第19話
馬車は街道を進む。
運転練習をしたかったので、私が御者台に座って手綱を握っていた。
父さんに教えてもらった記憶は消えていなくて、問題なく運転できる。六年ぶりだけど、意外と忘れていないものだね。
「速度を上げてもいいですか?」
後ろの席にいるレックスさんに聞く。
読んでいる本から顔を上げて、彼が「構わない」とうなずいた。
手綱を操ると、馬が小さく鳴いて速度を上げた。
おとなしい子にしてもらったから扱いが楽だ。
ガラガラと車輪のこすれる音と、馬の息遣いが聞こえる。
そういえば、流れで護衛をお願いしたけど、男性と二人きりの状況は初めてだ。
傭兵ギルドに言えば女性を指名することもできたけど、これはこれでいいだろう。自由な感じが独立した鑑定士っぽくて大変に良いと思う。それに、彼が私を異性として見ることもなさそうだし、男の同行者がいると面倒くさいナンパ行為もなくなるから願ったり叶ったりだ。
まあそもそもの話、私がナンパをされる気がしないけど。
逆に、王都を出るまでレックスさんが目立っていて、女性からの熱視線が痛かった。
彼も街道に出てホッとしているような気がする。
ちらりと後ろを見てみる。
彼は片足を伸ばし、くつろいだ様子で本を読んでいる。横顔は造形物のように美しかった。
うん。気になるのは、本を読んで馬車酔いしないことだ。これだけ揺れて、よく気持ち悪くならないよね……。何か秘訣でもあるのだろうか。
◯
その後、途中休憩を一度挟んでアゲリ砂漠に到着した。
久々に来たけど、やはり独特な光景だ。
「……これは面白いな」
彼もアゲリ砂漠を見つめる。
青々とした草原が砂でぶつ切りにされ、街道も砂漠で途切れている。
自然の雄大さと恐ろしさを感じさせるには十分だった。
「おーい、こっちに寄せてくれ」
アゲリ砂漠の管理人らしき男性が私たちの馬車に向かって叫ぶ。
貴重な魔宝石が取れることから、王国が入り口で管理をしている。
駐在場所の小屋に甲冑姿の兵士が数名待機しており、私たちの馬車を誘導して、駐車場所を指定してきた。
馬車から下りると、もっさりした髭をつけた中年の管理人が、私とレックスさんのギルドカードを確認した。
「Dランク鑑定士とCランク傭兵だな。目的は?」
「赤鉄水晶と灰色の
「おお、そうか」
管理人は強面だが、意外にも人懐っこく笑った。
「赤鉄水晶は在庫不足みたいだな。王国から何かと注文が多いらしい。しっかしお嬢さん、その若さで鑑定士様か! まだ十七くらいだろう? 優秀だねぇ〜」
「いえ……二十一です。ご期待に添えず申し訳ありません」
昔からマイナス三、四歳で言われるんだよね……。
もっと背がほしい。
「若作りはお得じゃねえか!」
どうやらおしゃべりな管理人らしく、書類にペンを走らせながら、次はレックスさんへと瞳を向けた。
「兄ちゃん、土龍(どりゅう)が産卵期に入っているからな。奥に行くなよ」
「承知した」
レックスさんが無表情にうなずく。
「にしてもあんたずいぶん色男だな。土龍(どりゅう)の雌に見つかったら巣にさらわれるかもしれねえ。気をつけろよ! ダハハハハハッ!」
自分のジョークに大爆笑する管理人。
周りの兵士も呆れている気がする。
もうちょっとデリカシーというものをですね……。
「土龍は人間をさらわん。食われるほうが怖い」
言われ慣れているのか、レックスさんがそれだけ返し、管理人の書き終わった書類を受け取った。
「行こう」
「はい。失礼いたします」
管理人に挨拶をし、私たちは持ち物の点検を済ませた。
砂よけのマスクとゴーグルを装着し、小型鉱物ハンマー、ジュエルルーペ、採掘グローブなど、鑑定士の必需品を点検し、バックパックを背負う。
レックスさんは全身黒ずくめで、マスクもゴーグルもしておらず、長剣を佩いている。
どうやら身につけているマントで砂を防御するらしい。
背中にはトランクのような長方形の鞄を背負っている。鞄にはベルトで締めるタイプのポケットが多数ついていて、中に魔道具が入っていることが窺い知れた。
魔道具師の傭兵っぽい装備がカッコいい。
ご令嬢の小説にも魔道具師が出てきて、これがまたいいキャラをしてるんだよね。あのキャラは道具をたくさん持っていて、ご令嬢が何度も驚いていたっけ。
「こいつが気になるか?」
レックスさんが背負ったトランク型の鞄を親指で差した。
「あ、すみません。めずらしかったもので」
「そうか。では、魔物が出たときの対処法を話そう」
魔物に襲われた際の動きをレックスさんと確認する。
彼が合図したら、私は後方へ退避するという簡単なものだ。
『魔物なんか魔法で一撃なのに』
クリスタが呆れ顔で言うが、魔物に対して使ったことがないので、威力の調整をできる自信がなかった。魔法は極力使わない方針でいこう。
◯
「本物の砂漠だな」
砂漠に足を踏み入れたレックスさんが地面を見て、後方の草原を見た。
「不思議ですよね」
大きく息を吸ってみる。
砂の匂いと、石が焼けたような独特な香りがした。
振り返ると「気をつけろよ〜」と手を振る管理人の姿が見えた。
軽く手を上げて答え、足元に注意しながら進んでいく。
アゲリ砂漠は岩と砂が混然していて、気を抜くと足をひねってしまう可能性があった。考え事をしてたまにつまずいたりするから、気をつけないと……。
バックパックのサイドポケットから地図を取り出し、行き先を確認する。
「北東が赤鉄水晶の採取地帯ですね」
「了解だ」
「あちらです」
首から下げている方位磁石で方角を確認し、指さすと、彼が警戒しながら私の前を進む。
脚さばきが軽やかだ。砂に足を取られることもない。
バックパックの位置を直し、遅れないように進む。
採掘初心者なので、疲れたらペースダウンしてもらおう。気持ちは急いているけど焦る必要はないよね。鑑定士としての第一歩だ。
『砂漠だ〜、アハハハ〜』
クリスタが笑いながら空を飛んでいる。
私は笑顔で応え、レックスさんの背中を追った。
黙々と砂漠を進む。
途中、鉄華サソリという魔物が出たけど、レックスさんが一振りで退治してくれた。
父さんが魔物に魔法を撃ち込む姿を子どもの頃から見ていたから、その辺の忌避感はほとんどない。そういえば、モリィは小さな虫も苦手だった。
「サソリ系の魔物は胸の下が急所だ」
「解体しますか?」
「そうだな……。針の部分だけ取ろう。少し待ってくれ、こちらでやる」
レックスさんがトランク型の鞄を下ろし、ナイフで手際よく尻尾の針を取り出した。毒抜きをすれば医療関係の魔道具素材になるらしい。一つ勉強になった。メモしておこう。
ほどなくして採取場所に到着した。
赤茶けた色の岩石地帯が広がっていて、砂よりも鉄の匂いが強い。
風が岩にぶつかって、ピュウと細い音を上げていた。
どの岩も掘り返されて表面がでこぼこしている。
「手前は取り尽くされています。奥に進みましょう!」
気分が上がってきて、腰の鉱物ハンマーを手に取った。
早く採掘したい。
急に元気になった私を見てレックスさんが呆れている気がしないでもないが、この気持ちは抑えようがなかった。
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