第27話


 広場を見下ろせる席につくと、女性騎士がミランダ様の後ろに控える。


 緊張しつつも席に座り、紅茶をごちそうになった。

 スコーンやガトーショコラが出されたが、さすがに手が伸びなかった。


「レックスがあなたのことを話していたから気になったの。めったに他人の話をする子じゃないからね。どんな方かと思ったら、こんなに可愛らしいレディだったなんて」


 さすがは伯爵家の大奥様。


 私ごときを褒めることにも抵抗がない。笑顔が美しいよ。


「ピーターの一人娘ですのね?」

「はい。先日、父の屋号を引き継ぎました。レックス様が初めての依頼人でございます」

「まあ、素敵じゃないの。よかったわねレックス」


 楽しそうにレックスを見るミランダ様。


「何がよかったのですか?」


 紅茶を飲んでいたレックスさんが目線を向け、無表情に答える。


「こちらの話よ」


 ころころと楽しそうに笑い、ミランダ様が優雅に紅茶を飲んだ。


 ミランダ様の会話の意図が読めない。貴族の会話は難解だと聞いていたが、嘘ではないらしい。鑑定士と魔道具師が仲良く仕事をしているからいいわね、という意味だろうか。


 まずは灰色の雷(セプタリアン)の採掘の礼を言われた。

 ご夫人は魔道具は当然のこと、魔宝石の話にも明るく、会話上手であった。


 二十分過ぎる頃にはすっかり緊張もほぐれていた。


 これが会話力……私もほしい。


 紅茶のおかわりを頼んだ頃、ミランダ様がゆっくりと口を開いた。


「昔ね、何度かピーターに採掘依頼をしたことがあるの。鉱石都市トロンで見つかった迷宮に潜ってくれてね、希少な魔宝石をいただいたわ」

「トロンの迷宮ですね。父さんから話を聞きました」

「まあ。ピーターが話したのかしら?」

「何度もせがんだら、話してくれました」

「あら、私が話題を振っても、うんともすんとも言わない無口な人だったけれど、娘には勝てなかったみたいね」


 ミランダ様が楽しそうに笑い、つられて私も笑ってしまった。

 伯爵家の大奥様相手にも無口だった父さんが、可笑しかった。


 ひとしきり笑うと、ミランダ様がレックスさんへと視線を移した。


「ところで、先ほど購入した魔宝石の鑑定をお願いしてもいいかしら?」


 ミランダ様がそう言い、レックスさんがスーツの内ポケットに収納していた宝石ケースを取り出して、テーブルに置いた。


 了承して、鑑定する。


 三つの魔宝石は、魔道具に利用される高価なものばかりだった。

 すべての魔宝石の名前をお教えすると、ミランダ様が嬉しそうにうなずいた。


「親子揃って優秀な鑑定士なのね。難しい鑑定のはずだけれど」

「父にはまだまだ及びません」

「試すような真似をしてごめんなさいね」


 ミランダ様は宝石ケースをレックスさんに渡す。

 彼は手慣れた様子で内ポケットへしまった。


 なるほど、護衛兼荷物持ちとはこれのことか。


 腕が立つ傭兵資格を持ち、魔道具師でもあるレックスさんの存在はミランダ様にとって大切な存在なのだろう。


「鑑定料を」


 ミランダ様が今度は背後に控えている女性騎士に目配せをする。


 女性騎士が、私の前に五万ルギィを置いた。

 金額の多さに息を飲んだ。


「鑑定書をお付けしていないのに五万ルギィは多すぎます。一万ルギィで十分でございます」

「Cランクが手こずる鑑定を簡単にしてみせた、あなたに対する正当な報酬よ」

「そうは言われましても……」

「私が渡したいだけよ」


 ミランダ様が笑顔で受け取りなさいと手を差し出してくるため、ありがたくちょうだいすることにした。


「一つ忠告しておくと、貴族相手に固辞するのはよくないわ。一度断って、次は受け取りなさい」

「承知いたしました」

「わかってくれたなら嬉しいわ。では、これもお渡ししておかないとね」


 ミランダ様がハンドバッグからネームカードを取り出した。


 ネームカードは貴族の名前が入った、置き手紙のようなもので、その方の知己だと証明する名刺代わりになる。


「……恐縮でございます」


 Dランクの私が伯爵家の大奥様からネームカードを受け取るなど、中々にないことだ。


 成り上がりを狙う鑑定士なら、喉から手が出るほどにほしいカードだと思う。


「オードリー・エヴァンス嬢。私の屋敷にぜひ来てちょうだい。ギルドを通してあなたにジュエリーの鑑定依頼をお願いするわ」

「ご依頼……あ、ありがとうございます!」


 正式な依頼と聞いて、声が大きくなってしまった。

 背筋を伸ばしてネームカードを受け取る。


 有名な蒐集家のミランダ・ハリソンの鑑定依頼は、鑑定士人生の大きな箔になる。


 それに、どんな魔宝石を使ったジュエリーなのか、今から想像が膨らんで仕方ない。きっと、美しい魔宝石だろう。


「ネームカードを見せればいつでも屋敷に入れるわ。普段は王都の伯爵家別邸にいるから、ご記憶をお願いね」

「は、はい!」

「では、お暇させていただきますわ」


 ミランダ様が優雅に立ち上がった。


 レックスさんも立ち上がると、ミランダ様が楽しそうに首を振った。


「レックスはオードリー嬢を家までお送りしなさい。可憐なレディを一人歩きさせてはいけないわ」


 ミランダ様がさも当然そうに言う。


 いや、可憐って、どの辺だろうか。

 鉱物ハンマーをぶんぶん振り回していることをお伝えしたほうがいい気がする。


「それもそうですね」


 レックスさんも当たり前のごとくうなずいているし。


「レックスさんの貴重な時間を私なんかに使わないでください」

「あとは若いお二人で楽しんでね」


 私の言葉は聞き届けられず、ミランダ様が立ち上がり、女性騎士と一緒にカフェテラスから出ていった。


 レックスさんと二人きりになる。


 彼が、ほんの少しだけ眉根を下げた。


「迷惑でなければ途中まで同行させてくれ。祖母はずいぶんオードリー嬢を気にかけているようだ」


 彼にそう言われてしまうと、いやとは言えない。


 先ほどのような変わった男性もいるし。


「わかりました。すみませんが、お願いいたします」

「ああ」


 軽くうなずいたレックスさんが、メニュー表と私を交互に見た。


「紅茶でなく、コーヒーがよかったのではないか?」

「……貴族専用カフェということで、気になっておりました」

「では、一杯飲んでから出るというのは? 先日渡したトロン豆の感想も聞きたい」

「あ、そういうことでしたら!」


 笑顔でうなずいて、レックスさんと軽くお茶をすることにした。


 しばらくトロン豆について語り合う。


 話題が魔宝石へと移り、コーヒーの美味しさから私の口もかなり滑りがよくなってきた。


「水晶広場には掘り出し物を探しにきたのか」

「ええ。まだ見るつもりだったのですが、ご一緒に行かれますか?」

「面白そうだ」


 レックスさんがうなずく。


 カフェテラスから店内の時計を見ると、三十分以上話していることがわかった。

 楽しい時間は早い。


 そろそろお会計をしようと思ったところで、急に背後から声をかけられた。


「おまえ……オードリーか?」


 振り返ると、ストライプのスーツを着た元婚約者ゾルタンとドール嬢が、驚いた顔でこちらを見つめていた。


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