第30話


     ◯


 新品の服に身を包み、馬車に乗って移動する。


 準男爵の証明書を門番に見せ、貴族街へと入った。


 貴族街は王都の北側にあり、貴族とその関係者、店舗従事者しか区画に入れない。

 ほぼ平民と変わらないけど私も準男爵なので入れる。


 窓から貴族街の風景を眺めていると、約束の時間より少し前に、お屋敷へ到着した。


「手を」


 レックスさんが馬車を降り、丁寧に手を差し出してくれる。


「失礼いたします……」


 男性のエスコートは初体験だった。


 魔算手袋(エディトグラブ)に包まれた彼の右手を取り、馬車を降りる。


 意外にも魔算手袋(エディトグラブ)はなめし革のような手触りだった。手袋越しでもその特徴的な手触りがわかる。


「オードリー嬢?」


 彼が手の甲を指ですりすりと触られていることに気づき、顔を向けてくる。


「あっ、癖でつい」


 あわてて手を引っ込める。


 知らぬうちに手触りを確認してしまっていた。魔宝石や鉱物を手に取るとよくやってしまう。恥ずかしい。


「鑑定のときに、こう、手触りを確かめるんですよ……魔算手袋(エディトグラブ)に触れるのは初めてだったもので……失礼いたしました」

「……気にするな」


 わずかに目を細め、レックスさんが優雅にエスコートしてくれた。

 何をしても絵になる人だ。



      ◯



 王都の伯爵家別邸に入り、ミランダ様の部屋の前に到着した。


 緊張で、頭にしびれるような感覚が走る。

 廊下にある物すべてが最高級の調度品ばかりだ。


 こっそり深呼吸をして、緊張をほぐす努力をしてみる。


「オードリー嬢をお連れした」


 レックスさんが言うと、水晶広場にも同行していた護衛の女性騎士がドアを開けてくれた。


 小洒落た調度品が並ぶ個室に通され、ミランダ様と対面した。


「Dランク鑑定士オードリー・エヴァンスです。ご依頼のため参りました」

「どうぞおかけになって」


 ミランダ様は先日同様、肩で切りそろえた金髪の半分を、頭の横で巻いている。


 今日は青磁色に光沢のあるエンパイアタイプのドレスに、純白の真珠ネックレスをつけた、シンプルな装いだ。


 おそらくだけど、室内に所狭しと魔道具が飾られているから、自分のドレスはシンプルにしているのだろう。


 美容魔道具から巨大な斧まで、高級なおもちゃ箱のような部屋だ。


「流行のボーダーカラーね。素敵よ」

「ありがとうございます。レックスさんに選んでいただきました」

「まあ、若いっていいわね」


 ミランダ様が笑みを浮かべ、席を勧めてくる。


「失礼いたします」


 ふかふかのソファに腰を下ろすと、メイドがコーヒーを持ってきてくれた。

 焙煎のきいた香ばしい匂いに頬が緩んだ。


「コーヒーが好きならそうと言ってちょうだい。私も集めているのだから」


 ミランダ様がちらりとレックスさんを見る。


「あのときは気が回りませんでした」

「レックスが朴念仁なのは今に始まったことじゃないわね。気にしないでおきましょう」


 ミランダ様が笑顔を浮かべると、レックスさんが肩をすくめてみせた。

 どうやら言われ慣れているらしい。


「オードリー嬢、この部屋はいかがかしら?」


 両手を広げてミランダ様が自慢のコレクションを紹介する。


「古いものから新しいものまで集められておりますね。魔道具に使われている魔宝石が気になります」

「ピーターと同じことを言うのね」


 ミランダ様が嬉しそうに言った。


「そうですか。血は争えない、ということでしょうか?」


 なんとなく気恥ずかしくて、そんなことを言ってごまかしてみる。


 父さんも魔道具で埋め尽くされた部屋を見て、魔宝石が気になったのかな。


「魔道具の効果はあとで紹介させていただくわ。先に鑑定依頼をお願いできるかしら」

「はい! いつでもどうぞ、お願いいたします」


 ミランダ様が所有している魔宝石はきっと貴重なものだ。


 うきうきした気分で、ジュエルルーペを取り出す。


「まあ、本当に魔宝石が好きなのね」

「石のことになると人が変わるんですよ、オードリー嬢は」


 ミランダ様の言葉に、レックスさんが答える。


 先日、自由市の露店で「暗くなってきた」と言うレックスさんに、私が「もう少しだけ」と、何度も粘ったせいかもしれない。


 申し訳ないなとは思っていたんだけどね……魔宝石が可愛くて可愛くて……。


「鑑定士は魔宝石が好きですよ。私が特別おかしいというわけではないと思います」

「オードリー嬢ほど熱中しない気がするが」


 レックスさんが歯に衣着せずに言ってくる。

 この人ほんとはっきり言うよなぁ……。


「オードリー嬢を困らせないで、レックス」


 ミランダ様が上品に口元を手で押さえて笑い、ソファの後ろにあるガラスケースから、台座に乗った、独特の光彩を生み出すブローチを持ってきた。


 ブローチは雪結晶の形をしている。


 中央に2.0カラットはありそうな紅色の魔宝石が鎮座し、その回りを小粒のダイヤモンド――メレダイヤが装飾していた。


 魔宝石の種類にもよるけど、一千万ルギィはしそうだ。


「このブローチを鑑定してほしいの」


 ミランダ様は台座ごとテーブルに置き、ご自分で何度か角度を変えて眺め、私の前に押し出した。


「素晴らしいブローチですね。どちらで購入されたのですか?」

「これは昔の愛人にもらったものなのよ。ああ、うちの旦那様には内緒でお願いね」

「胸に秘しておきます」


 愛人……伯爵家の大奥様ともなると違うね。

 恋愛小説でしか聞かない言葉だ。


「冗談よ。そんな顔しないでちょうだい」


 ミランダ様が笑って言うけど、わかりづらい冗談ってちょっと困る……。


「お願いできるかしら?」

「もちろんでございます。では、拝見いたします」

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