第3話 ヒーロー

「着いてしまった。」


 努力はした。


 男の享受を捨て「うんこ!」と叫び撒こうとしたが笑顔で「生理現象ね」と寛大に受け入れ、あまつさえコンビニのトイレまで案内されてしまう始末。


 絶対に最初から予想してやがったぞ。


「うわぁ〜。何その目つき?怖っ。いつもの顔に戻さないと、みんな逃げてくよ?いつもの顔も怖いけど。」


 赤澤を撒けなかった罪悪感に極度の緊張と寝不足。目つきぐらい悪くなるのは当然である。


 ちょっと待って?普段どんな顔してるの?


 俺の心情など関係ないとばかりに、校門付近は新入生の眩し過ぎる笑顔と笑い声が溢れていてた。


《星ヶ丘(ほしがおか)中学校》


 前にも話したがここは5つの小学校が集まるモンスター中学だ。


「みんな同じ中学ならよかったのに。」


「そっ……そだね。」


 俺達が通っていた小学校は、ここ星ヶ丘中学と隣の空咲(からさき)中学の真ん中に位置しており、悲しい?ことに半分は別の中学へ進学し全員がここに通うわけではない。


 割合で言えばこちらの方が少なく、新たなスタートを切りやすい環境だが、他の連中からすれば肩身が狭い。


「よ、よし。赤澤さん。ここら辺でお別れしよう。同じクラスにならない事を心から願うよ。」


「ちょっと大丈夫?てかなんで口調変わってんのよ。しっかりしなさい!」


 ふざけんなよ!お願いだから俺の優しさにも気付いて!?


「僕はいつも通りさ。早く行くんだ、決して振り返ってはいけないよ?早く行けよ!」


「情緒不安定すぎて怖い。」


 やめて、そんな目で見ないで。つか鈍すぎだろ。今の時代鈍感ガールとか流行らないぞ。


「もういいよ!ほら、早く行くぞ。」


 どうにでもなれと一歩踏み出した途端に鞄を捕まれ強制停止。


 なんだ?と振り返ると彼女は視線を下に向けながら突っ立っている。


 優しさに気付いてくれたのかと一瞬安堵したが違う。さっきまで1ミリも見せなかった真剣な表情に嫌な汗が背中から吹き出す。


「え?俺なんかやらかしたか?」


「約束して。絶対に喧嘩しない。ややこしい事に首を突っ込まない。周りの人も大切かも知れないけど、自分を1番大切にする事。空回りしたら駄目だかんね?わかった!?」


 やっぱり赤澤は良い奴だ。ボッチにならないように本気で心配してくれてる。


 もちろん自分でもよくわかっているけど周りの、いや、赤澤からの言葉だから余計に心に響く。


 裏切れないな、絶対に。


「わかった?わかったならさっさと行くよ!」


「おう!」


 後ろから追い抜いて行く赤澤の横顔は少し赤みがかっているように見えた。


―――――――――――――――――――――――


 1年生の校舎前にはクラス分けの紙が張り出されていた。


 流石モンスター中学生、1クラス40人の全6クラス編成、名前を探すだけで一苦労だ。


 2人並んで自分のクラスを確認していると周りからの視線が集まっているのを感じる。


「あいつには関わらないほうがいい。」


「赤澤なんであいつと一緒にいるんだ?」


「同じクラスだったら嫌だなぁ。」


 耳をすませば聞こえてくる周囲の声。


 わかっていたが、このままじゃ赤澤の評価まで急降下しかねない。反射的に距離を取ろうとした瞬間、腕を掴まれて離れられない。


「もういい赤澤、自分のことを考えろ。俺は1人で大丈夫だから。」


 何もない俺は失うものはない。しかし、赤澤には積み上げてきた関係がある。


 信頼や尊敬は長い年月を掛けて生まれるが、崩れ去るのは一瞬なんだぞ。


「見つけた・・・。同じクラスだよ!」


 こちらの事なんてお構いなしに、笑顔で腕を引っ張り歩き出す赤澤に筋違いにもイライラしてしまう。


 これ以上はダメだ。この鈍感ガールには言葉でないと伝わらない。


「来い。」


「ちょ、ちょっと!」


 引っ張られていた腕を掴み返し教室とは真逆の人の少ない場所に連れて行く。


「痛いから離して!」


 振り解かれた場所にはちらほらと人影がある。しかし、完全に怒っている彼女に場所を変えようと言っても頷いてはくれないだろう。


 本当は誰もいないところで話した方がいいんだが、背に腹はかえられない。


「悪かったよ。でも人が多いと話しづらかったんだ。」


「・・・」


 今日の赤澤は変だ。今更だけど女子カースト上位が鈍感なはずがない。わかっていて気付かないフリをしているだけだろ。


「周りの奴らの話お前も聞こえてただろ?俺と一緒にいれば赤澤に迷惑が掛かる。心配してくれてるのは嬉しいし、感謝してる。でも、ここからは俺一人で何とかする。」


「迷惑、掛ければいいじゃん!!」


 俺の話を聞いてさらに怒りを強める赤澤に対しこちらの口調も強くなってしまう。


「掛けられるわけないだろ!お前が積み上げたものを俺なんかが壊すわけにはいかないんだよ!」


「自分を犠牲にする。……そんな正義、間違ってるよ。」


 聞き間違いを疑う言葉に頭に登っていた血が一気に引いていく。


「な、何が正義だ。そんな恥ずかしいセリフよく言えるな。」


 動揺するな。赤澤に「正義の味方」は話したことはない。ただの偶然だ。


「暴力の正義も間違ってるけど、今の正義も絶対に間違ってる!」


「お前、なんで……。」


 そうか、あいつか。


「黄瀬から聞いたのか。」


「そうだよ!黄瀬君呆れてたよ。あいつはバカだって、暴力が正義だって言い張って、しなくてもいい喧嘩ばったりして!挙げ句の果に皆から距離置かれて、黒崎の事なんて大っ嫌いて言ってた!」


 言われなくてもわかっていたはずなのに、面と向かって言われると心が抉られるように痛み、つい赤澤から目を逸してしまう。


 言い返す事も、逸した視線を戻す事も、逃げ出す事も出来ず、ただ下を向き立ち尽くし時間だけが流れていく。


「でも・・・そんな正義に助けてもらった人達も沢山いるんだよ?」


 長い沈黙を破ったのは予想外の言葉だった。


 ゆっくりと顔をあげると今にも泣き出しそうな赤澤がいる。


 さっきまであんなに怒っていた筈なのに、目に涙を溜め込んで声まで震えているのに無理矢理に笑顔を作ろうとしている。


「みんなのヒーローにはなれなかった。でも黒崎に助けられた人達にとってはちゃんとヒーローだったんだよ。」


 考えなかったと言えば嘘になる。でも、勘違いだと言い聞かせてきた。


 それは甘えになるから、自分の過ちを正当化してしまう事になるから、俺の選択は間違っていたんだと言い聞かせる為にも認める訳にはいかない。だけど・・・。


「もう、黒崎を1人にはしない。次は私がヒーローになる番だよ。…トイレ行ってくる。先に教室行っといて。待ってなくていいからね!」


 走り去っていく後ろ姿をただ見送るだけしかできない。


『赤澤は十分に俺のヒーローだ。』


 伝えたい言葉は言えそうにない。今声を出せば余計なものまで流れ出しそうだ。

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