第20話
「わかった。足元に気をつけろ」
ここまで来てケガをしたらすべてが台無しだ。
風の鳴く音を聞きながら、岩の間を慎重に進む。幸いにも岩石は点在しているので、歩きやすい。
ゴーグルとマスクを下げて首にかける。
視界が良好になった。
『オードリー、これ、いいんじゃない?』
ふわふわと宙を浮いていたクリスタが台形の岩を指さした。
「レックスさん、そのあたりで大丈夫です」
彼に声をかけて止まってもらう。
集中力を高めて魔力を瞳に流すと、岩に微量な魔力の流れを感じた。
「わかるか?」
彼が青い瞳を向け、岩を眺める。
「見えませんか?」
「こんな大岩、解析していたら三日はかかる」
「魔道具師は魔力を数式で見ると聞いていますが、実際はどうなのですか?」
魔道具師も魔力を扱う職業であるが、彼らは魔算手袋(エディトグラブ)を通じて、数値化された魔力を見る。
根本的に、鑑定士とは魔力との向き合い方が違う。
「記号化された数字が重なって見える。この大岩全体を解析する場合、必要な演算処理は……十桁の掛け算を千回するイメージだ」
レックスさんが魔算手袋(エディトグラブ)を装着した右手を岩に添え、無表情に言う。
「逆に聞くが、鉱物の魔力を見るなどどうやるんだ? 人間の魔力ならまだしも、鑑定士の感覚がわからない」
「私も最近できるようになったのであれですが、なんというか、こう、ぼんやりと光のようなものが見えますね」
「よく鑑定士が言う“潜る”というやつは?」
レックスさんは魔宝石を鑑定するときに見る、魔力の流れを言っているらしい。
「自分自身の意識が沈んでいくような感覚です」
「どれくらい訓練を?」
「八歳の頃からなので……十三年ほどですね。毎日欠かさず父さんの組んだメニューをこなしていました」
「……鑑定士にはなれそうもないな。まあなるつもりもないが」
レックスさんが小さく肩をすくめた。
魔道具師は理数系。
鑑定士は芸術系。
その例えは当たっている気がする。
共通点があるとするなら、両職業とも相当量の知識が必要なことだろう。
魔道具師は微量な魔力量でも資格を得ることができるけど、専門学校に通っても合格者は半分ほどらしい。
今思えば、魔力を手に入れて一発で鑑定を成功させたのは結構すごいことなのかもしれない。クリスタと契約したのが大きいよね。
ともあれ、採掘だ。
バックパックを下ろした。
「では、作業を開始しますね。時間がもったいないので」
ふふふ……ついに父さんからもらったこの鉱物ハンマーが火を噴くときがきた。
「危険があれば知らせる」
レックスさんが手頃な岩に飛び乗った。
「ありがとうございます」
お礼を言って、ハンマーを振った。
片手サイズの鉱物ハンマーは狙いを違わず、赤茶けた岩のくぼみに吸い込まれた。
カチン、と衝撃が響いて岩がこぼれる。
文献で読んだ通り、女の力でも掘削できるみたいだ。魔力の流れを見るに、やや手前の部分に赤鉄水晶が眠っていそうだった。
にんまりと両頬が上がっていくのを止められない。
『頑張って〜!』
『了解!』
クリスタの応援に答えつつ、ガシガシと掘削していく。
魔力の流れが濃くなった気がしたので、鉱物ハンマーをベルトホルスターに戻し、バックパックから丸タガネと石頭ハンマーを取り出した。
丸タガネの先端を掘削部分に添え、慎重に石頭ハンマーで柄を叩く。
フライ返しのように先端が平たくなっている丸タガネの先が、ずぶりと岩に沈み込んだ。さらに慎重に、小刻みに柄を叩く。
ある程度、先端が岩に入ったので、テコの原理で外側へと丸タガネを動かした。
ぼろり、と岩の破片がこぼれ落ちて、中から赤鉄水晶が顔を出した。
赤オレンジ色をした半透明をしており、理想的な両錐水晶の形をしている。これは質もよさそうだ。
「出ました! 赤鉄水晶です!」
叫ばずにはいられない。
「はぁ〜、会いたかったよ〜。いい子いい子」
鈍い赤オレンジの赤鉄水晶を指で撫でてみる。
当たり前だけど硬い。
岩に乗っているレックスさんが、「よかったな」と言ってくれた。
「はい!」
満面の笑みでうなずき返し、赤鉄水晶を傷つけないように周囲を削り、取り出した。
重さは十グラムほど。
太陽にかざすと半透明の赤オレンジ色が反射した。
ジュエルルーペで覗いてみると、赤い閃光のような魔力の流れが見えた。不純物が少ないことから、魔宝石に分類される赤鉄水晶で間違いなかった。
鉄サビを自然に吸収してしまうことから、その効力を失っていることも多い。
その場合は魔宝石ではなく、ただの鉱石に成り下がる。
最初から当たりだ。
『初採掘おめでとう!』
クリスタが嬉しそうに笑い、赤鉄水晶につま先立ちしてくるくると回った。
『ありがとう。全部クリスタのおかげだよ』
小さな声で返しておく。
鑑定士としての初採掘に胸がいっぱいになった。
◯
「二個採掘すれば依頼としては十分だろう」
「そうですね」
「まだ堀りたそうな顔だな……」
「そうです……かね?」
多分、何も言われなかったら延々と掘り続けていた気がする。
「お腹が空きませんか? 休憩にしましょう」
気恥ずかしくなってきて、話題を変えることにした。
ちょうど平たい岩があったので、バックパックから敷物を取り出して置き、二人分のサンドイッチを出した。瓶に入れておいたコーヒーを木製のカップに入れる。
「コーヒーか。ありがたい」
魔物除けの音が出る魔道具を設置したレックスさんが、カップを見て敷物に座る。
表情は相変わらず変わっていないが、どこか嬉しそうだ。
「お好きなんですか?」
「嗜む程度だが」
そう言いつつ、彼はカップを手にして一口飲んだ。
ぬるくなっているのが残念だ。でも、レックスさんは気にした様子もなく顔を上げた。
「……南方地域の豆か? 旨いな」
「南方ケニエスタ豆ですよ」
「疲れた身体には酸味がほしくなる」
「それ、わかります」
話をしてみれば、彼は無類のコーヒー好きらしく、私よりも数段詳しかった。
モリィに奢ってもらったラピスマウンテンも飲んだことがあるそうで、しばらくコーヒーの話題で盛り上がった。
「最近だと全自動魔道ミルも販売されているぞ。サラーヴォ坂にあるコーヒー専門店が導入している」
「全自動ですか。家にほしいです」
「そうか? 手巻きで豆をつぶす感覚が俺は好きだが」
「あのゴリゴリする感触もいいですね」
「ミルもこだわると終わりがない」
レックスさんがコーヒーを飲み干し、表情を変えずに小さく笑う。
小馬鹿にしているというよりは、楽しくて笑っているみたいだった。
「いずれ世界中の魔宝石を鑑定するのが私の野望です。その中にコーヒー豆も追加しましょう」
「悪くない夢だ」
そう言って、彼がサンドイッチを頬張った。
雇った傭兵の食事は、基本的には依頼主が準備することになっている。護衛に余計な荷物を持たせないためだ。
もりもりと食べてくれるのは、作ったこちらとしても嬉しいね。
私も食べていると、風が強くなってきた。
彼が気を利かせて風上に移動し、風が当たらないようにマントを広げてくれた。無表情だけど、優しい人だ。
「ありがとうございます」
「気にするな。砂が飛んでくる前に食べたほうがいい」
「わかりました」
目の前のサンドイッチに集中することにした。
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