第32話救済
漫画を描き始めて1年、正直自分には才能がないと思う。
アイツにはあの場で「自己満」と言った。確かに自己満足だが、承認欲求というものは創作活動をしていれば必ず視界に入る邪魔な存在だ。
一か月前、いきなりこんなコメントが来た。
『面白いです!応援してます!』
たった2文。でも今の俺にはこの2文が輝いて見えた。
『ありがとうございます!』
どう返すべきかわからなかったので、とりあえず感謝の一文を書いた。
コーヒーを一口飲んでタッチペンを握る。
あの時俺にコメントした人は今も最新話を出す度に感想をくれる。たった2文、3文が俺を満たしてくれた。
学校は楽しくない。作り笑顔は疲れるし、勉強も嫌いになった。
周りは俺のことを陽キャだと認識しているのだろうが、実際は陰キャだ。
――自意識過剰だろうか。
カラオケで会った日、克己が思う俺とはかけ離れていた。それが正直ショックだった。「自分が変わっている」ことに気づきたくなかった。気づいてしまうと、みんないなくなる。実際昔の友達とはほとんど縁が切れた。
でもアイツは違った。そばにいてくれた。
俺と違ってアイツは…輝いている。才能もある。
向上心を具現化したような存在だ。
――そんなアイツに俺はどこか憧れを抱いていた。
「投稿完了」の文字を見て椅子から立ち上がる。長時間固定されていた下半身は俺を非難するように痛みを発した。
洗い物はシンクの暗闇に放置されている。親は夜勤で早朝までいない。
カップ麺に熱湯を入れて三分後、やかましくタイマーが鳴きだした。
すぐに止めてテレビを付けた。
ゴールデンタイムの今、番組表に表記されているのはバラエティ番組ばかり。適当に選んでチャンネルを切り替えた。
…………面白くない。
昔のテレビ番組は面白かったと父さんはよく言う。
今はコンプライアンスとかが厳しいし、仕方ないのだろうか。
テレビを切って、漫画のネタを考えながら麺をすすった。
「さっむ……」
風呂上がりの洗面台は冷たい空気で満たされていて、火照った体を瞬時に冷やした。
ささっと身体を拭いてパジャマを着る。
髪を乾かしてすぐにベッドに飛び込み、スマホの電源を付けた。
『作品にコメントが来ています』
通知が来ていた。いつもよりやけに早い。
「?」
ユーザー名がいつもと違った。
加藤
短いユーザー名。
新たな読者かと思ったが、コメントの内容は目を疑うものだった。
『初めまして。克己君のリア友です。漫画、拝見させていただきました。面白いです。
あなたのことは以前克己君から聞きました。「あいつの漫画マジで面白い」克己君はよく言ってます』
「……は?」
『話を変えます。お願いがあります。克己君を助けてあげてほしいです。
克己君は今喉を壊していて文化祭に行けないのではないかと心配し、半ば不登校状態です。恐らく僕が何を言っても聞き入れてくれないと思います。そこで旧友のあなたに連絡をしました。
これ、僕のラインのQRコードです。このコメントはすぐに消すのでご安心を。』
文を目でなぞりながら急いでQRコードを読み込んだ。
『情報量が多すぎる……』
今思った言葉をそのまま打った。
『申し訳ないです。コメントは消しておきました。』
『いつもコメントしてくれてる人って克己なの?』
『だと思います。克己君なら毎話コメントしてそうですし』
『んで?とりあえず俺はあいつに電話かけた方がいい感じか』
『ですね。お願いします。あ、ライン残しておいてくださいよ?』
ラインを閉じて克己に電話をかけた。
いろいろ言いたいことはあるが……今は言うべきじゃない。
「よっ。久しぶり」
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