第8話


 モリィと相談し、まずは鑑定士の試験を受けることにした。


『これからどうするの?』


 王都の街並みを見ながらクリスタが聞いてくる。


『鑑定士ギルドに行くよ』


 小声で伝え、メルゲン書店を出たその足で鑑定士ギルドへ向かう。


 鑑定士ギルドは証明書の発行や、依頼のやり取り、預金サービスなども行ってくれる、鑑定士になくてはならない存在だ。


 もし鑑定士になれたら、併せて個人経営の鑑定士として開業申請をするつもりだ。


 父さんの屋号である『エヴァンス鑑定事務所』を引き継げばいいじゃない、というのがモリィの助言だ。確かにそれが一番手っ取り早い。


 鑑定士ギルドに入り、受付嬢に声をかけた。


「すみません……。鑑定士試験を受けたいのですが……」


 ああ……心臓がばくばくしてきた……。

 試験、大丈夫だろうか。


「かしこまりました。こちらの書類にご記入をお願いいたします」


 制服を隙なく着こなしている受付嬢から書類を受け取り、記入台でペンを走らせる。


 彼女が私の名前を見て、何かを思い出した顔つきになった。


「オードリー・エヴァンス嬢……。Aランク鑑定士ピーター・エヴァンス様と繋がりがおありでしょうか?」

「あ、はい。僭越ながら……私の父です」

「少々お待ちくださいませ」


 受付嬢が少しあわてた様子で裏の事務所へ入り、五分ほどで戻ってきた。


「大変失礼いたしました。三時からになりますが、このまま受けられますか?」

「はい。お願いします」


 腹はくくってきた。

 女は度胸、と言ったモリィの言葉を思い出す。


 試験勉強は参考書に穴が空くほどやってきた。筆記問題には自信がある。


 よし。行くぞ。


「それではご案内いたします」

「お、お願いします」


 緊張で声が上ずる。


 合格率一割という狭き門。


 難易度の高さから受験者が少ないため鑑定士試験はいつでも受けられるけど、不合格になると次に受けられるのは一年後になる。


 一年に一回の勝負だ。


 受付嬢に連れられ、二階の小部屋に通された。



      ◯



 百八十分におよぶテストが終わった。

 わからない箇所は二つだけだった。


 高得点になる……と、思う。


「それではオードリー・エヴァンス嬢、実技試験まで待合室でお待ちくださいませ」

「承知いたしました」


 一礼して、一階の受付に併設された待合室に入る。


 ワインレッドのソファが等間隔に置かれた、落ち着いた雰囲気の部屋だ。

 次に行われる実技試験は正確な鑑定をするという、いたってシンプルな内容だ。


『試験終わった?』


 寝ていたクリスタがポケットから顔を出した。


『まだだよ』

『ふあぁっ……終わったら教えてね』


 クリスタはまたポケットに引っ込んで、消えてしまった。

 集中力を高めるため、何度か深呼吸をしていると、渋みのある声が響いた。


「おや、オードリー嬢ではありませんか」


 隣のソファには、柔和な顔つきに、ロマンスグレーを七三分けにした初老の男性が座っていた。見知った顔に、ほっと安堵の息が漏れる。


「ジョージさん、お久しぶりです」


 父さんが懇意にしていたベテランBランク鑑定士だ。


 ジョージ・カンナギというめずらしい名前で、最東国のご出身である。黒曜石のような黒い瞳が特徴的な御仁だ。ダブルピースの上品なスーツを着ている。


 ジョージさんが立ち上がり、向かいのソファを勧めてくれた。


「失礼いたします」


 ソファ、ふかふかだ。


「オードリー嬢にギルドで会えるとは嬉しいですね。カーパシー魔宝石商の仕事ですかな?」


 年下の私に対してもやわらかい敬語で話してくれる。


 昔から優しい人だよね。


 父さんが死んでからも、私の様子を見に何度か家に来てくれた。


「鑑定士試験を受けにきました」

「それはそれは……。ということは、あの職場は辞めたのですね?」

「はい。まだ言っていないのですが……合格したら辞めるつもりです」

「そうですか……ついに、ですな……。頑張ってください」


 にこりとジョージさんが笑い、さらに尋ねてくる。


「合格をしたら独立するのですかな?」

「迷ったのですが、父さんの屋号を引き継ぐことにいたしました」

「うん、うん、素晴らしい。これでピーター殿にもらった恩を返せます」


 ジョージさんが嬉しそうに父さんの名前を出し、口ひげを撫でた。


「独立するならば、爵位継承もしたほうがいいでしょうな」

「はい。父さんがお金を残してくれていたので、申し訳なく思うのですが、使うことにいたしました」

「オードリー嬢が使うならピーター殿は両手を上げて喜びますよ。口を開けばあなたのことばかり話していましたからね」


 ジョージさんが朗らかに笑う。


「そうだったんですか? 無口な父さんからは想像もできないのですが……」


 ちょっと信じられない。


「酒に酔うと、ほら」

「あ、なるほど」


 ジョージさんと私は笑い合った。


 父さんは酔うといつもの百倍はおしゃべりになる。

 めったにお酒は飲まないんだけどね。


 それからコーヒーを注文し、父さんの思い出話しに花を咲かせ、仕事の話へと話題が移った。


 試験前の緊張がほぐれるからありがたいな。


「失礼するよ」


 ジョージさんが一度席を外し、数分で戻ってきた。

 何か嬉しそうな顔をしている。いい商談でもあったのだろうか。


「試験までまだ時間がかかるそうですな。今しばらく会話を楽しみましょう」

「お時間は大丈夫ですか?」

「オードリー嬢と話せるならば、他の予定など些末なことです」


 ジョージさんが笑い、クロコダイルの革で作った高級トランクから、台座に乗せられた黄色い魔宝石を二つ取り出した。


「わあ……綺麗……」


 美しい魔宝石に、思わず前のめりになってしまう。


「オードリー嬢、時間つぶしを兼ねてこの二つを鑑定してくださいませんか?」

「えっと……ジョージさんが鑑定したほうが確実かと思うのですが」

「鑑定士同士で確認し合うこともありますよ。一人の鑑定よりも二人ですからね」

「それは、かなり深い関係でないとしないことでは?」

「ピーター殿は得難い友であり、仲間でした」


 私を安心させるように微笑み、ジョージさんが魔宝石を台座ごとテーブルに置く。


 見たい。


 鑑定してみたい。


 あれこれ言ったけど、心はすでに魔宝石の虜だ。


 ああ、胸のときめきが止まらない。マリーゴールドのような華やかな黄色だ。二つとも可愛い。


 勝手に頬がゆるんで、にまにまと笑ってしまう。


「オードリー嬢は魔宝石がお好きなようだ」


 私が食い入るように魔宝石を見ているからか、ジョージさんが笑った。


「すみません……つい……」


 恥ずかしくて頬が熱くなった。


 ごまかすために咳払いをし、白手袋をバッグから取り出して装着した。

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