第29話
カフェテラスでゾルタンとドール嬢に遭遇してから、一週間ほどが経った。
今のところ、ゾルタンが家に来たりはしていない。
それよりも、レックスさんがドール嬢につきまとわれているらしく、彼が鑑定士ギルドへクレームを出していた。
あの人……本当にご勘弁していただきたいよ……。
自分の思い通りにことが運ばないと気が済まない質なのだろうか。
同じ鑑定士として恥ずかしい。
ギルド長に呼び出されて、事情を話す私の身にもなってほしいというか……。
とりあえず、ありのままを話して、ついでにゾルタンとの関係性も説明しておいた。
ギルド長がいたく心配してくれ、知り合いの都市騎士に相談し、私の家周辺を強化して巡回してくれる、という話になった。
ちなみにだけど、私と婚約破棄したせいでカーパシー魔宝石商は不誠実だという噂が流れており、鑑定士たちからの評価は下がっているらしい。皆、あまり依頼を受けたがらないそうで、カーパシー魔宝石商は鑑定士の確保に難儀しているそうだ。
ゾルタンの怒りっぷりは、その辺が関係しているみたいだった。
「これがモリィの言っていた、ざまぁというやつかな?」
『なになにー?』
私の独り言に、クリスタがふわふわと飛んでくる。
『王都で流行している小説のジャンルの話だよ』
『へえ、今度読んでみようかな』
『じゃあモリィに言って確保してもらうね。売り切れ続出みたいだから』
『うん』
クリスタが嬉しそうにくるくると空中で回り、私の肩に乗る。
『今日はどこに行くの?』
『ミランダ様のお屋敷に行くよ』
『この間会ったおばあちゃんね。そういえば、魔道具を十個くらいつけてたなぁ』
クリスタがあっけらかんと言う。
『え?! そんなにつけてたの?』
『うん。防護系が多かった気がする〜』
『本物のお金持ちは違うね……』
防護系の魔道具は高価なものばかりだ。
一つで一般家庭の年収ぐらいの金額はする。
それを複数所有しているとは、お金持ち蒐集家極まれりといったところか。
クリスタと話していると時間になったので、身だしなみをしっかりと整えて、待ち合わせ場所に向かった。
レックスさんが、お屋敷に行く前に、私の服を見繕ってくれるそうだ。
男性が選ぶなら、おそらくそこまで時間はかからないよね。
父さんは即断即決だった。
どんな服をおすすめしてくださるのか、今から楽しみだ。
◯
男性が選ぶと早いと言ったのは誰?
いや、私なんだけど……。
まさか……こんなに時間がかかるとは思わなかった……。
「……もう、よろしいでしょうか……?」
既製品を販売している服飾店で三十回ほど試着をさせられた。
大奥様と会う前に体力がなくなりそうだよ。
『まだ着るの?』
クリスタが宙に浮かんで口を尖らせている。
「お似合いでございます、オードリー嬢」
お上品な店員さんが笑顔をこちらに向けた。
「準男爵の半正装(デミ・トワレット)ならこのくらいが妥当か……」
横からあれこれと注文をつけてきたレックスさんが無表情に口を開いた。
相談に乗ってくれるのは感謝しかないけれど……レックスさんは一切の忖度がない。歯に衣着せずに意見してくる。
女性鑑定士ならば落ち着いた色だろうと店員さんと相談し、暗めの色のドレスワンピースを散々着せた挙げ句に「似合わない」の一言。銀髪には明るい色が似合いそうだと、さらに色々と着せられて、最終的に流行最先端である爽やかな水色と白のボーダーカラーのドレスワンピースで決着した。シルクレースの手袋をつければ、服装だけはどこぞのご令嬢の完成であった。
「ハリソン様。いかがでしょうか?」
「……肩回りが気になるな」
「わたくしも気づきませんでした。さすがでございますわ」
レックスさんの一言に、店員さんが合いの手を入れる。
「オードリー嬢。別のドレスを持ってこさせよう」
この人、鬼ではないだろうか……?
「とても気に入りました! 肩回りも別に気になりませんよ! このまま着て行きますので、お会計をお願いいたします」
「いいのか? 完璧な組み合わせを探すべきだと思うが……」
「これが気に入りました。お会計を!」
私の言葉に店員さんがにこやかに一礼した。
レックスさんも不満げだが、引き下がってくれる。
「かしこまりました。普段づかいの服もご所望とのことでしたがいかがなさいますか? もしよろしければ何着が選別いたします」
「ぜひそうしてください」
「承知いたしました。では、後日お引取りか郵送、どちらになさいますか?」
「郵送でお願いいたします」
上着、インナー、スカート、靴……無限にある組み合わせから適切な品を選んで着こなすのがオシャレ人としての使命、らしい。魔宝石に含まれる鉱石の含有率ならいつでも言えるのだけど……オシャレ人への道のりは果てしなく険しい……。
お会計は結構な金額になった。
ジョージさんの鑑定依頼で稼いでいてよかった。
「オードリー嬢、よく似合っている」
レックスが無表情ながら、わずかに目を細めて鏡に映る私を見つめた。
ゆるふわヘアの銀髪に、爽やかなドレスワンピース。胸元にはレースがあしらわれ、シルクの手袋がご令嬢味を底上げしてくれていた。
馬子にも衣装という最東国のことわざがぴったりなような気がする。
いや、洋服たちが頑張って貧相な私を見れる程度にしてくれているのか……。
「お支払いの前に化粧をいたしましょう。こちらへどうぞ」
店員さんの、曇りなき笑顔が眩しい。
覚えたての私がした化粧ではミランダ様に失礼だろう。無念。
「素材がいいので腕がなりますわ!」
「どうぞお好きになさってください……」
お上手なおべっかを聞きながら、化粧台へと手を引かれた。
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