第5話 探検ツアー

 嫌な雰囲気を吹き飛ばしたのはバカでかい挨拶をかました熱血系担任教師だった。


 このタイプは絶滅したと思っていたが……正直苦手である。


 挨拶を皮切りにクラスメイト達は蜘蛛の子を散らす様に着席し、直ぐに入学式のプログラム説明が始まった。


 後は退屈な時間が過ぎるのを待つだけ。最後に何人真面目に聞いているかわからない校長の長話を聞き流し式は滞りなく終了。


 残るは今日の最大の難所であり、乗り越えなければならない壁……自己紹介タイムだ。


「では、皆さんに自己紹介をしてもらいたいと思います。青春を共にする仲間たちへ胸の内を曝け出しましょう!」


 別に今やらなくても良くない?もうちょっとみんなの事をよく知ってから、和やかな雰囲気の時にやるべきだと思うんだけど。


 それじゃあ意味がないのはもちろんわかっているが、知らない人達の前で話すのはボッチ上級者からすれば拷問に近い。


「まず私から、君達の青春に1年間付き合わせてもらいます山口 笑子(やまぐち えみこ)と言います。気兼ねなく悩みを打ち明けてくださいね!」


 悩みしか聞いてくれないのか……利用される機会は少ないだろうな。


 葵、澪、黄瀬のカースト上位組が難なく自己紹介を済ませる中、この日の為に何度も脳内リハーサルし内容を思い出す。


 名前と出身校、挨拶までが最低ラインだ。黄瀬は部活の話し、葵、澪は趣味の話しをしてたけど、俺にそんな話術はない。重要なのは笑顔だ。これに勝るものは何一つないはず。


「では次に、黒崎さん」


「く、黒崎仁……です。こ、こ、湖西小学校から来まひた。皆さん、よろしくお願いしまふ」


 少し噛んだが問題ない。むしろ完璧に違いだろう。


 最低ラインをクリアした筈なのに、周りの生徒がなぜか下を向き肩を震わせている。


「お願いしまふってなんだよ。日本語もまともに喋れないのか?」


 ヤジの主は石田だ。ニヤニヤと笑う顔が若干……いや、かなりムカつくが我慢しよう。ここで言い返せば折角上手く行った自己紹介が台無しになってしまう。


「何でそんないい子ちゃんのフリしてんだお前?心を入れ替えたのか?気持ち悪い。」


「石田君!黒崎君は少し緊張していただけです。人の失敗を笑っちゃ駄目ですよ!」


 先生、苦手なタイプとか言ってごめんね。後でボッチの悩みを聞いてもらおう。


 無視して席に座る俺が面白くなかったのか、山口先生からの注意が気に入らなかったのか、石田は舌打ちをしながら教室を出てった。


 連れられるように同じグループにいた男子生徒達も教室を後にした。


 しかし、山口先生は特に何も言わない。おそらく問題行動のある生徒については事前に報告を受け把握しているのだろう。無理に引き止める方が逆効果に繋がると考えたのかもしれない。


 俺も問題児に含まれているのかな?だとしたら凄い悲しい。


 複数の生徒が退室したことで、ざわつきが起こった教室内だったが山口先生は気にすることなく自己紹介を再開した。


 そして、ついに全員が気になっているだろう銀色長髪。凛さんの番が回ってきた。


「白河 凛(しらかわ りん)です。最近この街に来ました。よろしくお願いします」


「はい!白河さんは家の事情で最近引っ越してきたばかりです!初めましての人ばかりで戸惑う事もあると思いますが、何かあれば遠慮なく相談してくださいね!」


 昨日一緒に居たばあちゃんの名字が確か白河だったはず。なら引っ越して来たのはあの家で間違いない。めっちゃご近所さんじゃん。仲良くしよう。


「では、次に……」


 見た目とは裏腹にあっさりした自己紹介に「意外と普通なの?」とがっかりしているクラスメイト達だったが、「引っ越してきた」と言うワードに目を付け粗探しを始めたようだ。


「家の事情でって事は離婚とかかな?」


「前の学校でいじめられてたんじゃない?」


「あれはどう見ても引きこもりでしょ?すぐ、学校来なくなるよきっと」


 よく聞く話だが、人の印象は出会って3秒で決まると言われている。判定基準は9割が見た目。

 

 どんなに優れた人間も身だしなみが整っていなければ印象は悪くなる。


 今、白河の印象は世辞にも良いものではない。それに加え「家の事情で引っ越してきた」と言う情報がさらに印象を悪くしてしまっている。


 しかし、現状はファーストイメージを悪くしただけ。まだまだ巻き返せる可能性は十分にあるしマイナススタートの俺と比べれば今後の行動次第で帳消しにすることもできるはずだ。頑張れ白河、負けるな白河。


 めちゃくちゃ可愛いんだから隠さなくてもいいのに。恥ずかしがり屋さんなのか……まさか本物のアイドルだったりして。


 多少の問題はあったが、山口先生が要所を上手くコントロールしてくれたお陰で自己紹介は無事に終了。締めの青春語りさえなければ敏腕教師だと認識を改めたのだが……残念だ。


――――――――――――――――――――――


 下校する生徒や新しい友達と遊びに行く生徒が行き交う中、俺達5人は教室に残っていた。


「これからどうしよっか?皆予定あるの?」


 帰りたいです。疲れました。


「俺は特にないけど・・・剛は?」


「ハッハッハ!俺もない!しかし、柔道部の見学には行くつもりだ!」


 予定あるんじゃん。柔道部見に行くって自分で言ってんじゃん。


「私も予定ないかなぁ〜、仁は言わなくてもわかるから大丈夫だよ」


 俺に人権はないらしい。カースト上位は予定がなければ作るのか。大変ね。


「じゃあさ、校内探検しよっか。移動授業の予行練習的な感じで!」


「それいいね。来週案内してくれるって言ってたけど、ゆっくり見て回りたいしね」


 素敵な笑顔で意味のない行動を起こそうとする葵とそれを支持する澪達。


 素直に帰りたいと言えば止められることはないだろうが……無理だな。これが噂の同調圧かってやつか。


「タイトルは『増改築を繰り返す巨大中学校に潜入!隊員が見たものとは!?』的な感じで行こうか」


 心弾む名タイトルを「はいはい」と適当に流しながらも校内探検へは行くらしく、全員が鞄を持ち準備を始める。


 教室を出る前に俺はふと、白河が気になって彼女の席に視線を向けた。


 机の横に鞄が掛かっているが姿は見えない。


 今日の失敗で落ち込んでるだろうし、気を紛らわすためにも白河を誘いたかったけど……本人が居ないなら仕方ないか。決して誘うことにビビってるわけじゃないぞ。


「で、どこから行くんだ?探検とか言ってるけど、まさか当てもなく歩き回るわけじゃないだろうな」


「黄瀬君。私を誰だと思ってるのかな?ツアー内容は決まってるから安心したまえ」


 黄瀬の問い掛けに慎ましい胸を張って答える葵。探検ではなくツアー……台無しである。


「まず初めに校舎の説明から、校舎は全部で四。私達が1年生のクラスがあるのは北校舎で、2年生と3年生は南校舎にクラスがあります!」


 流石は生徒数1000人を超える中学校。小学校とはスケールが桁違いだな。


「そして音楽室や美術室がある西校舎、移動教室の時には西に進むって覚えとけば大丈夫。最後の東校舎は基本的に部室になってるから文化部に入らないと入り機会は少ないかもね」


「今日のツアーは西校舎ってことでいいのね?」


「そうだね。後、プールも見に行きたいの。実は水泳部に入ろうと思ってるんだけど……設備があんまり良くないらしくて」


 部活か。緑山は柔道、葵は水泳、黄瀬は多分サッカー。澪は……どうするんだろう。俺は帰宅部のエースを目指すけど。


 葵のプランに全員が賛同し、小さいツアーガイドの案内により西校舎へと向かう。


 歩いている途中も会話は絶えることはない。久しぶりに味合う「友達」との時間を新鮮で懐かしいと感じていた。


「ここが西校舎か。移動するだけで休憩時間終わるんじゃないか?広過ぎるだろ」


 体感時間で約5分程度。休憩時間が足りないという緑山の意見は少し大袈裟だが……確かに遠い。


「じゃ早速説明すると、一階に技術室と美術室。2階に理科室と家庭科室、三階は音楽室です!次プール行こう!」


 わざわざ足を運んで口で説明だと……。本物のツアーガイドならチェンジ案件だぞ。


「早くプールに行きたいのはよくわかったけど、折角来たんだからちょっと覗いて行きましょうよ」


 既に移動を開始している葵にストップをかける澪。一時停止した葵は何故か苦笑いで振り返ると小さな、本当に小さい声で弁解を始めた。


「部活時間だからね……。覗いたら怒られるかもしれないよ〜……」


 チェンジ、ポンコツガイドめ。


「と言うわけで、行こう!水平線の先を目指して!」


 今まで澪と一緒にいる葵を優秀な人間なんだと思っていたが勘違いだった。彼女は優秀なんじゃなくて、ほおっておけない人間だったらしい。


 人間観察が得意とか偉そうなこと言って全然見えてなかったんだな。やっぱり人を理解するには関わるしかないんだ。


 前を歩く4人の背中を見て思う。これから3年間、この何人の人達と関われるのか。その中で何人「友達」と呼べる人に出会えるのか。


 まだ、俺の悪いイメージを全て払拭出来たわけじゃないけれど……中学生活という意味では最高のスタートを切ることができたんじゃないだろうか。


「おい!お前ら何にしてるんだ!」


 緑山の怒気が籠った声が最高だったはずの1日に終わりを告げた。


 プールが邪魔をして校舎からは見ることができない死角。そんな薄暗い場所で腰辺りまであった美しい銀色の髪を半分ほど失い座り込んでいる少女とそれを取り囲むように立つ五つの影。


 何があったんだ?なんて聞く必要はない。握り拳に自然と力が入る。

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正義の味方の勘違い 亜季 @akI_1127

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