第10話 逃亡の決意
(この人、本当に源竜さまなの?)
レインの願いも、少し探れば借金で困っていることも把握できたはず。というよりも、マレクが先ほどべらべら喋っていた気がする。
それを耳にすれば、レインの事情は大方の予想はつく。風の力も、レインに見えないように精霊石を使ったのかもしれない。
もしもこの青年がただの人間だとしたら、なにゆえに精霊王の振りをしているのか。
再び怒号が飛んでくる。
ああして大勢に探されているということは、黙って匿っていてはまずいことになってしまう人なのでは。
声をかけて連れて行ってもらおうかと思ったが、彼らの顔は緊張ではりつめている。
もし、青年に害意のある者たちならば、意識のない彼を渡したらどうなってしまうのだろう。
レインは深呼吸して、両側から頬を叩く。
迷っている暇はない。
周りを見渡すと、ちょうど馬が一匹所在なげにうろうろしていた。その手綱を握って引っ張るとあっさりついてきた。青年を馬に乗せて再び手綱を握る。
よく分からないなら、ちゃんと自分で青年の正体を確かめてから決めたい。
『どうすれば、お前の心の悲鳴は止まる』
(聞いてくれる人がいるなんて、思わなかった)
青年が精霊王でも人間だとしても。匿うことで罪にとわれることがあるのだとしても、レインには見捨てる気が全くなかったのである。
アプソロンの家にはかつて使用人が使っていた古い家がある。
使用人が引っ越してからはずっと空き家で、放置されて久しい家だ。
一向に目を覚ます気配のない青年を馬から下ろし、とりあえず地面に横たえる。
レインは木の壁をさっと撫でて、ドアの木枠のひび割れに隠していた鍵を掌に握りこむ。小さな黒い鍵穴に入れてガチャリと回した。
レインは度々ここを避難場所として使っていた。
誰にも見つけられない隠れんぼのようで。使われなくなった木のテーブルに肘をつき、窓から夕陽を眺めていては、ここで一人で暮らす空想をしていた。
そういうわけで、誰を招き入れても困らないくらいには手入れが行き届いている。
二部屋あるうちの一つはかつて居間として使われていたらしい。暖炉近くの、かつてソファであった木の台の上に引っ張り上げて横たえた。
古くなったクッションは処分していたが、それでも青年の寝顔は安らかで寝心地は良さそうだ。白い長衣の動きから伝わる呼吸のリズムは穏やか。
それでもずっとそこだと背中が痛むだろう。
「のんびりしていられないわ」
レインが家を出たことはすぐにアルシェビエタの知るところになる。
自分に執着している妹は何としても探しだそうとするに違いない。
しかしここなら近場すぎて盲点になるとレインは踏んでいた。
「とにかく、源竜さまの怪我を治さないと」
レインは手首に巻いていた金の鎖を外す。真紅の炎踊石の耳飾りも。父がくれた唯一の贈り物と、学業優秀者への褒賞品。どちらも売ればそれなりのお金が手に入る。名残惜しいと思うどころか、外すとむしろすっきり清々しい。
青年の髪を指ですくうと絡まることなくすぐに落ちた。線は細いけれども逞しい首筋にはらはらと落ちる。
自分だけの秘密基地に、新しい誰かがいる。
朝陽が差し込んできて目を眇める。海沿いの市場は船の出航に合わせているので朝が早いはず。馬を借りて走らせよう。
「すぐに帰ってきますね」
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