第22話

 レックスさんが躊躇せずに銃型の魔道具を撃ち込んだ。


 ダァンと周囲をつんざく音が響き、閃光が土龍の目に直撃した。


 土龍が痛みで背中を反り返し、咆哮する。


「……っ!」


 あまりの声の大きさに両手で耳を塞いだ。


 レックスさんは銃型の魔道具を放り投げ、素早く回り込んで長剣を土龍の尻尾に叩き込んだ。


 丸太ほどの太さの尻尾に、長剣が食い込み、紫色の鮮血が飛ぶ。

 さらなる悲鳴が上がり、土龍が暴れまわる。


「オードリー嬢離れろ! こいつ、跳ぶぞ!」

「了解、ですっ!」


 転がるようにしてさらに後方へ走ると、のんきな調子のクリスタが目の前に現れた。


『土龍くらい魔法で退治できるよ〜』

『そんなこと言われても!』

『言霊(ワード)は覚えてる?』

『覚えてるけど!』


 大きな体躯の割に素早い土龍が砂を巻き上げ、こちらに跳躍してきた。


「ひゃあ!」


 砂が巻き上がる。

 目の前には片目を負傷し、怒りに満ちた土龍の瞳があった。


「目をつぶれ!」


 レックスさんが土龍の尻尾付近から声を上げると同時に、円柱の黒い瓶らしきものを投げ込んだ。


 咄嗟に目を閉じると、まばゆい光が周囲を照らした。


 土龍が悲鳴を上げる。

 閃光魔道具だ。


「走れるか?」


 悶絶している土龍の横を走り、近づいてきたレックスさんが、私の手を取る。

 目を開けてうなずくと、すぐさま走り出した。


「距離を取る!」


 彼に手を引かれるまま、砂を踏みしめて走る。


 後方を見ると、視界が戻ってきたらしい土龍が頭を何度も振り、その太い腕で近場の岩を握ると、器用に振りかぶった。


 そんなのあり?!


「オードリー嬢!」


 レックスさんが右腕につけていた魔道具で防護壁を作り、私をかばうようにして突き飛ばした。


 ガラスの弾けるような音がして彼のくぐもった声が響く。


 視界がぶれて倒れ込み、顔が砂に埋まる。

 瞬時の出来事に頭が追いつかない。


 振り返ると、レックスさんが後ろに倒れていた。


「レックスさん!」

「……問題ない。こいつはもう使えそうもないが」


 彼が腕輪型の魔道具を見て、緩慢な動きで立ち上がる。


 土龍は私たちが倒れていることに愉悦を感じているのか、鋭い牙を出してゆっくりと近づいてくる。


 どうする?


 救難信号の魔道具を使っても兵士たちが来るのに時間がかかる。

 どうにかして逃げないと……。


「魔法で五秒ほど牽制できるか?」


 レックスさんが筒状の魔道具を組み立てながら、聞いてきた。


 対抗策があるようだ。


『ねえオードリー、鑑定士は土龍くらい鼻で笑うものだよ?』

『……常識の不一致を感じるけど……了解、先生』


 ホルスターから鉱物ハンマーを出して構える。身を護るものがほしかった。ただの気休めだ。


「いけます」


 レックスさんに答えると、彼が大きな筒を構えた。


「合図したら魔法を撃ってくれ」

「了解です」


『言霊(ワード)は五つ重ねがけでいいかな』


 クリスタが耳元で言う。


 うなずいて、覚えた言霊(ワード)を思い浮かべる。


 多分、倒せないけど、私の役目は牽制だ。

 意識を集中させ、土龍を見据えた。


「よし、撃て!」


 レックスさんが叫ぶ。


 土龍は私たちの様子がおかしいと思ったのか、咆哮し、一気に迫ってきた。


「――【風よ《オィズィ》】【刃となりて《リティエァギール》】【敵を《ウィケ》】【二つに《ドゥワ》】【切り裂け《カシィケ》】!」


 身体に熱い何かが駆け抜ける。


 全力で魔力を魔法へと変換すると、構えた鉱物ハンマーを通って放出された。


「――ッ!」


 甲高い風切り音が響くと同時に、とてつもない破裂音が響く。


 レックスさんが隣で息を飲んだ。


 砂が真っ二つに割れる。


 風は土龍を通過し、砂漠をえぐり返した。


「……」

「……」


 砂が舞い上がって空から落ちる。

 魔法の痕跡が延々と向こうまで伸びていた。


 土龍は完全に硬直している。


「これは……」


 レックスさんが魔道具を構えたままつぶやいた。


『四つでもよかったかなぁ〜。オードリー、才能あるねぇ!』


 クリスタが飛んでいき、巨大な土龍の鼻っ柱を小さな足で蹴った。


 すると、土龍が縦に真っ二つになって、ズンと音を立てて横倒しになった。


 あ……。

 いや……確かにそういう意味の言霊(ワード)だったけど……これはちょっと……。


 ははは……倒しちゃったよ……だ、大丈夫かな……?


 横にいるレックスさんが口を開けている。


「……」

「……う、上手くいったようです」

「オードリー嬢……なんだ、これは……?」

「よくわかりません……人より魔力が多いようです……私……」


 正直、そう言うしかなかった。

 精霊と契約していることを話しても、認識されないのだ。


「そうか……聞いたことのない呪文(スペル)だ……。お父上の教えか?」

「はい、そんな感じです」


 もう、うなずいておくことしかできない。


「わかった。とにかく、倒せてよかった。感謝する」


 レックスさんは切り替えが早かった。


 組み立てた魔道具を戻し始める。


「いえ、こちらこそ。あと、すみません、威力が強すぎて」

「なぜ謝る? 謝るのはこちらのほうだ」


 彼は魔道具をトランクへ戻すと、砂を払って、右手を確かめるように何度か開閉し

た。投げた銃型の魔道具とランプを探して砂の中から拾い上げ、私を見た。


「行こう。血の匂いにつられて魔物が集まってくる」

「素材はいいのですか?」

「見たところ、オードリー嬢の魔法は発動までにやや時間がかかるようだ。魔物に囲まれるとまずい。私も腕に力が入らない状態だ」

「……そうですね。判断感謝します」


 私一人だったら、稼ぎが増えると思って土龍の解体をしていたかもしれない。

 レックスさんの冷静な判断がありがたかった。


「出発しよう」


 彼がそう言って、土龍に背を向ける。


『次は言霊(ワード)四つで試そうね?』


 クリスタが可愛らしく小首をかしげる。


 なんと返せばいいのかわからず、曖昧にうなずいておいた。

 威力を調整できるようにならないと、いつか大惨事になる気がする……。


 まだ足元がふわふわとしている感じはあるけど、私も歩き出した。



       ◯



 無事、街道に戻り、管理人に土龍の出現を報告する。


 レックスさんと私で退治したことを伝えると、半信半疑の様子であった。


 話によると、土龍はCランクの傭兵が六人パーティーを組んで討伐する脅威度らしい。


 何にせよ、馬車に乗り込むと、ようやく人心地がついた。


「貴重なポーションまで、すまない」


 御者席にいるレックスさんがこちらを見て言う。

 運転は彼が買って出てくれた。


「怪我は平気そうですか」

「ポーションのおかげでだいぶいい」


 レックスさんは私をかばった際に、右手と肩に打撲傷をおってしまっていた。

 右手は魔道具師の商売道具であるので、持っていたポーションを使ってもらった。


「今回の件、護衛の料金は必要ない。オードリー嬢の出費が増えてしまう」


 ポーションは王都で買うと結構なお値段だ。

 父さんが残していた備蓄なので問題ないんだけどね。


「そういうわけにはいきません」

「それはこちらのセリフだ」


 レックスさんが無表情に首を振った。

 何を言っても受け取ってもらえなそうだ。


 とりあえず話は保留にし、身体を休めることにする。


 馬車の揺れを感じながら、ホルスターから鉱物ハンマーを引き抜いて、手に持った。


『持ち手がダメになっちゃったね〜』


 先ほどの魔法で、木製の持ち手部分がぼろぼろになってしまっていた。

 しばらく考えていると、レックスさんが声を上げた。


「知り合いの鍛冶師を紹介するか? かなりの腕利きだ。それぐらいなら小一時間で修繕してくれる」

「腕利きの方ともなると申し訳ない気がするのですが……」

「土龍を倒してもらい、ポーションまでもらってしまった。これぐらいはさせてくれ」

「……では、お願いできますか?」


 貸し借りはなるべくないほうがいいと父さんが言っていたので、彼に甘えるのも必要なことだと考えることにする。あまり慣れないけど。


「明日、エヴァンス鑑定事務所へ迎えにいく」


 レックスさんが一つうなずき、前方へ視線を戻した。

 馬車は進む。カンテラ魔道具の光が前方を照らしていた。


『いい一日だったね』


 クリスタが爽やかに笑ったので、『そうだね』と私も笑った。


 このペースだと、王都に着くのは午後八時くらいだろうか?

 水筒から水を飲み、目を閉じると、まどろみがやってきた。


      ◯


 レックスさんに起こされて目が覚めた。


 馬車を返却し、傭兵ギルドと鑑定士ギルドへ報告をして、赤鉄水晶を納品する。

 最後に灰色のセプタリアンを彼に渡して、初依頼完了だ。


「さすがは期待の星です!」


 受付嬢ジェシカさんが、熱い拍手を送ってくれた。


 初めての採掘に初めての報酬。

 顔のにやにやが止まらない。

 独立した私の物語が始まったな、という気がした。


 喜びもさることながら、お腹が空いて眠かった。基礎体力をもっとつけたほうがよさそうだね。


「では、また明日」

「はい。本日はありがとうございました」


 レックスさんに礼をし、鑑定士ギルドの前で別れた。


 護衛料金を払う、払わないの押し問答があったけど、私が護衛料金を払い、彼がコーヒー豆を奢ってくれることで決着した。豆の金額によっては向こうがマイナスになるんだけど、断りきれなかったよ。あまり高い物を買わないでくださいねと言ったけど、レックスさんは高価なものを買ってきそうな気がする。


 鑑定士ギルドから大通りを歩き、家に帰ってすぐにシャワーを浴びた。

 疲れた身体が、温かいお湯で浄化される気がした。石鹸の香りが心地いい。


 髪についた砂が排水口に流れている。

 あとで掃除しないとな。


 寝間着に着替え、夜食を食べ、歯を磨いてからベッドに潜り込む。


『ふああぁぁっ……ぼく、眠いや。おやすみ』

『おやすみクリスタ。今日はありがとね』


 むにゃむにゃと言いながら目をこすっているクリスタが可愛い。


『明日も楽しいことしようね』

『うん』


 可愛い精霊さんの頭を指で撫でると、彼がえへへと笑って、枕元にあるハンカチの上で丸くなった。


 私も目を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。


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