第17話


 ギルドで屋号を引き継いでから、開業の準備に追われた。


 事務所の引き継ぎ処理を役所に届けたり、父の関係者に連絡していたら、結構時間がかかった。


 ギルドには今日から依頼を受けると伝えてある。


 そう、本日から私が所長であるエヴァンス鑑定事務所は営業スタートだ。


 これから独立して、一人で仕事をすると思うと、わくわくしてくる。


 仕事の依頼、来るかな?

 小説のご令嬢のように私も活躍したい。


『この豆は焙煎が強いなぁ。ビターってやつ?』


 父さんの作業台に乗って、ぼりぼりとコーヒー豆をおやりになっている精霊さん。


 相変わらず、自分の体積よりも多く物を食べている。

 食べたものはどこに消えるのだろうか……。


 ほっぺたをまん丸くしているクリスタを眺めながら、練習用の魔宝石を鑑定していると、リーンと魔道具の呼び鈴が鳴った。


 クリスタを両手で持って玄関まで移動し、覗き穴から門を見ると、一人の男性が立っていた。


『鑑定の依頼かもしれない!』

『んん? ほうなの?』

『そうだよきっと! ジェシカさんが宣伝してくれるって言ってたから!』


 つい三日前、ギルドの受付嬢ジェシカさんとランチに行ったとき、仕事を回しますね、と言ってくれたのだ。きっと、ギルドで私の名前を出してくれたに違いない。


 豆をぼりぼりかじっているクリスタを玄関わきのコンソールテーブルに置き、急いで洗面所の鏡で髪と服に乱れがないか確認し、玄関の扉を開けた。


「お待たせいたしました! いま門を開けます」


 そう言いながら、早足に近づいて門を開けると、立っていた男性が低い声を出した。


「エヴァンス鑑定事務所はこちらか?」

「はい。ここで間違いありません――」


 彼の顔を間近で見て、数秒間、時が止まった。


 おとぎ話に出てくる王子様も裸足で逃げ出しそうな、美形の男性が佇んでいた。


 真夜中の空のようなダークスーツ、ダークロングコート、シャツと革靴まで黒いけど、魔宝石のような金色の髪が風になびいている。その下にある青い瞳がじっとこちらを見つめていた。神が最高傑作の人間を作ろうとしなければ、こんな美しい顔にはならない。そう思わせるほどの美しい顔立ちだった。


 顔つきが完全に無表情なので、黒塗りの名剣に、極上の魔宝石を乗せたような、近づき難い印象を覚える。


 手には、魔道具師の代名詞とも言える黒い魔算手袋エディトグラブを身につけていた。


 超美形の魔道具師……。

 どうにか脳を動かして、小さくうなずいた。


「失礼いたしました……エヴァンス鑑定事務所にご用命でしょうか?」

「あなたがピーター・エヴァンスの跡を継いだ、オードリー嬢、ですか?」


 彼が私のシルバーバッヂを見て言う。


「はい。そうですが……」


 背が高いので見上げる形になった。


「魔道具師のレックス・ハリソンと申します」


 レックス・ハリソンと名乗る魔道具師が表情を変えずに言い、魔算手袋エディトグラブをつけた右手を胸に当てた。


「ご依頼をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 きた! 初依頼!


 依頼内容はなんだろう。

 鑑定? それとも採掘?


 採掘はまだ未経験だから、ぜひともやってみたい。


 浮き足立つ気持ちを抑えて、笑顔を向けた。


「もちろんです。あと、敬語は必要ございません。私のほうが年下のようですし、まだまだ新人ですので」

「ああ……すまない。配慮、感謝する。私のこともレックスで構わない」


 魔道具師と鑑定士は名前で呼び合うのが慣例だ。

 私はうなずいて、大通りに視線を飛ばした。


「では、鑑定士ギルドへ参りましょう。そちらで詳しいお話を」


 初対面の依頼者をアトリエへ迎え入れるのはまだ早いので、彼と一緒に鑑定士ギルドへと移動した。


      ◯


 待合室のソファに座り、彼と対面した。


 通りかかった受付嬢のジェシカさんが足を止め、小さく親指を立てている。そして口パクで何か言った。ちょっと頬が赤い。


 なになに……すごいイケメンでしょ、頑張って……?


「実は先ほど、受付嬢からあなたを紹介された。ピーター・エヴァンス殿に依頼をするつもりだったが、あなたが跡を継いだと聞いてお伺いした次第だ」

「そうだったのですね。ありがたいことです。父とは面識があったのですか?」

「いや、知り合いの鍛冶師から優秀だと聞いていた」

「そうですか」


 まだこちらを見ているジェシカさんへ目配せをして「初依頼がんばります」という気持ちを込めると、彼女はしばらくレックスさんの後ろ姿を眺めてから、受付へ戻っていった。


 やはり、美形男性は年頃の女性から大人気らしい。


 うーん……その感覚、よくわからない。


 ゾルタンしかり、見た目のいい男が性格もいいとは限らないから、手放しで赤面するのはいかがなものかと思うんだけれど……。


 彼に視線を戻す。


 とんでもない美形だ。

 でも、ずっと無表情だ。


「詳しくお話をおうかがいしてもよろしいでしょうか?」


 初依頼ということもあり、なるべく笑顔を作る。

 彼が膝に腕を乗せ、長い指を組んだ。


「オードリー嬢は……アゲリ砂漠をご存知か?」

「局地砂漠ですね。大昔に古龍が大魔法で縄張り争いをして、その魔力残滓のせいで定規を引いたような正方形の砂漠になっている場所です。魔宝石も様々な種類を採掘できます」

「さすがは期待の星だ」


 レックスさんが感心したとうなずく。


 ああ、ジェシカさんが言ったらしい。あまり持ち上げられると背中がむずむずする。


「私には荷が重い言葉ですが……局地砂漠の魔宝石をお求めですか?」

「そうだ」

「なるほど……」


 局地砂漠とは、魔力残滓のせいで局地的に砂漠化している地帯のことを指す。

 草原がいきなり砂漠に変化しているので、初めて見たときは驚いた。

 王都から馬車で四時間ほどの場所にある。


 生態系が特殊であるため、採掘できる魔宝石も貴重なものが多い。面積は一片が十kmの正方形だ。中心部に近づくと危険度が上がる。


 レックスさんが首肯し、少し考えてから口を開いた。


「あなたは、灰色の雷セプタリアンの採掘は可能だろうか?」

灰色の雷セプタリアン……知識はあるのですが……」


 アゲリ砂漠の浅い部分に出現するが、その九割が偽物である厄介な魔宝石だ。


 しかも採取を失敗すると暴発してただの石になってしまう。

 採取難易度は中級から上級の間と言っていいだろう。


 行きたいです! と大声で言いたいところだが、失敗すると迷惑がかかるんだよね。


「私には荷が重いかと思います。もう少し経験を積んでからお受けしたい案件かと……残念ですが」


 そう言うと、ポケットの中に入っていたクリスタが顔を出した。


『え〜、オードリーなら大丈夫だよ』


 お気楽な調子で言われると、そうなのかな、と勘違いしそうになる。


 クリスタはすぐに顔を引っ込めて消えた。言い逃げってやつだ。


 私だって受けたいんだけどね……。

 想像するだけで高揚してくる。


 黙り込んだ私を見て、レックスさんが青い瞳を宙へ向けた。


「オードリー嬢は採掘が未経験とのことだったな。そうか……それならば、採掘に同行してもいいか?」

「同行ですか?」


 思わず尋ねると、彼が胸ポケットから一枚のカードを出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る