第7話


 ゾルタンと婚約破棄したこと、ドール嬢が裏で付き合っていたこと、月十万ルギィで契約を持ちかけられたこと、魔力を手に入れたこと、視力が上がったこと――。


 話し終わる頃には、コーヒーはすっかり冷めていた。


 ちなみにクリスタによると、精霊と契約した話をしても『契約した事実を認識されない』らしい。


 つまり、いくら私が「精霊と契約した」と言っても、誰も信じてくれないということだ。


 ある意味寂しくはあるが、ついうっかり話してしまったとしても、秘密が漏れることはない。契約者が変なしがらみに巻き込まれてないための処置だそうだ。


 安心設計で助かる。面倒事は避けたい。


 話し終わり、冷めたコーヒーを飲み干した。

 久々に長話をして喉が疲れた。


「それで、これからのことについてモリィにアドバイスをもらおうと思って。どう動くのが一番いいのか、自分だと判断できないんだよね」

「その前にゾルタンぶん殴ってきていい?」


 モリィの第一声はそれだった。

 こめかみに血管を浮かせて唸っている。


 やっぱりそうなるよね……。


「私は気にしてないから、落ち着いて」

「女好きの守銭奴……許せん」

「向こうは男爵だからあまり言わないほうが……ほら、落ち着いて。ね?」

「オードリーはお人好しすぎ」

「今思えばさ、あの人と私の結婚が実現するはずなかったんだよ。冷静になればわかったのにね」


 婚約破棄から一夜明け、夢から覚めたような自分がいる。


 ゾルタンが私と結婚?


 するわけがない。


「五年も婚約しておいて破棄するとか、女を舐めてるとしか思えないわ」

「二年目くらいで気づくべきだったよね……」


 今の気持ちとしては、怒りとか恨みより、ゾルタンにはもうかかわりたくないというのが本音だ。なんというか、彼と私は違いすぎる。お互い理解し合うなど無理な気がする。


 不意に、ゾルタンのつけている香水の匂いを思い出し、もやっとした気分になった。


 結構多めに香水をつけてたよね、そういえば。


 空になったコーヒーカップを顔に寄せ、ラピスマウンテンの残り香を嗅いでおいた。いい匂いだ。浄化される。


「いきなりカップをくんくん嗅がないでよ」

「あ、そうだね」


 カップをソーサーに戻す。


「まったく……変なところでマイペースなんだから」


 モリィが握っていた拳の力を緩めた。


「で、今後の話が重要ってことね。オードリーはどうしたいの?」

「私は鑑定士になりたい」


 驚くほどすんなり言葉が出てきた。

 モリィは私を見て、笑みを作った。


「よかったわね、魔力が手に入って……。あなたのお父さんさんが起こしてくれた奇跡だよ」

「うん……ありがとう」

「これで夢の鑑定士だね」

「試験があるのに気が早いよ」

「あなたなら大丈夫。親友の私が保証するわ」


 万感の思いが込められた微笑みをモリィが送ってくれる。


 モリィとは十歳の頃に知り合ってからずっと友達だ。


 性格は真逆な気がするけど、かえってそこがいいのかもしれない。お互い自分にないところに惹かれ合っている……と私は勝手に思っている。


「オードリーが誰よりも努力してきたのは知っているから本当に嬉しいわ」

「でもさ、鑑定士になったとして……やっていけるかな?」

「できるでしょ。というかオードリー、あなた自分を過小評価しすぎだから」

「そんなことないよ」

「そんなことあるの」


 やれやれとため息をついて、モリィが首を振った。


「カーパシー魔宝石商でやっていた仕事、はっきり言って月収六十万ルギィの業務内容だからね? 十万ルギィとか搾取よ、搾取」

「そうは思えないんだけど」


 モリィからはずっと「仕事量がおかしい。給与と見合っていない」と言われ続けてきた。


「六十万は言い過ぎだと思うよ。まあ、せめて手取りで二十五万はほしかったけどね」


 はぁ〜、と大きなため息をモリィが吐いた。


「社員のシフト管理、給与計算、大量の事務処理……ついでに鉱石の簡易選別までしてたんでしょう? ほら、ドール嬢とかいうCランク様の尻ぬぐいよ。そんなものしなきゃいいのに」


 モリィは石磨きのときに、ドール嬢の選別ミスをこっそり弾いていたことを指摘している。


「間違いは直さないと……ね」

「あなたは優秀なの。事務仕事をバリバリこなして、鉱石の簡易選別までできるとか、普通の事務員じゃないからね。というかそもそも、仕事量おかしいから」

「残業すればできるよ」

「それにしたって仕事のしすぎよ。オードリーがいなくなったらあの商会、潰れるんじゃないの?」

「さすがにそれはないよ」


 大商会であるカーパシー魔宝石商が潰れるなどあり得ない。


「今頃、オードリーがいなくて大騒ぎになっているでしょうね。ざまぁないわ」


 モリィがカーパシー魔宝石商の方角を見て笑った。


 うーん……ドール嬢が私のサボりに対して大騒ぎしている気はするけど……。


「誰にでもできる仕事だけどなぁ……」

「はぁ〜」


 なぜか、モリィが深々とため息をついた。


「ま、いいでしょう。それで、今後の話ね」

「うん。お願いします」

「まずは現状把握ね」


 モリィが真面目モードに入った。


 若くして両親から書店経営の全権を譲り受けた彼女だ。


 私が鑑定士としてやっていくための、最善策を導き出してくれるに違いない。



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