第28話


 ゾルタンが酷薄そうな目を鋭くし、ドール嬢が唖然とした顔つきで私を見つめている。


 ドール嬢は真珠があしらわれたクリーム色のオフショルダードレスを着て、胸を強調するのを忘れておらず、ゾルタンの腕に押し付けていた。


「……お久しぶりです」


 軽く頭を下げる。

 ゾルタンのつけている香水が鼻の奥を刺激した。


「あなた、オードリーなの? 眼鏡は? 髪は?」

「友人の勧めで変えました」

「……ッ」


 ドール嬢がなぜか悔しげな顔をし、何か言おうとして、不意に私の向かいに座っているレックスさんを見て両目を見開いた。


「な……誰……?」


 彼を見て、呆然と口を開けた。

 レックスさんは美形すぎるから見てしまう気持ちはわかる。


 当の本人は慣れているのか、無表情にドール嬢とゾルタンを見ていた。


「仕事を放棄して呑気にお茶か」


 私の視界を遮るようにゾルタンがテーブルに近づいた。


 品定めするように私の全身を見てくる。変な熱がこもっている気がして居心地が悪い。


「おまえのせいで業務に支障が出ている」

「何のことですか?」

「商会に戻らないならば、俺にも考えがある」


 この人は何を言っているんだろうか?


 前もそうだったけど、会話にまったくならない。


「……辞めるって言いましたよね。何度言えばわかるんですか?」

「黙れ。この恩知らずが――」

「――あの」


 すると、黙っていたドール嬢がレックスさんに近づいた。


「彼女ではなく、わたくしとお茶しませんこと?」


 私とゾルタンがドール嬢を見て硬直した。

 この人、何言ってるんだ……。


 ずっとレックスさんを見ていたからまさかとは思ったけど、この空気でよく誘えるね。


 何度も目をぱちぱちとやって、上目遣いにレックスさんを見つめてるよ……。

 もう何も言うまい……。


「遠慮する」


 レックスさんがにべもなく断った。

 彼はこういった女性が苦手な気がする。


 ドール嬢は癪に障ったのか、さらに笑顔を作って彼に触れるぐらい近寄った。


「どうしてですの? わたくしと話したほうが楽しいに決まっています。そうそう、この女、恩知らずなんですの。商会に迷惑をかけるダメな女ですわ」

「私の友人を愚弄するのか?」

「えっ……」


 ドール嬢は家柄もよく、見た目も華やかだ。

 傲慢な口ぶりでも男たちが褒めそやす。


 だからなのか、レックスさんに冷たい目を向けられ、彼女はぎょっとした。


「わ、わたくしは十五歳で鑑定士になった、Cランク鑑定士ですわ。わたくしのほうが優秀ですのよ」

「……オードリー嬢、行こう。掘り出し物がなくなってしまう」


 レックスさんがドール嬢を無視し、立ち上がって私に手を差し出した。


「あ、はい……」


 いたたまれない空気の中、彼の手を取り立ち上がる。


 ドール嬢の顔を見ると、鬼(オーガ)のような怒り顔をしていて、変な声が出そうになった。「陰気女のくせにいい男を連れて……」という声を漏らしている。


 とんでもない勘違いだ。


 放っておいてほしいのに……なぜこんなことに……。


 ゾルタンが業を煮やしてドール嬢の腰を抱くと、彼は彼でレックスを睨みつけた。

 ドール嬢にお咎めがないのが謎だ。


 二人は付き合っているのではないの?


 ドール嬢が目の前で別の男を口説き始めて、ゾルタンはなぜ何も言わないのだろう?


 他の異性との交友了承という、恋愛経験ゼロの私にはわからない取り決めが存在するのだろうか。二人の関係性が不明瞭すぎる。


「見た目を改善して男を作るとは、俺への当てつけか?」


 ゾルタンがこちらを睨みつけた。


「おまえは商会の物だ」

「……」

「逃げるなど許さん」

「行こう」


 レックスさんが手を引いてくれたので、逆らわずに歩く。会計をしようとしたら、すでにミランダ様が多めにお金を払ってくれていた。


 ボーイにチップをあげて、カフェを後にした。

 背中に刺さる二人の視線が痛い。


 あとで家に来たりしないよね……。いやな予感がする。



      ◯



 人混みにまぎれると、水中から浮上したような感覚になって、大きく深呼吸をした。


「事情は聞かないが、あまりいい人物ではないな」


 横にいるレックスさんが眉をひそめる。


 ゾルタンとドール嬢にかかわることになってしまい、申し訳ない気持ちが膨らんでくる。


「おかしな二人で申し訳ありません」

「なぜオードリー嬢が謝る? 男も、下品な女も、オードリー嬢が呼んだわけではないだろう」


 下品な女とは……レックスさんはかなり不快だったらしい。


「それでも……ご迷惑をおかけしていますから」


 立ち止まって、深々と一礼する。


「顔を上げてくれ。私はまったく気にしていない」


 レックスさんは本当に気にしていないのか、表情を変えずに歩き出した。

 その後を追い、横に並んだ。


「私より自分の身を案じたほうが懸命だろう。あの二人、オードリー嬢に執着しているように見えた。しばらく外出は控えたほうがいいかもしれない」

「そうします」


 ゾルタンの目を思い出し、私は即座にうなずいた。

 あの二人のせいで変な空気になってしまった。気を取り直して笑顔を作る。


「掘り出し物を探しましょう。コツは、全体的に魔力を見ることですよ」


 クリスタの助言をレックスさんに伝えると、彼は肩をすくめた。


「それができるのは鑑定士だけでは?」

「あ、そうですね……では、解析をかけてみてはどうでしょうか?」

「ふむ。やらないよりはマシかもしれない」


 安価な魔宝石を販売している露店を見つけ、私たちは足を止めた。


 カフェテラスの方角からドール嬢の金切り声が聞こえたような気がしたが、さすがに距離が離れすぎている。幻聴だと思いたい。


 魔宝石を手に取ると、その美しい輝きに、私はあの二人ことなどすっかり忘れて没入していった。


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