第2話 桜より目立つなよ

 早朝に行う筋トレは清々しい!上腕二頭筋と上腕三頭筋が仲良く痙攣してやがるぜ。


 今日から始まる中学校生活に対する、不安や緊張や、期待。それに、昨日出会った凛と名乗った少女。様々な要因が重なり寝付けず、眠くなってきた時には外がほんのりと明るくなってきていた。


 このまま寝れば間違いなく起きれない。入学式当日に遅刻は不味いと筋トレを開始した訳だ。なにより体を動かしていれば余計な事も考えずに済むし時間が立つのも早い。


 誰が言ったのかは知らないが早起きは三文の徳は嘘ではないのかも知れない。


 そんな事を考えている間に予定の起床時間となり、軽くシャワーを浴びてから朝食タイム。


「これが欲しいんだろ?そう!プロテイン!」


 忘れ去られた芸人の一発芸に満足し、「パッションフルーツ味」を一気に飲み干し、時間を確認する。


 まだ少し早い時間だったが「入学式ぐらいは余裕を持って登校するのも悪くないか」とソファーにもたれながら支度を始めた時、突如インターホンの音が鳴り響いた。


「こんな時間に?」


 一瞬父ちゃんの事が頭を過ぎったがまだ帰ってくる時間じゃない。疑問に思いながらも立ち上がりモニターを確認すると、写っていたのは見知った顔。


「はい。黒崎ですが、なにか?」


「え?何でそんな他人行儀なの?」


「・・・。」


「・・・。」


「用がないならお帰りください。」


「ちょっと!用事があるから来てるんじゃない!早く開けなさいよ!バカ!」


 あ〜やだやだ。最近の子供はキレやすいって聞くけどアレは本当だな。


 ため息をつきながら玄関に向かいドアをあけると少女が眉間に皺を寄せていた。


「さっさと出てきなさいよね。」


「なにしに来たんだよ。てか何時だと思ってんだ、世間の常識を教えてやろうか?」


 短いスカートに少し着崩した制服、長い赤みがかった髪はサイドでまとめられ、顔にはナチュラルメイク。


 赤澤 澪(あざわ みお)。同級生にして唯一まともに会話できる存在だ。


「あんたに常識を解かれるぐらいなら死ぬわよ。って違う!学校、誰かと一緒に行くの?行かないでしょ?しょうがないから私が行ったげる!感謝しなさいボッチ。」


 前半のセリフだけ真顔になるのやめてくんない?ツンデレキャラが真面目になるなよ。……いや、問題はそこじゃない!


「・・・いっ、嫌だ!」


「なんでなのよ!」


 断られると想定していなかったのだろう。涙目になりながら迫ってくる赤澤を不本意にちょとだけ可愛いと思ってしまった。


「ギャルと登校したら不良だと思われるだろうが!ハードル上げに来んじゃねよ!」


「ギャ・・・誰がギャルだ!バカ!」


 玄関先で一進一退の攻防を繰り広げた挙げたが、赤沢に押し切られる形で終幕を迎えるのであった。


―――――――――――――――――――――――


「桜、綺麗に咲いてるじゃん!」


 新入生達を歓迎しているように通学路には満開の桜が咲き誇っており、天気にも恵まれ最高の入学式日和だ。


「ねぇ!写真取ろーよ!」


「わかった。はい、そこに立って。じゃ取りますよー。」


 満開の桜にも負けていない赤澤の制服姿に、大きくなったなぁとしみじみ思う。


「一緒に取るに決まってんでしょ?空気読めないの友達無くすよ?」


「冗談じゃねーか!あと、友達はいないよ?」


「えっ。知ってるよ?」


 気軽に冗談を言い合える彼女を、本心では友達だと思っている。でも絶対に言葉にはしない。


 女子カーストで上位に君臨している赤澤に対して「友達!」なんて言えば周囲からの評判を落としかねない。


 俺が言うのもなんだが、同級生の中でもトップクラスにかわいいしと思うし、スタイルも抜群。ギャルっぽく見えるが実際は真面目で面倒見もいいし、男女で差別する事もしない。


 クラスのリーダー!とまではいかないが、それに近い存在である事は間違いない。


 彼女と俺は本来対極の存在だった。しかし4年生の時、帰り道で絡まれている赤澤を助けたことで交友関係が生まれてしまった。


 たまたま絡んでいた奴らが前日フルボッコを決めた相手で、たまたま俺と目が合って全力で逃げていっただけなのだが…彼女の解釈では俺が助けたことになっているらしい。


 それから何かある度にちょこちょこ話しかけてくれてたり、実は同じ町内に住んでいたこともあり今ではコント混じりな会話までできる程の仲になっている。


 思えば、学校でボッチだった俺の事を彼女なりに心配してくれていたのかもしれない。


 赤澤は良い奴だ。話していると面白いし、温かい気持ちになる。一緒に登校しようと言い出したのもきっと彼女なりに心配してくれてのことだ。


 だから、学校の近くまでは行くけど絶対に巻いてやる。赤澤の優しさに甘えてはダメなんだ。


「なぁ。俺なんかほっといて別のやつと一緒に行ったほうが良かったんじゃないか?」


「他の人って、結衣のこと?」


 葵結衣。赤澤の親友ポジションに鎮座する犬。犬って言うのは悪口じゃない、小型犬みたいで可愛らしいという意味である。ここ間違えたら狂犬になるぞ。


「そうそう。黄瀬ともいつも一緒に居るし。」


「なに?ヤキモチ焼いてんの?」


 俺なりに気を使ったつもりだったが、赤澤にしてみれば面白かったらしく、笑いながら茶化されてしまった。


「黄瀬君とはそんなんじゃないし。ただの友達。」


「黄瀬が聞いたらしばらく学校休むんじゃないか?」


 黄瀬匠、誰が見ても赤澤ゾッコンのイケメンであり俺の元親友だ。


「意外だね。そう言うのには鈍いと思ってた。」


「俺ぐらいのレベルになると人間観察が趣味になるんだよ。」


 下手をすればストーカー認定が降りるレベルだと思う。


「なにそれ。ボッチ極めすぎ。」


「ほっとけ。」


 幼稚園の頃は親友だったが今は犬猿の仲。

 

 俺が偽善の正義道まっしぐらの頃、必死で間違いを正そうとしてくれていたのだが、聞く耳を持たず、呆れられ見捨てられた。


 結果、現在俺を1番拒絶している人物と言ってもいい。


 その黄瀬が想いを寄せているのが赤澤で、おそらく彼女もそれに気づいている。


 イケメンでスポーツ万能、頭が良くて優しく親切なチート野郎。俺から見ればお似合いの2人なのだが……。


「あんたはそんな事心配しなくていいの!大人しく自分の事だけ心配しときなさいよね!」


「自分の事だけか・・・。そうだな、俺が口出しする事じゃないな。悪かった。だけどな・・・」


 君はわかっていないのだよ。


 黄瀬に嫌われる=男子から嫌われる。黄瀬は男子カースト1位だぞ?多分。


「はい!この話はおしまい!」


 少しの間話を戻そうとしたが、これ以上は言わない方がいいだろうと諦めた。ちょっと怒ってるし、機嫌が悪くなっても困る。


 それから俺達はくだらない世間話とコントを繰り返しながら、ゆっくりと桜の下を歩いて行った。


 あれ?そろそろ巻かないとやばいんじゃないか?

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