第12話


 無事、辞める宣言をしたことを報告すると、モリィが飛び上がらんばかりに喜んでくれた。


 その日はモリィの家に泊まり、祝杯を上げた。


「ふあああっ……」


 深夜まで飲んでいたので少し眠い。


 朝帰りをして、シャワーを浴びると、昼前になっていた。


 さて、カーパシー魔宝石商を辞めたことだし、自宅にあるゾルタンの痕跡を消そうかな。気持ち的に、一秒でも早く目の前から消したかった。


 業者を呼ぶとすぐに来てくれた。


「こちらを全部捨ててください」


 ゾルタンの形ばかりの贈り物がなくなった。


 うん。すっきりしたね。

 業者の方には盛大に燃やしてくださいとお願いしておいた。


 次に、クリスタと契約して何ができるかの検証にうつった。


『オードリー、魔法を使おう!』


 やるぞ、と腕を上げているクリスタが可愛い。


『私も魔法を使えるの?』

『そうだよ』

『簡単な魔法でも嬉しいよ』

『うんうん。鑑定士と言えば魔法だよ〜』

『ん……そうなの?』

『え? 違うの?』


 クリスタが首をひねる。


 どうやら小さな精霊さんと私の間には大きな齟齬があるらしい。


 クリスタの話を聞くと、鑑定士は魔力の扱いに長けているため、魔法も得意とのことだ。


 そんな話、聞いたことがない。

 このご時世、鑑定士はせいぜい生活魔法を使えれば上等という認識だ。


 魔法が得意なのは魔法使い。

 これが一般常識だ。


 あと、魔宝石の採掘には危険が伴う。


 遠征する場合は傭兵ギルドで護衛を雇うのが慣例で、魔法使いを雇うと結構な金額がかかるらしいんだよね。


 自分で強力な魔法が使えるにこしたことはないけど……。


『ちなみに私って、どれくらい魔法が使えそうなの?』

『練習すれば赤龍ぐらい制圧できるよ』

『いや……そこまでの魔法はいらないんだけど……。私、平和主義者だから……』


 赤龍討伐など、傭兵ギルドの人たちにおまかせしたい。



      ◯



 とにかくやってみないことには始まらない。


 魔法を試射すべく、庭の試験場に移動した。


 父さんが魔道具師を呼んで、よく庭で新作の実験をしていたよね。懐かしいな。


『発音は覚えたね?』

『うん。古代語と似ているから大丈夫』


 クリスタの教える魔法は、言霊(ワード)と想像力(イメージ)を組み合わせて使うものだそうだ。


 言霊(ワード)は古代語をもとに作られた、世界の法則に干渉する言葉、らしい。

 未知の知識にわくわくしてくる。


『イメージして、言霊(ワード)を言えばいいんだよね?』

『そうだよ。あとはぼくが補助するからね』

『了解』


 傭兵ギルドにいる魔法使いとだいぶ違う気がするけど……いいのかな?

 彼らは呪文(スペル)を使って魔法を行使する。


 言霊(ワード)なんて聞いたことがない。


『ねえ早くぅ〜』

『あ、ごめんごめん』


 とにかく、今は試射だ。


 魔法が使えるなら、鑑定士としての選択肢もかなり広がるのは間違いない。

 危険度の高い採掘依頼なんかも受けれる。


 息を吸い込み、火をイメージした。


「――【火球(ウカファ)】」


 言霊(ワード)をつぶやくと、スッと身体から魔力の抜ける感覚が起き、炎の球が出現した。


 両手で抱えるほどの大きさで、轟々と音を立てて燃えている。

 イメージよりもだいぶ大きい。


 いや、相当大きいけど……これ、平気かな?


『センスあるね! じゃあそのまま的に撃って!』


 クリスタの楽しそうな言葉に後押しされ、イメージを膨らませた。


「――【射撃(イェゲシャス)】」


 火球が木製の的に直撃して、爆ぜた。


 ドンッ、という腹の底を叩くような音が響き、的が粉々に砕け散る。


 あああっ……庭に穴が……!

 洒落にならない威力だよ!


 吹き飛んだ的がばらばらと落下してきて、頭にぶつかった。


「いたっ」

『言霊(ワード)を二つ重ねてこの威力かぁ……。これなら一年後には暗黒龍も倒せるんじゃないかな。やったね!』


 遊戯に勝った子どものように喜ぶクリスタ。

 暗黒龍はウン千年前に人類を滅亡の危機に陥れた、伝説上の生物だ。


『あはは……遠慮しておきます……』


 ひょっとして……とんでもない力を手に入れてしまったのではないだろうか……。

 しばらく顔から苦笑いが消えなかった。


      ◯


 その後、クリスタに便利そうな言霊(ワード)を教えてもらい、昼過ぎまで魔法の練習をした。


 ある程度の調整もできるようになってきたので、大惨事を起こすことはない……と思う。


 王都で派手に魔法を使えば都市騎士のご厄介になってしまう。


「魔法を使える日が来るとはね……」

『ん? 何か言った?』


 昼食に出したコンソメスープを飲みながら、クリスタが顔を上げた。


 精霊の小さな身体に入る量じゃないんだけど、この辺は気にしたら負けな気がする。


『ううん。魔法が使えて嬉しいなと思って』

『鑑定士だから当然だよね』

『クリスタといると常識が壊されていくよ』

『前まで魔力ナシだったもんねぇ』


 けぷ、と可愛らしい息を吐いて、クリスタが机へごろんと横になる。

 ハンカチを出すと彼はその上へ寝転がった。


 昼食を済ませ、食器を洗い、とある用事を済ませるべく街へと繰り出した。



      ◯



『くねくねした坂だね』

『サラーヴォ坂って呼ばれてるんだよ』


 大通りを途中で左折し、しばらく進むと、S字をつなげたように曲がりくねった坂が見えてきた。


 丘の上まで続いているサラーヴォ坂は、オシャレな小売店が集まっている区画として有名だ。


 王都の最先端を行くと言われている場所で、着飾った若者が多く、貴族らしき人たちの姿もあった。場違い感がすごい。


 いちおう一番上等なワンピースを着てきたんだけど、地味すぎる……。


 私にオシャレは無理だ。

 自分の服装は見なかったことにして、目的地を目指そう。


「この辺だと思うけど……」


 探しているのは王都で人気の美容室だ。


 モリィが「絶対に行け」「お金も出す」と声高に言うので、お金は受け取らずにありがたく紹介だけ受けることにした。


 なんでも、最新魔道具の矯正縮毛なら、どんなくせ毛でも立ちどころにストレートになるらしい。ホントかな?


 効果もさることながら、どんな魔宝石が使われているのか気になるよね。


「あった。あそこだ」


 少し道に迷って、美容室に到着した。


『入らないの?』

『……オシャレで入りづらいよ……』


 すると、店の前から人が出てきた。


「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております!」


 美容師らしき女性が笑顔で客を見送る。

 客の女性は長い髪をしており、驚くほど艶があってサラサラだった。


「……綺麗な髪」


 颯爽と坂を下っていく女性の後ろ姿に、思わず見惚れてしまう。


 美容室の窓ガラスに映る自分の髪を見ると、笑ってしまうぐらい癖っ毛で、もはや球体と言ってしまってもいいぐらいだ。どんなにお湯で梳かしても、即座に戻ってしまう頑固者だ。


 深いため息が漏れる。


「お〜、これはパーマしがいがある髪ですねぇ」


 いつの間にか私の前に美容師が立っていて、人懐っこい笑みを浮かべていた。


 茶色のベリーショートヘアに大きな瞳。ショートパンツからは健康的な脚がすらりと伸びている。全体的に猫みたいな印象の可愛い女性だ。年齢は多分私より下だと思う。


「あの、何か……?」


 一歩引いて聞くと、彼女が手を後頭部にやり、快活に笑った。


「アハハ、すみません! 実は最新の美容魔道具が開発されまして、縮毛矯正ってやつなんですけどー。もうすごすぎちゃって色んな方に声をかけてるんですよぉ!」


 新しいおもちゃを買ってもらった子どもみたいに笑う美容師さん。

 小さく跳んでいるので、カチャカチャと腰につけている商売道具が鳴っている。


「あの……メルゲン書店店長のモリィの紹介で来た、オードリー・エヴァンスです……」

「あっ、ご予約のオードリー嬢ですね!」

「私の髪質でも大丈夫なのでしょうか?」


 不安になって聞いてしまった。


 僭越ながら私の髪は父さんぐらい頑固な癖っ毛だ。

 何をやってもくるくるくるくると丸まってしまう。あなたはダンゴ虫なのかと言いたい。


「さっきのお客さんもお姉さんくらい癖っ毛でしたよ」

「え…………ほ、本当ですか?」


 呼吸するのを忘れてしまうほどの衝撃だった。

 先ほどの女性も癖っ毛? どう見ても美しい直毛だったよね。


「それなら……やってみたい気もしますが……ダメだったらショックが……」


 私のつぶやきを聞いて、ポケットにいたクリスタが『早くやりなよー。オードリーって美人なんだからさぁ〜』と言っている。


 私が美人というのは月が地に落ちるくらいあり得ない話だけど、癖っ毛が直るならやってみたい。


「モリィさんから言われています、あなたを逃すなと! ささ、どうぞどうぞ!」

「あ、ちょっと、まだ、心の準備が――」

「一名様ご案内でーす!」


 カラン、と入店のベルが鳴った。


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