第18話
金に縁取られた名刺サイズのカード。傭兵ギルドの証明書だった。
「ランクはCだ。剣術と攻撃用魔道具を使える。アゲリ砂漠の深所以外なら問題なく対処できる」
魔道具師の中には傭兵ギルドに登録している人もいるとは聞いたが、彼もその一人らしい。
Cランクなら、傭兵業で十分に食べていける実力だ。
「大変ありがたいのですが……お急ぎではないのですか?」
「急いでいるからこそだ。灰色の雷(セプタリアン)を確実に採掘するとなれば、多忙なCランク以上に依頼する必要がある」
「失敗するかもしれませんよ?」
「ピーター・エヴァンス殿の屋号を継いだオードリー嬢と友誼を結べるならば、悪くない時間投資だ」
レックスさんは父さんの仕事ぶりを評価しているらしく、私にも期待を寄せているようだ。そう思うと、こちらとしても嬉しい気持ちになる。
それと同時に、父さんがよく「依頼者を見極めろ」と言っていたことを思い出させてくれた。
これは失敗だ。
初依頼に舞い上がっていた。
お人好しの鑑定士が犯罪を目的とした魔宝石を採取させられる事例も、過去何度か発生している。ここでまた気を引き締め直そう。
「そうですね……」
この依頼にはいい予感がしていたし、レックスさんも顔がやたらに美しいが、それを鼻にかける人ではないので好印象だ。問題ないはず。
「父を評価いただいているのは本当にありがたいです……念のためギルドに確認してみますね」
ソファから立ち上がり、二人で受付へ移動する。
受付嬢ジェシカさんに事情を説明すると、にこやかに了承された。
「オードリー嬢の実績を作るには最適かと思います。難易度の低い赤鉄水晶も採掘してしまえば、依頼失敗とはなりませんよ。私のほうで、二つを依頼内容とさせていただきます」
「そんな裏技があるんですね」
「ええ。依頼主様にご了承いただければですが」
ジェシカさんがちらりと見ると、レックスさんがうなずいた。
「それで問題ない。無理を言っているのはこちらだ」
赤鉄水晶は鉄のサビを吸い取る魔宝石だ。
鑑定も採取も簡単な部類に入る。
「ご無理はなさらず日帰りでお戻りください。少々お待ちを……こちらです」
ジェシカさんの出した依頼表を見る。
赤鉄水晶の交換レートが書かれていた。多めに採掘すれば一週間分くらいの稼ぎになりそうだ。今回はあまり取るわけにはいかないけれど。
「護衛の傭兵は手配なさいますか?」
ジェシカさんはレックスさんが気になるのか、彼に視線を飛ばしつつ、聞いてくる。
すると、彼が一歩前へ出てきた。
「私が同行する」
傭兵ギルドのカードを出したレックスさんを見て、ジェシカさんは頬を染めた。
「それならば、はい。大丈夫です。魔道具師でお強いなんて素敵だわ……デートしたい」
ジェシカさん……完全に顔が赤い。
彼女の小声は聞かなかったことにして、一礼した。
「傭兵ギルドで手続きをしてからアゲリ砂漠に行きますね。よろしくお願いいたします」
「はい、いってらっしゃいませ」
ジェシカさんに見送られ、傭兵ギルドで彼を雇う契約を交わし、一度別れた。
三十分後に東門の前で集合という約束だ。
一度家に帰り、サンドイッチとコーヒーを作る。
『あ、つまみ食いしないで。こっちを食べてね』
『はぁい』
クリスタ用に作ったサンドイッチを皿に出すと、もりもりと食べ始めた。可愛い。
「さてと。急いで着替えよう」
鑑定士になってやりたかったことの一つが、採掘作業だ。
自分で魔宝石を探して、鑑定し、販売する。
なんて夢のある仕事だろうか。
クリスタに教わった精霊魔法もあるし、魔物が出てきてもある程度の対応は可能だろう。レックスさんもCランク傭兵だ。安全マージンは取れているかな?
ほっぺたをリスみたいにしているクリスタを横目に、採掘の準備をしていく。
採掘グローブ、小型鉱物ハンマー、砂よけのマスクとゴーグル、鑑定士がよく使う頑丈なバックパックを背負う。日帰りのため、装備は必要最低限にしておいた。
服装は女性鑑定士に人気の探索用ガウチョパンツを購入しておいた。
オシャレはさっぱりわからないので、とにかく機能性重視だ。
髪の毛は一つ結びにし、目元はもちろん裸眼。
メイクもやり直した。
モリィに、一経営者になったのだから見た目は非常に重要だと滾々と説明をされた。そのため、初心者用のメイクセットは買い揃えておいた。汗をかきそうなときはこっち、と言われたメイク道具を使う。
うーん……メイク、もうちょっと練習したほうがいい気がする。
荷物を確認して、胸元に鑑定士のシルバーバッヂをつければ準備完了だ。
家を出て、馬貸しで二頭立ての馬車を借りた。
変則的な形にはなったけど、初の採掘に出かけられる。
まだ午前中だ。急いで砂漠に行けば、夜には帰ってこられそうだ。
『嬉しそうだね』
ポケットから飛び出したクリスタが顔の前に浮かぶ。
通行人から見えないように、馬車の陰に隠れた。
『夢にまで見た採掘だよ。もう興奮が止まらないよね……。ああ、我が道は果てなく続いている。それならば、どこまでも行こう。地の果て、空の向こうまで!』
『オードリー、カッコいいよ!』
小説のご令嬢のセリフを引用したら、クリスタが合いの手を入れてくれた。
『女で騎士になれぬと神は言ってはおらぬ。そう、女で鑑定士として独立してもいいのだ。父さんからの屋号を引き継ぎ、独立したオードリー・エヴァンスの物語はここから始まる!』
興が乗ってきたので、ポーズもつけてみた。
右手を差し出し、左手を胸に当てる。
『いいぞいいぞ〜!』
クリスタが小さな手でぱちぱちと拍手してくれた。
『どうもどうも。大根演技で失礼しました』
そう言ったところで、馬車の端から視線を感じた。
嫌な予感がして振り返ると、レックスさんが立っていた。
無表情な彼と目が合い、数秒間、視線が交錯する。
「……何語かわからないが……趣味は人それぞれだ。堂に入った演技であったと思う」
「……あの、未来永劫忘れてください……」
茶化されるわけでもなく、淡々と言われるとかえってつらいです……。
穴があったら入りたい。
「努力しよう」
「そこは絶対じゃないんですね……」
「生憎、面白い出来事は忘れない質でね」
そう言ってわずかに片頬を上げたレックスは、どこぞの劇場俳優みたいだった。
私は何も言わず、静かに馬車に乗り込んだ。
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