第13話


 これでもかと髪を洗われ、ドライヤーで乾かし、薬品を塗って何度も美容魔道具でプレスされた。


 仕上げに髪を整え、軽いメイクもされる。


 三時間後、鏡に映る自分の髪型に唖然としてしまった。


「……癖っ毛がここまでに……」


 二十一年間悩まされていた癖っ毛が解消され、緩いウェーブのかかった髪型に変貌していた。


「もっとやればストレートになるんですけど、オードリー嬢はゆるふわロングが似合うと思います〜」


 猫っぽい美容師さんが、にししと歯を見せて笑う。


「……別人ですね、これ……」

「めちゃくちゃ可愛くなりましたよ! 私が王子様だったら今すぐ白馬で迎えに来ちゃいます! ああっ、自分の手でレディを可愛くしてしまったこの全能感、たまりません!」


 美容師さんが悦に浸っている。

 いや全能感って。


 あまりの声の大きさに他の美容師も集まってきて、「おおおおっ!」「美人になった!」「可愛い!」という歓声を上げた。


 お世辞の嵐……恥ずかしい。

 でも、嬉しい。


 モリィが散々私に「美容師に相談しなさい」と言っていた理由がわかった気がする。


 私の銀髪は緩いウエーブを描いて胸元まで伸びており、毛先が整えられたおかげでお上品な仕上がりになっていた。


「なるほど。これが、ゆるふわロング」


 自分の銀髪が初めて好きになれそうだ。

 メイクのおかげで地味っぽい顔つきも、若干明るくなっている。


 鏡に映る自分が頬を赤くしているのを見て、また恥ずかしくなってきた。


 美容師さんたちが「可愛い」とまた騒ぎ出して、もっと顔が熱くなる。


 彼女たちのサービス精神が素晴らしい……。

 これが王都人気店のトーク術。


 私も個人事業主として見習わなければ……。


『ほら、美人じゃん』


 クリスタが顔の横で笑っている。


 美人ではないけど、生まれ変わった気分だ。

 また一歩前進できた気がする。

 髪型で心がこんなに躍るなんて、大いなる発見だよ。


「オードリー嬢、この仕上がりでいいですかぁ?」


 悦に浸っていた猫系美容師さんが笑顔を向けてくる。


「もちろんです。鏡に映る自分が自分じゃないみたいで……美容師さんの腕前に感服いたしました。ありがとうございます」


 きっとモリィも気に入ってくれるだろう。

 最新の美容魔道具は素晴らしい。技術の進歩を感じるよね。


「はーい、こちらこそありがとうございます!」


 猫系美容師さんが笑う。


「……」


 髪型はこれでよしとして……頼んでいいだろうか。


 いや、さすがにお店の大切な商売道具を見せてもらうのは失礼かな……。

 でも……どうしても気になるんだよね。


「どうかしましたか?」


 猫系美容師さんが人懐っこい笑みを浮かべて私の顔を覗き込んでくる。


 ちらちらと美容魔道具を見て、自分で自分の欲求にあらがえないと理解した。


 見たい。一回でいいから見てみたい。

 私は深く息を吐いて、頭を下げた。


「あの……少しばかりお願いがあるのですが……いいでしょうか?」

「なんでしょう?」

「美容魔道具を見せてくださいませんか? 実は私、こう見えて鑑定士で……使われている魔宝石が大変気になってですね……」


 そこまで言うと、猫系美容師さんは一瞬きょとんとした顔になったが、すぐに破顔し、うなずいてくれた。


「モリィさんが言っていたとおりですね!」

「え? モリィが何か?」

「美容魔道具についた魔宝石を見たがるだろうって」

「……お恥ずかしい限りです」


 モリィはなんでもお見通しだ。


「こちらにどうぞ。先にお会計しておきますか?」

「そうですね、お願いします」


 お会計後、美容室の隅のカウンターをお借りして、美容魔道具を鑑定した。


 ワッフルメーカーを半分にしたような形で、持ち手の末端の部分に、透明感のある藍色の魔宝石がついていた。


「やっぱり藍晶石(カイアナイト)だ!」


 予想していた答えと合致していた。


『深海みたいな魔宝石だね』


 ふわふわと飛んでいたクリスタが近づいて、目をぱちくりさせた。


「適応、清浄の効果を内包する魔宝石で、魔法陣で“形状記憶”の魔法へと変換されているみたい。魔道具師さんの腕が問われる一品だよ」

「へえ。なんかすごいんですねぇ〜」


 猫系美容師さんも近づいてきて、私の横で唸る。


 ジュエルルーペを取り出し、覗き込むと、深海を思わせる深いブルーと、上下に白い繊維のような線が走っていた。


「硬度差と強い劈開(へきかい)性がある魔宝石なので研磨が難しいんですよ。研磨師の方も素晴らしい仕事をされておられますね。見てください、定規で引いたような長方形に研磨されています。あっ、小さな隙間に魔法陣が刻まれていますよ! ほら、ここです!」


 私が美容魔道具を向けると、猫系美容師さんが曖昧にうなずいた。


「は、はあ……そうなんですね」

「そうなんですよ! ああ、もう、最高ですね! 流れている魔力もおとぎ話に出てくる乙女のような儚さと美しさですよ!」

「魔力が乙女ですか……?」


 それから私は滔々と藍晶石(カイアナイト)の素晴らしさを説明し、心ゆくまで鑑定をした。


 クリスタが、鑑定じゃなくて鑑賞になってると笑っていた。

 うん。否定はできない。


「美容室にお邪魔してよかった。本当にありがとうございます!」


 心からお礼を言うと、猫系美容師さんが目を丸くし、ぷるぷると震え始めた。


「……オードリー嬢……髪より石で興奮してる……面白い……」


 彼女が笑いをこらえてお腹を押さえている。

 それを見て我に返った。


「あ……」


 いけない。もう一時間も経ってる……。

 とんだご迷惑をかけちゃったよ。


 平謝りして、すぐさま近くにある人気の洋菓子店に行き、従業員全員分のケーキを差し入れした。


 営業の邪魔をしてしまい、申し訳なさでいっぱいだ。

 今後は魔宝石を見てもあまりはしゃがないでおこう……。


 皆さん優しくて、笑顔でお見送りをしてくれた。猫系美容師さんが、次は指名してほしいと言っていたので、固い握手とともに約束した。


 お名前はチャチャさんだ。


 彼女は「名前言うの忘れてました」と明るく笑った。


 知り合いが増えてなんだか嬉しい。

 お名前、忘れないでおこう。


 そんなこんなで、帰り道、モリィの家に寄ると、「親友が綺麗になった!」と大喜びしてくれた。


 綺麗は言い過ぎだけど、見た目は大幅に改善されたと思う。


 会計後、美容室に一時間居座ったことを話し、私が反省していたと伝えてほしいとお願いすると、モリィに爆笑された。


「その見た目で石マニアとか最高だわ〜。あなた、魔宝石と結婚したら?」

「魔宝石と……ふむ……」


 名案だ。それ、いいかもしれない。


 魔宝石なら人をこき使ったりしないし、冷ややかな目で見てこないし、香水臭くもない。しかもその輝きは失われない。相手として最高じゃない?


「結婚するならどの魔宝石にしようかな……」

「やだー、笑わせないでよ〜!」


 モリィにさらに笑われた。解せない。


「いい傾向よ。それでこそオードリーらしいわ」

「私らしい、か……」


 初めて言われた気がする。


 内容はどうあれ、親友にそう言ってもらえるのは嬉しい。


 その後、モリィの作ってくれた新野菜のポトフをごちそうになり、髪型に合う服装のレクチャーを受けて、そのまま泊まることにした。


『楽しいね!』

『うん。毎日が楽しいよ』


 クリスタの言葉に、私は笑顔でうなずいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る