第30話そして少年は暗雲に包まれる

 翌朝喉の違和感は痛みに変化し、学校を休んで病院で診察を受けることにした。

「佐藤」この2文字は今1番聞きたくない。名前を呼ばれるのが怖い。


 佐藤さんは――


 心拍数が跳ね上がる。ニュースキャスターの一言にビビるなんて初めての経験だ。この先ないことだろう。


 手汗で濡れた手でボカロのミックスリストを再生した。



 ―――藤様

 ――佐藤―

 数分後、その言葉は耳の中で響く音色をかいくぐり鼓膜へと向かう。


 佐藤様〜?いらっしゃいますでしょうか?


「………はい」


 看護師が扉を開けた先に待っていたのは、中年の医師だった。

「本日はどういった症状で?」

 落ち着いた口調で淡々と医師が言う。

「……喉の痛みです。昨日の午後から違和感があったんですけど、今日の朝いきなり痛みが激しくなりました」

「なるほど。なにか喉を酷使する場面がありましたか?」

「……はい。歌を歌う部活に入っているので」

 喉を使う度に鋭い痛みが走る。

「とりあえず喉の痛み止め、咳止めを処方しておきます」

「ありがとうございます……」

「ではお大事に―――」


「……あの!」

 聞くしかない。

「はい?」

 どうなんだ。

「完治するのは……いつですか…?」


「およそ3週間後ほどかと」

 3週間。

 3週間。

 3週間。

 脳内で何度反芻しても、反芻しても、


 文化祭が2週間後だということを、信じたくはなかった。



「ではこちら咳止めと、痛み止めになります。お大事になさいませ」



 深い深いため息をつく。


 文化祭

 迷惑

 みんな

 僕のせいで

 ごめんなさい

 ごめんなさい

 ごめんなさい


「ごめんなさい………」

 奥歯をギリギリ言わせながら、誰にも届かないかすれた声を虚無に放つ。

 悲しみ、悔しさ、苛立ち、色々な感情が詰め込まれた涙は僕の手をぐしょ濡れにした。

 ここから家に帰るまでの記憶はなかった。


 誰もいない家ですすり泣いてる自分に嫌気がさして泣き止んだ。枕はぐっしょり濡れている。


 お粥を作りながら一花さんの曲のサンプルを流そうと思ったが自分の首を絞める事になるのでやめた。

「いただきま――」

 痛みで最後まで言えなかったが、動物へ感謝は伝えられたと思う。


「まっず……」

 自分で作ったおかゆは味が薄くて不味かった。さながら病院食のようだ。

 薬は苦手な粉薬だった。スポーツドリンクで無理やり流し込んだので嗚咽に苦しんでまた涙を流すことになった。

 特に意味もなくベッドに倒れ込み、現在時刻を確認した。

 1時18分。確認したらスマホから乱暴に手を離した。ベットから落ちて鈍い音を立てた。

 スマホを拾い、「ツギハギスタッカート」を再生した。


 目を瞑る。みんなの笑顔が浮かんできて必死に振り払おうとした。

 嫌だ。見たくない。あっち行け。嫌だ―――


 曲がサビに入った。何度も聞いた歌詞が聞こえてくる。

『君よいっそいっそいなくなれ』





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