第14話


 屋号の引き継ぎ処理が終わったと連絡が入ったので、鑑定士ギルドにやってきた。


 本日付けで父さんが開業していた『エヴァンス鑑定事務所』は私が正式に継ぐこととなる。私が所長か……なんだか信じられないよね。


「こんにちは。書類を受け取りに来ました」

「オードリー嬢、お待ち申し上げておりました。屋号引き継ぎですね。受け渡しの前にギルド長が面会を希望しておりまして……お時間はございますか?」


 この前お世話になった受付嬢が、笑みを浮かべた。


「時間ならいくらでもありますよ」

「そうですか! では、先日行えなかった自衛力のテストも合わせていかがでしょうか?」

「あ、ぜひお願いします。本日受けようと思っておりました」

「かしこまりました。裏の演習場へご移動をお願いいたします」


 受付嬢が書類を持って立ち上がり、そのまま裏手の演習場まで案内してくれる。


 鑑定士ギルドの演習場は縦横五十mほどの大きさだ。


 主に、魔宝石の効果を試すときに使われる。


 ちなみに自衛力テストは、鑑定士が有事の際、どれほど対応ができるかのテストで、どのランクの傭兵を雇うかの指標となる。


 これを受けないと鑑定士として傭兵を雇えないので、雇用した費用を経費として計上できなくなってしまう。ジョージさんから、必ず受けるようにとアドバイスをいただいた。


「こちらへ」


 演習場の隅に到着すると、柵に区切られた試射的がいくつもあった。


 的は二mくらいの高さで、スプーンのような形をしている。

 傷だらけだ。

 何度も攻撃を受けているらしい。


 試射位置を示す白線が引いてあり、その横に剣、弓、槍など各種様々な武器が並んでいた。


 古めかしいけど、よく手入れがされている。


「それでは、お好きな武器で的に攻撃してください」

「魔法でもいいでしょうか?」

「やはり攻撃魔法が使えるのですね! ピーター・エヴァンス様もそうでした」

「父さんには劣りますのであまり期待しないでくださいね」

「謙虚も美徳ですね。さすが期待の星」


 受付嬢が、魔法も上手いんでしょ、このこの、という顔つきをしている。

 期待の星とか、全然そんなのじゃないんですが……。


「硬化付与の魔宝石が埋め込まれた鉄製の的です。思い切り撃っていただいて大丈夫ですよ」

「善処します」


 このテスト、強かろうが弱かろうが、鑑定士の待遇にはまったく関係がない。


『オードリー、木っ端微塵にする?』


 クリスタがやる気に満ちた顔をしている。冗談にならない。

 首を横に振った。


『庭でやった魔法と同じやつでいいよ』

『えー、それでいいの?』

『いいのいいの。大事になるから』

『それじゃつまんないよ〜』


 クリスタとこそこそ話していると、受付嬢が首をかしげた。


「どうかされました?」

「あ、いえ、なんでもありません。魔法を使いますね」

「お願いします」


 瞳を輝かせて、受付嬢が持っている書類とペンを構える。


「――【火球(ウカファ)】」


 言霊(ワード)をつぶやくと身体から魔力が抜け、火球が出現した。

 よし、魔力は調整できている。そこそこの威力のはずだ。


「――【射撃(イェゲシャス)】」

『いけいけ〜!』


 クリスタの楽しそうな声を聞きつつ、イメージを膨らませて言霊(ワード)を唱えると、火球が倍の大きさに変化し、的に直撃し――


 当たった瞬間、大爆発を起こした。


「――ッ!」

「ひゃああぁっ!」


 高さ二mの的は爆発に飲み込まれ、地面をえぐるようにして木っ端微塵に吹き飛んだ。爆散する破片をクリスタが瞬間的に魔法でガードしてくれる。


 クリスタが魔法を切ると、ぱらぱらと破片が私と受付嬢の前に落ちた。


「……」

「……」


 えぐれた地面を見て、受付嬢が目を点にしている。


『魔力を多めに渡しておいたよ』


 爽やかな笑顔で親指を立てる精霊さん。

 ちょっと、これ、どうするの……。


「魔法も……お得意なんですね……」


 受付嬢がぽつりとつぶやいた。



      ◯



 自衛力テストは、魔物相手ならば満点、という結果になった。


 対人戦闘訓練を受けていないため、治安の悪い街は傭兵の雇用を推奨。

 危険の少ない採掘の場合は一人行動も可。


 そんな総評だ。


 まあ、あくまでも推奨なので、傭兵を雇う雇わないは鑑定士の判断に委ねられる。


「対人戦闘の訓練は受けられますか? 護身術は女性鑑定士に人気です」

「うーん……護身術は時間があるときに受けます」

「承知いたしました」


 護身術よりも、魔法の精度を上げるべきだよね。


 あと、クリスタとはきちんとお話をしないといけない。毎回標的を木っ端微塵にしていたら、事故が起きかねない。


 ちなみに、演習場はギルドで修繕してくれるそうだ。

 よかった……。


 受付へ戻り、彼女から傭兵についての説明を受けていると、会議が終わったのか二階へと続く階段から数人が下りてきた。


「会議が終わったようです。ギルド長に確認して参りますね」


 受付嬢が席を立ち、数分で戻ってきた。


「ギルド長室へお越しくださいませ」

「わかりました」


 また受付嬢に連れられ、二階へ上がる。


 さすがは王都鑑定士ギルド。

 廊下に置かれている調度品もきらびやかで美しいものばかりだ。


「オードリー・エヴァンス嬢をお連れいたしました」

「入れ」


 受付嬢が重厚なワイン色をした扉を開けると、ふわりと甘い香りがした。


 南方で販売しているお香を炊いているのかな?

 昔に父さんがおみやげで買ってきてくれたことがある。


「オードリー嬢、呼びつけてすまなかった。私のことは覚えているか?」


 中に入ると、大柄な初老の男性が出迎えてくれた。


 落ち着いた紺色のダブルストライプ柄のスーツを見事に着こなし、ネクタイとポケットチーフは揃いのペイズリー柄のものを使っている。鍛えているのか、スーツの胸部が盛り上がり、白いシャツにはしわ一つなかった。威厳たっぷりといった御仁だけど、顔つきは柔和だ。ちょっと安心する。


 それにしても、これだけ威厳がある人だ。

 会えば記憶に残りそうだけど……。


「申し訳ございません。覚えがないみたいです」

「そうか。まだ三歳ぐらいの頃だったからな。無理もないか」


 ギルド長が革張りのソファを勧めてくれたので、静かに腰を下ろした。ふかふかで気持ちいい。受付嬢はギルド長の斜め後ろにひかえるように立った。


「Aランク鑑定士でギルド長のスミス・バークレーだ。まずは鑑定士試験合格おめでとう、とお伝えしよう」


 理知的な灰色の瞳を細め、ギルド長が笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。Dランクからスタートということで……恐縮です」

「筆記試験は過去最高得点だと聞いている。ピーターも今頃あの世で得意満面だろうな」

「父さんと知り合いなのですか?」


 嬉しそうに言うギルド長を見て、つい聞いてしまった。


「知り合いというか……腐れ縁、好敵手、友人……ああ、同じ女性を取り合ったこともあるな」


 ギルド長がごつごつとした手を顎にあて、昔を思い出すように宙を見る。


 女性を取り合った、という話に受付嬢がぴくりと眉を動かした。すごく続きを聞きたそうな目だ。私もちょっと気になる。聞きづらいけれど。


「あいつにはオードリー嬢を何度も自慢されてな」

「そうなんですか?」

「この子は将来美人になると何度も言っていたぞ」

「……意外と親馬鹿だったんですかね……?」

「娘がいる父親は皆そんなものだ」

「私、一度もそんなこと言われていないので……想像がちょっと……」

「あいつは基本無口だからな。恥ずかしかったんだろうよ」


 ギルド長が父さんを思い出したのか、宙を見ながら笑った。


「それにしても、オードリー嬢に覚えられていないのは残念だな」

「すみません。記憶がなくて」

「ああ、すまんすまん。悪い意味で言ったんじゃない。あの頃に比べるとずいぶん白髪が増えてしまったからな。三歳になったオードリー嬢を抱き上げたときはもっと黒かったんだぞ」


 整髪料で整えられた短い髪を、ギルド長が手でなでつける。


 白と黒の入り混じった髪色だ。


「そうか……オードリー嬢は綺麗な女性に成長したな。長い間王都を離れていたのが悔やまれる。私がギルド長に抜擢されたのは三ヶ月前でな、それまでは協商連合国でギルド立ち上げをしていたんだが……ああ、老人の話などどうでもいいか。最近、かみさんにも話が逸れると怒られる」

「いえ、そんな」

「つまり、ピーターとは古くからの知り合いだ。色々と手紙で事情を聞かされている」

「事情ですか?」

「ああ。それで、話しづらいことを承知で聞くが、婚約についてどうなったのか確認したい」


 婚約と聞いてゾルタンの顔を思い出した。


「噂は本当だったか」


 ギルド長が私の顔を見て、深く息を吐いた。


 さすがAランク鑑定士だ。表情の変化を見逃さない。


「そうですね……残念なことに」


 清々した気分だけど、いちおう建前上、残念と言っておく。


「ああ、そうだな」


 ギルド長は不満げに腕を組んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る