第9話


「では、失礼いたします」

「どうぞ」


 そっと、右の魔宝石を取る。


 大きさは3.0カラットほど。


 ジュエルルーペを出し、片目をつぶって覗き込んだ。


「……綺麗な五芒星ですね」


 思わず声が漏れた。


 魔力の流れが均衡の取れた五芒星を描き、真夜中に浮かぶ結界陣のように光り輝いている。


「そうでしょう? 魔力の種類を鑑定してください」

「承知いたしました」


 集中して鑑定する。

 深くへと潜っていく。


 魔宝石の含有物と、魔力の形状を知識から引っ張り出した。


「ふう……」


 ジュエルルーペから目を離す。


 “炎雷の祝福トールブレス”ほどの深度はなかったので、魔力の渦から意識を浮上させた。


「もう一つもどうぞ」

「拝見いたします」


 鑑定結果を伝える前にジョージさんが促してきたので、今度は左の魔宝石も鑑定する。


 すぐに終わって、ジュエルルーペから目を離した。


「いかがでしたかな?」

「右の魔宝石はイエロートルマリンに発光の魔力が流れていることから、“光彩の雫ライトトルマリン”ですね。もう一つの魔宝石は……」


 言いづらくて、言葉が詰まってしまう。


「いいのですよ。はっきりおっしゃってください」

「左の魔宝石は、残念ながら魔宝石ではありません。一見、“光彩の雫ライトトルマリン”に見えるのですが、深層に存在する水晶クォーツが魔力の流れを阻害しております。よって、魔宝石ではなく、鉱石のイエロートルマリンと推察いたします」


 魔宝石か鉱石かで、値段の桁が最低でも一つ変わる。


 “光彩の雫ライトトルマリン”は二十万ルギィ、イエロートルマリンは一万ルギィといったところだ。


「ふむ……さすがあの人の娘さんだ……」


 ジョージさんがしきりにうなずき、そうかそうかと一人でつぶやいている。

 ちょっと不安になるので結果を教えてほしい。


「これは失礼。私の鑑定と一致しますよ」

「……まだ日が浅いので緊張しました。嬉しいです」

「おや? 手慣れているように見えましたよ」

「鉱石の選別は父さんから教わって、かなりの数をこなしてきました。そのせいかもしれませんね」

「基礎がしっかりしているようですな」


 私は父さんに言われてきた基礎をひたすらやってきた。

 それが活きているのだろうか。


 今回の鑑定もそこまで難しいとは思わなかった。いつもの鉱石選別に、魔力形状を掛け合わせ、知識から結果を導き出しただけだ。


 だとすれば、父さんには頭が上がらない。


「この鑑定を簡単にこなしてみせるとは素晴らしいですな」


 ジョージさんが笑い、立ち上がって受付へ行ってしまった。

 荷物もすべて置いたままだ。


「あの……お荷物が」


 彼の行動がわからず、呆然としてしまう。


 とりあえず荷物番としてここにいよう。

 魔宝石が取られたら大変だ。


 五分ほど経つと、ジョージさんと先ほどの受付嬢が待合室に入ってきた。

 受付嬢は銀のトレーを持っている。


 二人は私の前に立つと、にこりと笑顔になった。


「オードリー嬢、おめでとうございます」


 受付嬢が言うので、軽く頭を下げた。


「はい……ありがとうございます……?」

「試験は終了でございます。鑑定士ギルド教育顧問、ジョージ・カンナギがあなたの合格を認可いたしました」


 受付嬢が銀のトレーに置かれた、鑑定士のバッヂと証明書を差し出した。


「え? え?」


 どういうこと?


 驚きでジョージさんの顔を見つめてしまう。


「おめでとう」


 ジョージさんが口角を上げる。


 実技試験はもっとこう、ピリッとした感じで行われると思っていたので、現実味が全然湧いてこない。


 ふと、トレーに乗っているバッヂと証明書がおかしなことに気づいた。


「あの、色が違うようですが……」


 鑑定士はEランクからスタートするはずだ。

 Eランク鑑定士のバッヂはブロンズだが、なぜかシルバーバッヂが置かれている。


 受付嬢がもう我慢できないと言わんばかりに、興奮した様子で顔を突き出した。


「さすが高名なピーター・エヴァンス様のお嬢様でございます! 筆記試験は過去最高得点でございました!」

「最高得点?」

「はいっ! 筆記問題の解答は教科書に載せたいほどの出来栄え! 大変な努力をされたのだと、誠に勝手ながら感動しております!」

「そ、そんな……私なんかが……」


 受付嬢とジョージさんを見ると、口元に笑みを浮かべている。


「実技試験も満点でございます。知識は折り紙付き。品行も問題なし。血筋は言わずもがな。よって、鑑定士ギルドはオードリー嬢をDランク鑑定士からスタートさせることがベストだと判断いたしました」

「そういうことだよ」


 ジョージさんがお茶目にウインクをし、私の評価が書かれた用紙をひらひらと見せてくる。


 どうやら、世間話をしながら、私を観察していたようだ。鑑定士らしいと言えばらしい。父さんもよく、相手を見極めろと言っていた記憶がある。


「さ、バッヂを胸につけてください」


 トレーの上にはジュエルルーペを模したシルバーバッヂがある。


 憧れて、夢見てきた、鑑定士の証だ。


「本当にいいのでしょうか……?」

「もちろんだよ」


 嬉しそうなジョージさんに言われ、トレーに置かれているシルバーバッヂをそっと手に取る。憧れのバッヂに胸が熱くなった。


「これで君も今日から鑑定士だ」


 ジョージさんが拍手をしてくれ、受付嬢も熱い拍手を送ってくれる。


「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」


 ジョージさんと受付嬢に何度も頭を下げる。


 私、ずっとずっとなりたかった鑑定士になれたんだ。


「本当にありがとうございます! 私、父さんのような立派な鑑定士になりたくて、それをずっと夢見ていて……。その、ほとんどあきらめていたんですけど……なんと言えばいいのか……ありがとうございます」


 笑っているのか泣いているのか自分でもわからないほど、顔中が熱い。


「合格したのは、あきらめずに勉強をしてきた君自身の努力の結果だよ。胸を張りたまえ、オードリー嬢」


 ジョージさんが優しく言ってくれる。


「オードリー嬢はギルド期待の星でございます!」


 受付嬢が満面の笑みでまた拍手をした。


 すると、ジョージさんが天井を見上げた。


「私もこれで引退できるなぁ」

「何をおっしゃいます。ジョージ様にはまだまだ働いてもらうとギルド長も言っておりますからね。覚悟してくださいませ」


 ジョージさんの冗談に、受付嬢が軽快に言い返す。

 そんな二人を見て、私は声を出して笑った。


 心から笑ったのはいつぶりだろう。


『おめでとうオードリー!』


 いつの間にか起きたクリスタが、びしりと親指を立てた。


『ありがとね、クリスタ』


 小声で返し、胸につけたシルバーバッヂを何度も撫でる。


 今日から私は鑑定士だ。


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