第24話


 窓から差し込む朝日で気持ちよく目が覚めた。


 ベッドから出て、カーテンを開ける。

 今日も良い天気だ。


 クリスタも起きたのか、可愛らしく伸びをしている。


『おはよう』

『うーん……おはよう』


 あふあふとあくびをしながら、クリスタが宙に浮かぶ。精霊って結構人間くさい動きをするんだよね。とっても可愛い。


 今日はレックスさんに鍛冶師を紹介してもらう予定だ。


 顔を洗い、髪を整え、メイクをする。


 まだ簡単なメイクしかできないので、モリィに教わってもっと上手くなりたい。

 化粧の女性らしい香りが、自分を大人の女に見せてくれているように感じた。


 まあ、見た目はあまり変わっていないような気もするけれど……。

 ちょっと肌が明るくなったようには見える、かな?


 とりあえずメイクはよしとして、向かいのパン屋に向かった。


「あらぁ! ずいぶん綺麗になったわね! どこかのご令嬢みたいじゃないの!」


 パン屋の奥さんが美人、可愛い、綺麗、ご令嬢、こりゃあ人気の鑑定士になること間違いなしと、息継ぎなしで褒めちぎってくる。


 さすが接客のプロ……。

 ちぎるのはパンだけではないらしい。


 お世辞とわかっていても、頬が熱くなってくる。


「そんなことないですよ……私みたいな地味女……」

「眼鏡も取って髪型も素敵よ! あと顔つきが大人になったわね。新しい恋でもしたのかしら?」

「残念ながら婚約破棄されたばかりで、そういう気分にはならないです」

「そうそう、聞いたわよ。ひどい男よねぇ、カーパシーの」


 やはり噂が広まっていたか。


 父さんが有名人であったため、ご近所の注目度は高い。


 五年も結婚を保留にされていたこともあり、向こうは聞きたくてしょうがなかったみたいだ。


 しばらく奥さんと世間話をした。


 おばさんとは子ども時代からの付き合いだ。

 心から心配してくれているのがわかり、今まで帰りが遅いことなども気になっていたと言われ、朝から胸が温かくなった。


 そんなこんなでクロワッサンを買い、マスカットとキウイのフルーツサンドをおまけしてもらった。おまけのほうが高い気がするけど、おばさんの圧に屈してもらってしまった。ありがとう、おばさん。


 家に戻ってコーヒーを淹れる。


 今日はナッツ風味のさっぱりしたコロムビエラ産の豆にした。

 リビングに目の覚める芳香が充満し、心が満たされた気分になる。


「……朝の一杯……至高だ」


 朝の時間を楽しむ。

 コーヒーとフルーツサンドが美味しい。


 食べ終わってから、昨日使った採掘道具の点検をしていると、呼び鈴が鳴った。


 玄関に移動してドアを開けると、ダークスーツを着たレックスさんが立っていた。

 手には紙袋を持っている。


 うーん、やはりあらためて見ると、絵本から飛び出してきた貴公子みたいだ。

 モリィがレックスさんを見たら拍手しそうだ。


「早かったか?」


 レックスさんがわずかに眉を寄せる。


 昨日、一日一緒にいたので、無表情ながらも彼の表情の変化がわかるようになってきた。


「いえいえ、お待ちしておりました」


 私の言葉を聞くと、彼は持っていた紙袋を差し出した。


「朝市で卸されているのを見かけてな。鉱石都市トロン産の豆だ」

「トロン産? あの噂の?」

「鉱石に根を生やす豆の量産に成功したのは本当だったらしい。味は硬質でかなり独特だったぞ」


 無表情なレックスさんが少しだけ口角を上げる。

 私もつられて笑顔になった。


「ありがとうございます! こんなレアな物いただけるとは……これは、毎回ポーションを差し上げるべきでしょうか」

「勘弁してくれ」


 レックスさんが降参だと両手を上げる。


「冗談です。すぐに鉱物ハンマーを持ってくるのでお待ちください」


 トロン産の豆を大事に抱え、キッチンに戻って置き、柄がぼろぼろになってしまった鉱物ハンマーをアトリエから持ってきた。


「お待たせいたしました」


 財布、ハンカチ、鉱物ハンマー、化粧ポーチなどを入れた肩掛けバッグを持ち、玄関の鍵を締めた。


 彼と並んで歩き、王都の大通りを進む。


 途中で王都を循環している乗り合い馬車に乗り込み、南地区を目指した。

 乗り合い馬車は一回百ルギィで利用できる。安くて便利で好きだ。


 魔道具師と鍛冶師が集まる通りで下車し、裏路地に入った。小路が入り組んでいるので、一度来ただけでは迷いそうだ。


「ここだ」


 レンガ造りの工房の前で止まり、彼が躊躇なくドアを開けた。


 工房は受付に使うらしいカウンターがあり、その奥に鍛冶場があるようだ。向こうからカンカンと金属音が響いている。鉄の匂いと、石炭の燃える香りがした。


「爺さん、いるか?」


 レックスさんが声を上げると、金属音が止んだ。


 中から出てきたのは、好々爺といった顔つきの白髪のご老人だった。ただ、顔と違って筋骨隆々だ。腕まくりした腕は私の太ももくらいありそうだね。


「坊っちゃんか」

「ダミ爺さん、坊っちゃんはやめてくれ」

「レディを連れているなんてめずらしい。ついに腹をくくったか?」


 ご老人が私を見て笑う。

 とりあえず、挨拶をしておくことにした。


「はじめまして。Dランク鑑定士のオードリー・エヴァンスと申します」

「エヴァンス? あの、ピーター・エヴァンスの娘か?」

「そうですが……父さんをご存知なのですか?」

「そうか……そうか……親子揃って鑑定士か……」


 ご老人が何度もうなずき、優しい目で私を見つめてくる。


 すぐにレックスさんが補足を入れてくれた。


「こちらはダミ・ジュレイル鍛冶師だ。ピーター・エヴァンス殿とは何度も取り引きをしたらしい。ピーター殿の話はダミ爺さんから聞いていた」

「あ、それで私の父さんを知っていたんですね」

「そうだ」


 彼がうなずくと、ダミさんが目を細めた。


「オードリー嬢の話はピーターからよく聞いていたよ。こうして会うのもなにかの縁だ」

「そうだったんですね。父さんと仲良くしてくださって、ありがとうございます」

「いいお嬢さんだ。あの無口なピーターの子には見えん」

「……どこでも無口だったんですね……」


 そう言うと、ダミさんが大声で笑った。


「がはははは! あいつの口は鉱石と変わらんかったな!」


 しばらくダミさんと父さんの話をし、本題へと話が移った。


 私が鉱物ハンマーを出すと、ダミさんがカウンター越しに受けとって検分し始める。様々な角度から確認をすると、ちらりとこちらを見た。


「原因は魔法か?」


 ダミさんが柄をこちらに向けたので、うなずいた。


「先日、魔法を使ってこうなりました」

「オードリー嬢、杖の存在は知っているな?」

「はい。触媒にすることで、魔法効果を向上させる道具と聞いております」


 杖は魔法使いが好んで使う道具だ。


 魔法を安定させる効果があり、傭兵ギルド所属の魔法使いはひときわ大ぶりな杖を使っていることが多い。


 一方で、鑑定士は九割が小さな杖だ。

 元来から簡単な魔法しか使わないため、大杖での出力を必要としていない。


 ダミさんは私の顔を見ると、深く息を吐いた。


「強力な魔法を使用し、木製の持ち手が削れることはあるが……これほどひどいのは見たことがない……」

「……張り切りすぎたかもしれません……」

「詳しくは聞かんでおこう。で、修繕が希望か?」


 私の微妙な顔を見てダミさんが話を変えてくれた。


「はい。父さんからもらったものなので、ぜひ修繕をお願いしたいです」

「ふむ……」


 ダミさんが柄を見たまま考え込み、十秒ほどして深く息を吐いた。


「分解するぞ」

「お願いします」


 彼がカウンターの下にある工具を出し、ノミのような物で柄を叩く。


 すると、ぽろりと柄が取れて、中の金属がむき出しになった。

 金属には小さな石が埋め込まれていた。


「あ、それ、魔宝石ですか?」

「見てみろ」


 ダミさんが鉱物ハンマーの石が埋め込まれた部分をかざしてくれたので、ポケットからジュエルルーペを取り出して覗き込んだ。


 幻想的な黄色い魔力シラーが内部で反射している。

 魔力シラーというのは魔宝石をカットした際に稀に出る光のことだ。


 ジュエルルーペから目を離し、ダミさんと目を合わせた。


「色合いと含有物の比率から……月運石(ムーンストーン)ですね」

「ほう。さすがはピーターの娘だ」


 満足そうにダミさんがうなずき、鉱物ハンマーを自分の手元に戻した。


「鍛冶師が子に物を送るとき、こうやって月運石(ムーンストーン)を埋め込む風習がある。幸運であれ……健康であれ……願いを込めてな。このハンマーは俺がピーターに頼まれて作ったものだ」

「父さんに頼まれて……ですか?」

「ああ」


 月運石(ムーンストーン)は幸運を呼ぶ魔宝石と言われている。


 目に見える効果がないため疑問視している学者もいるが、大きな月運石(ムーンストーン)を剣に装飾した六代前の国王が、戦争中に五度の奇襲を受けて無傷だったことから、縁起物として扱われていた。現在では価値が上がり、このサイズだと三十万ルギィほどで取り引きされているはずだ。


 寡黙で不器用な父さんの贈り物に、目頭がちょっと熱くなる。


 父さんは、知らないところでずっと私を心配してくれていたんだね。


 ハンマーもそうだし、手帳もそうだし……。

 どうせなら、死ぬ前に教えてほしかったよ。

 お礼を言わせないなんてズルい。ホント、ズルいよ。


「柄は木製でなく金属性がいいだろう。せっかくなら、魔法の触媒として使ってやってほしい。オードリー嬢を守ってくれるはずだ」

「わかりました。お願いいたします」


 少し鼻声で言うと、ダミさんが快活に笑った。


「俺もこんな可愛い娘がほしかったもんだ。うちは男ばかりだからなぁ……。そうかそうか……よし、料金は昔のよしみでまけておく。だからそんな悲しい顔をするな」

「……ありがとうございます」


 ダミさんの心意気を感じ、素直にお礼を言った。


 父さんにはやはり感謝してもしきれない。

 受け取りは一週間後だ。


 柄に使える軽金属を探すから時間がかかるらしい。


「レックスさん、ご紹介ありがとうございました。父さんと縁故がある方で安心しました」

「いい取り引きになったようだな」


 レックスさんは私たちの話を聞いて何か思うところがあるのか、別の何かに思いを馳せているようだった。



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