第25話
一週間後、修繕された鉱物ハンマーが手元に戻ってきた。
柄の部分が軽金属になり、握りやすい革のグリップがついている。
ダミさんが全体を磨き上げてくれたおかげでピカピカだ。
『よかったね!』
クリスタが嬉しそうに鉱物ハンマーを見ている。
『そうだね。ハムちゃんが戻ってきて嬉しいよ』
『ハムちゃん?』
『ハンマーとムーンストーンで、ハムちゃん』
長く使う道具なので名前をつけてみた。
ハムちゃん。可愛いと思う。
ピカピカになった鉱物ハンマーあらため、ハムちゃんを振ってみせると、クリスタが可笑しそうに笑った。
『……ハムちゃん、変かな?』
『変だね!』
そんなはっきり言わないでも……。
もう、名付けてしまったので致し方なしだ。
気を取り直すため、レックスさんにもらったトロン豆でコーヒーを淹れた。
「んん〜、不思議な香り」
鉱物を砕く際に感じる硬質な匂いと、オレンジに似た柑橘系の香りが立ち昇る。
鉱物に根を生やすという、一風変わったコーヒー豆。
鉱山都市トロンに思いを馳せながら、さらに一口飲んだ。
『……うーん、この豆、美味しくないよ?』
クリスタがトロン豆をぼりぼりとおやりになり、唸った。
直で食べるものじゃないからね……。
コーヒーを楽しんでから、街に出かけることにした。
現在、ジョージさん経由でいくつかの鑑定依頼を受けている。
ちょうど手が空いたので、週一回、王都広場で開催される、自由市に顔を出してみることにした。
お鍋の蓋から魔宝石のジュエリーまで、自由市で揃わないものはないと言われる王都自慢の大型市だ。
たまに魔宝石の掘り出し物があるので軽視できない。
ランクの低い鑑定士の修行場としても人気だ。
なぜなら、贋作も出回っているため、突発的な依頼がくるからだ。歩いていると、参加者から鑑定依頼を受けることもしばしばで、購入者が本物なのか不安になって鑑定士に鑑定依頼をし、お墨付きをもらうという流れだ。
巧妙な贋作はCランク鑑定士をも騙すほどの出来栄えらしい。
Aランクだった父さんはよく話しかけられ、鑑定をしていた記憶がある。Aランクともなれば、人垣ができるほどだ。
『魔宝石の市場に行く〜?』
『自由市ね。これから行こう』
『わかったー』
クリスタがトロン豆を置いて、ポケットに滑り込んでくる。
出かける前に、ドレッサーの鏡で髪型とメイクを確認した。
うん。ゆるふわロングヘアは絶好調だ。
絶好調という言い方で正解なのかはわからないけれど。
「いつでも出せるように……」
ハムちゃんは杖代わりに使うつもりなので、ベルトに挿した。
「あー……これ、モリィに見つかったら怒られそうだね」
群青色のプリーツスカート、細身のベルト、そこに直挿しされた鉱物ハンマー。
モリィのコーディネートが台無しだ。
個人的には可愛いと思うけど、ショルダーバッグにしまうことにした。
まあ、最悪、ハムちゃんがなくても精霊魔法は使えるからね。
◯
乗り合い馬車を使って三十分。
『人がいっぱいだ!』
クリスタが飛び上がり、上空から声を上げる。
王都の水晶広場には、足の踏み場もないほどの露店が並び、人々が行き交っていた。
赤子のおしめから、親の形見の魔宝石まで、なんでもござれの自由市。スリと贋作にはご注意くださいと、都市騎士が注意喚起の看板を叩いている。
カーパシー魔宝石商で働いていたときは、格安の野菜を探し回っていた。
あのときは月収十万ルギィだったからなぁ……。
十万ルギィってやっぱり安すぎるよね。
さて、水晶広場の奥へ行こう。
スリに気をつけて、ショルダーバッグを両手で持ちつつ、進む。
樽に入ったワイン売り場、肉をさばく精肉店、色とりどりの野菜売り場、日用雑貨、あやしい土産物、魔物退治の武器防具。行き交う人々。見ているだけで目がまわりそうだ。
十分ほど歩いてようやくお目当ての広場の奥へと来られた。
鉱石や魔宝石を売る露店がひしめき合っている。
大人気の場所だから人混みがすごい。
『この人の顔見てよ〜、必死すぎ〜』
クリスタが鉱石を値切っているおじさんの頭に乗り、けらけらと笑う。
ちらりと見ると、石灰岩の露店だった。
うず高く石が積まれている。
どれどれ……ああ、ちょっとだけ市場より安いね。これなら買いだと思うけど。まあ、量が量だからなぁ。値切りたい気持ちはわかる。
大量購入するからまけろ、という言い分のようだ。
『邪魔しちゃダメだよ』
『はぁい』
クリスタを小声で呼び、さらに奥へと進む。
魔宝石を使ったジュエリーショップ、魔力がなくなった魔宝石を量り売りしているお店もある。じゃらじゃらと石の音が響き、天秤にいれられていた。
うーん、どこから見ようか目移りしてしまう。
「すみません! そこの美人な鑑定士様!」
すると、誰かが叫んだ。
雑踏の中でもよく響く声だ。
「美人な鑑定士様! あの、聞こえてますか!」
前方から若い男性が人混みをかきわけてくる。
誰に声をかけてるんだろう。周囲を見回してみる。
鑑定士バッヂをつけている人は見る限りいない。
バッヂをつけないで来る鑑定士もいるし、男性は顔見知りの女性鑑定士に声をかけているのかもしれない。
前方からやってくる男性から目を離し、近場にあった赤い鉱石、スピネルの露店へ目を移した。
まだ研磨されていない、掘り出したままの原石だ。無造作に並んでいるのが、ちょっと可愛く見えてしまう。
「無視しないでください、美人な鑑定士様!」
男性はまだ鑑定士を探しているらしい。
振り返ると、目の前に男性がいた。
「美人な鑑定士様、鑑定をお願いしたいのですが、ダメでしょうか?」
「……私ですか?」
「あなた以外に誰がいるんです?」
「私で間違いないですか?」
「もちろんです。美人な鑑定士様」
周囲を見回すと、皆が私に注目していた。
明らかに私の顔と胸のバッヂを見ている。
いけない……ずっと無視してしまっていたらしい……。
美人美人と言っていたので、私じゃないと思ったよ。
そうか。よく考えれば、こうしたギルドを通さない依頼は、鑑定士の気分次第で断る場合もある。私の気分を損ねないように、遠くからお世辞を飛ばしていたのか。
美人と呼ぶのも合理的というわけだ。
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