第7話 知らない結婚話

「気持ち悪い、か」

 あの二人は、思っていたよりもずっと仲の良さそうな雰囲気だった。 

 エルマハルトの心変わりの、何よりの証拠だ。

(嫌いになりに、来たのに、これじゃ)


「本当に、あの二人のそばで、これからも働くの?」

 不意にこぼれ落ちた言葉に慌てて口を押さえる。するりと目の端から溢れて落ちてきた。

(だめ、だめだわ)

 グイッと手の甲で拭いて立ち上がる。


 ここから逃げても自分がひとりで生きていけるとは思えない。

 父と義母からは『レインは学業だけ優秀で能がない娘』という評価だったが、自分でもその通りだと思う。かろうじてできるメイドの職はこの村では滅多にはない。

 何よりも、自分に執着している妹が逃してくれるとは思えなかった。


 喉を潤して早く寝てしまおう、とシンクの横の籠を探るが手応えがない。いつもは山盛りになっている水輝石が空になっている。


 明日の準備をするのは夜の調理係の役目なのだが、忙しさで忘れてしまったのだろう。


「来て良かったわ」

 炊事係の朝は早い。倉庫に行って補給しておこう。

 裏庭への扉を開けると、むっとした草の匂いがした。後ろ手で閉めて石段を降りる。


 灯りで照らすと、ハーブ園の草が石の隙間から伸びていた。表側の完璧な庭園と違って、裏庭は少し荒れている。

 静けさを引き立てるような虫の声。蔦のはう壁沿いには捨てられた源竜の銅像たち。

 不思議とひとりきりという気がしない。


(月が満ちているから、灯りはいらなかったかも)


 倉庫で籠をいっぱいにし、建て付けの悪いドアを背中で閉める。両手で抱えた籠にいっぱい入った透明な精霊石たちがぶつかりあって硬質な音をたてた。


 精製された宝飾品としての精霊石は透明度が高くて美しいけれど、切り出したままの生活用の精霊石の光は優しくて好きだ。

 ぎゅっと抱き締めると独り占めしている気分になる。


 石を使わなければ姿は見えないけれども精霊たちはどこにでも潜んでいる。

 木々をくぐり抜けて遊んでいたり、ウロの中で眠っていたり、草の間で追いかけっこをしていたり。


 精霊の気配に生来敏感なレインは精霊石を見ていると気が和らぐ。今夜こそ眠れるかもしれない。早く寝床に潜ろう。


「おい、あんた」


 不意に肩を叩かれて、振り返って息を飲む。

 最初は不審者かと思ったが違った。確か、庭師のマレクという男だ。


「レインだろ? メイドの」

「あ、はい」


 マレクは大柄で、常に陰気な目つきで人の輪から外れがちの男だ。仕事中に隠れて飲酒をし、怒ると見境なく暴れるので近づかない方がいいとエラに忠告されていた。レインと言葉を交わすのはこれが初めてのはず。


 だから継がれた言葉は驚きの一言につきた。


「あんた、俺と結婚することになったんだって?」

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