第5話


 厳重に閉じられている扉を開け、魔宝石の保管部屋に入った。


 父さんはほとんどの魔宝石を相棒であった魔道具師に預けており、部屋に残っているものはわずかだ。


 魔道具師の方からは、お礼の手紙とともに、新規開発した魔道具が送られてくるので、父さんの採掘した魔宝石を有効活用してくれているようだった。人の役に立つ魔道具の開発は父さんの目指すところでもあったし、天国にいる父さんも喜んでいるに違いない。


「解錠のダイヤルは私の誕生日……っと」


 保管部屋の中央に置かれている、ガラスケースの鍵を解錠する。


『オードリー! 綺麗な魔宝石だねぇ!』

『父さんが大切にしていた魔宝石だよ』


 ダイヤルロックを外し、ガラスケースをそっと床に置く。


 クリスタが目を丸くして、鎮座している魔宝石の上をくるくると飛ぶ。


 真紅の魔宝石。

 燃えるような赤色、偏菱二十四面体、大きさは6.0カラット。


 “炎雷の祝福トールブレス”と名付けられた魔宝石だ。


 父さんが準男爵位を叙爵するきっかけになった一品でもあり、私が生まれる少し前に採掘したものだそうだ。


 落雷を呼ぶ魔力を内包している“炎雷の祝福トールブレス”は世界に一つしかない貴重な魔宝石だ。


 売れば王都で豪邸を買えるだろう。


 父さんはこの魔宝石だけは何があっても売ろうとしなかった。

 相当な思い入れがあったらしく、何度か聞いたけどその理由は教えてくれなかった。


 私は“炎雷の祝福トールブレス”を慎重にアトリエへ運び、作業台に置いた。


『どう? 魔力の流れは見えるかい?』

『ちょっと待って。緊張してるの』


 二十一年間、ずっと夢見てきた魔宝石の鑑定だ。

 心臓が痛いくらいに跳ねている。


『緊張なんていらないのに〜』


 クリスタが本の縁に腰掛けて、脚をぶらぶらさせる。


 父さんからは鑑定士になるための課題を与えられていた。


 “炎雷の祝福トールブレス”に内包している含有物をすべて答えろ、というものだ。


 これができれば一人前――。


 魔力の流れが見えない私に鑑定など不可能だったのに、課題を与えるなんて、父さんが何を考えているかわからなかった。


 まさかこうなることを予期していたのかな……?

 わからないことだらけだ。


「……よし」


 作業台の引き出しからジュエルルーペを取り出し、深呼吸をして、“炎雷の祝福トールブレス”を目の前に移動させる。


『いつもやってる瞑想みたいに集中して、瞳に魔力を集めるんだよ』

『わかった』


 身体の力を抜くと、全身にじわりと流れる何かを感じた。


『熱いものを感じるんだけど……これが魔力?』

『そうだよ〜』

『そっか……これが……』


 涙が出そうになるが、どうにかこらえる。

 瞳に魔力を集め、片目をつぶってジュエルルーペを覗き込んだ。


「……ああ……」


 今まで見てきた景色との違いに感嘆のため息が漏れる。


 星雲のように光粒が散り、渦を巻き、ゆっくりと移動している。


 ……これが魔力……。


 なんて綺麗なんだろう……。


 魔力の流れが見えなければ、鑑定士にはなれない。こんな違いがあるなら当然だ。

 以前は、光の反射しか見えなかった。


 それだけでも十分に美しかったけれど、魔力の渦は見ているだけで吸い込まれそうになる。

 生物の根源的なもの……魂などがもし存在するなら、そこに直接話しかけられているような気さえする。


『どう? 見える?』


 クリスタが楽しそうに聞いてくる。


 “炎雷の祝福トールブレス”から目を離さずに、深くうなずいた。


『さすがオードリー。もう夢中になってる』


 くすくすと笑い、クリスタが近くにきて“炎雷の祝福トールブレス”を覗き込んだ。


 魔力の流れを追っていく。

 深く、深く、見つめる。


 魔力は多層になっており、熟練の鑑定士はどこまでも深く潜ることができる――何度も本で読んだ内容だ。


 “炎雷の祝福トールブレス”を構成している主な石は、炎の神が落としたと言われる炎鉱石と、雷の神が気まぐれで作ったと言われる雷鉱石が長い年月と、膨大な魔力によって溶け合ったものだ。


 残りの一割は魔力を帯びた特殊な水晶クォーツで構成されているようだが、その解答だとハズレである。


 別の物質が眠っている。父さんはそう言っていた。


『魔力に身をゆだねるんだよ。そうすれば、もっと深くまで潜れるよ』


 クリスタが横から助言してくれる。


 私は私自身を“炎雷の祝福トールブレス”の中へ飛び込ませるイメージで、もっと深い場所を見ようとした。


 身体が宙に浮いて、真紅の魔宝石へと意識が沈んでいく。


 夜空を浮遊するような感覚になり、数秒か、それとも数十分か、時間の流れが曖昧になった頃に、深層へと到達した。


 “炎雷の祝福トールブレス”の深層では、二つの輝きが、炎と雷をつなぎ合わせるようにして、架け橋を作っていた。


 今まで何度も見て、鑑定の練習してきたその物質は、ひと目見ただけで何かわかった。


 一つは上品な紫色をしたアメジスト。

 もう一つは燃えるような赤色のガーネット。


 二つの鉱石が仲人のように炎と雷の間を取り持っているようにも見える。


 そっか……“炎雷の祝福トールブレス”はアメジストとガーネットが微量に混入したことによりできた、天文学的な数値の確率で生成される、奇跡の魔宝石だったのか……。


 世界に一つしかない理由もよくわかる。

 人工的に作るのは不可能だ。


「……ふう」


 息を吐いて、ジュエルルーペから目を離す。


 視界がアトリエへと戻ってきた。

 “炎雷の祝福トールブレス”とジュエルルーペを作業台に置いた。


『見えたかい?』


 クリスタが笑顔で聞いてきた。


『うん。父さんの課題の答えがわかったよ……アメジストとガーネットだった』

『最初から魔力を使いこなすなんて、オードリーは才能があるね』

『そんなことないよ。全部、クリスタと契約したおかげだよ。本当にありがとう』


 心から感謝してクリスタに頭を下げる。


『アメジストとガーネットかぁ……君のお父さんはよほど君を愛していたみたいだね』

『ん? どういうこと?』

『語源だよ』


 クリスタが“炎雷の祝福トールブレス”を指でつつきながら言う。


「……あ……」


 私の名前、オードリーの語源は、古い言葉で『高貴aethel』『thryth』をかけ合わせたものだ。


 一方で、アメジストは『高貴』、ガーネットは『生命力』を意味する。


「そっか……お父さんさんは……私の名前を……」


 ほとんど笑わない無口な父さんが微笑んでいる気がし、目頭が熱くなってくる。


 これは父さんのメッセージだ。

 大切な魔宝石から、私の名前を付けてくれたんだ。


 高貴であれ。力強くあれ。


 父さんがなぜ“炎雷の祝福トールブレス”の鑑定ができたら一人前と言っていたのか、ようやくわかった気がした。


 これは、鑑定士として、娘として、私がどう生きればいいかの言葉なんだね。


 多分、直接言うのが恥ずかしいから、わざわざ課題にしたんだろうな……。


 父さん……本当に不器用な人だね……。


『オードリー、泣いてるの?』

『……ううん……笑ってるの。うちの父さん、無口だったからさ』


 私はクリスタに笑ってみせた。


『え〜、泣いてるじゃん』


 笑っているのに瞳が燃えるように熱くて、涙が止まらない。

 ぼろぼろと涙がこぼれ、頬を伝う。


 母は私を産んですぐに亡くなってしまった。父さんはつらかっただろう。


 私には、ずっと元気でいてほしいと願ったに違いない。

 きっと、色々な意味がオードリーには込められている。


 この魔宝石のように、輝きのある人生を送ってほしいという願いも……。


「よし……生きよう……私は、生きなきゃ……!」


 涙を拭いて、顔を上げる。


 私は私らしく、生きてみたい。

 クリスタが滑るように飛んできて、微笑みながら聞いてきた。


『君の夢はなんだい?』

『私の夢は……鑑定士になること』

『したいことは?』

『自由に生きたい。一人で魔宝石を採掘して、鑑定して、生計を立てたい』


 心の隅でくすぶっていた願望が、口から滑り出てくる。


 そうだよ。

 私はもっと自分らしく生きたいんだ。

 あの小説の主人公のように。


『いいねいいね、それから?』

『世界中にあるすべての石を鑑定したい!』

『世界中ってすごいじゃないか!』


 クリスタがなんて素晴らしい目標なんだと、ぱちぱちと手を叩いてくれる。


『すごいでしょ? 私、石が好きなんだ』

『ぼくもオードリーが好きだよ』

『ありがとうクリスタ。本当にありがとう。私、あなたと契約できてよかった。あなたと出逢えてよかった』

『どういたしまして』


 クリスタがにこりと笑う。


 あきらめていた未来が、突然目の前に現れたような気分だ。

 父さんみたいな、立派な鑑定士に私もなるんだ。


『これから人生を楽しんでね〜。キラキラした目玉がほしいからさ!』

『……善処するよ。ふふっ』


 愛くるしい顔でまた怖いことを言われ、つい笑ってしまう。


 自分の名前に負けないように、父さんのような立派な鑑定士になれるように、これから未来への道を進んでいこう。


 この日を境に、私の物語が大きく動き始めた。


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