ミランダ様の夫、ハリソン元伯爵は魔道具研究者として名を馳せている人だ。


 辺境の地で研究室を開き、そこにこもっている。


「心奪柘榴石(マラヤガーネット)のマラヤには、見捨てられた、という意味があるのはご存知ですか?」

「……初めて知ったわ」

「父さんはミランダ様に心奪柘榴石(マラヤガーネット)の贋作をお渡しし、見捨てられたというのは偽りである……つまりは、その考えは間違いである、と言いたかったのだと思います」

「……」

「あとは……ミランダ様の魅力に自分の心が動かされないよう、わざと贋作を渡したんです」


 ミランダ様が何度かまばたきをし、じっと私を見つめる。


「父さんは頑固者です。母は私を生んだときに死にました。父さんは母の気持ちを裏切らないため、他の女性とはお付き合いしないと誓っていたのかもしれません。あの父さんなら、それくらいは考えそうです」

「……詭弁よ」


 ミランダ様が唇を噛み締める。


「いえ、ミランダ様にブローチを贈ったのがその証拠です。あの父さんが、魔宝石単体ではなく、わざわざブローチを贈るなど、驚きました」

「……そう。実の娘が言うと、説得力があるわね……でも……」

「ご覧ください」


 ブローチを手に取り、台座の部分をミランダ様にお見せする。


 贋作の心奪柘榴石(マラヤガーネット)を支える台座には、極小のくぼみがあった。


 私は小さな魔宝石に使うピンセットを出して、くぼみを押した。


 カチリと音がして、贋作の心奪柘榴石(マラヤガーネット)がテーブルにこぼれ落ちた。


「このように、取り外しができるようになっております。父さんは、ミランダ様にふさわしい魔宝石を後でつけてほしかったんだと思います」


 テーブルに転がった贋作の心奪柘榴石(マラヤガーネット)を見るミランダ様。


「……あの人……本当に無口なんだから……」


 ミランダ様がハンカチで目元を押さえた。


「……父さんが無口ですみません……」

「あなたが謝ることじゃないわ」

「いえ……娘として恥ずかしいというか、申し訳ないというか……」

「はあ……こんな回りくどい言い方じゃなくて、一言だけでいいから、綺麗だって言ってほしかったわ。私も意地になって、愛人契約なんて持ちかけて……」


 父さんの性格上、面と向かって「綺麗ですね」とか絶対に言わない。


「言えたらこんな誤解は生まれなかったんですけどね……」


 紛らわしいことをするなと、父さんにお説教をしたい。


 はっきり口で説明してあげればいいのに。

 こんな美人な人に好かれたのにさ……。


 というか、私が仕掛けに気づくと思って説明しなかった可能性もある。いや、十分にありそうだ。妙に私のことを優秀だと言っていたから……。


 実の娘に自分の恋愛事情を時間差で丸投げするとはどういうことだろうか。


「まったくもう……」


 意外と父さんはモテたのだろうか?


 ミランダ様に気に入られた父さんが、ちょっと誇らしい気もする。


「オードリー嬢、ありがとう。素晴らしい鑑定結果だったわ」


 涙を拭いたミランダ様が、ブローチを胸に抱いて笑った。


 ミランダ様はやはり笑顔が似合う、素敵なご夫人だ。


「差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ございませんでした」

「あなたと出逢えてよかったわ。これからも、鑑定依頼をするからよろしくね」

「ご依頼……ありがとうございます! ぜひともエヴァンス鑑定事務所をご贔屓に!」


 父さんの誘導も多分にあるけど、ご満足いただけて嬉しい。


 ミランダ様が笑みを浮かべた。


「鑑定士になれてよかったわねぇ」

「それはもう、はい!」

「ピーターも喜んでいるわね、きっと」


 ミランダ様はそう言って、中央がぽっかりと空いた、雪結晶のブローチを眺めた。



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