第29話友情の裏、迫る暗雲

 あれから2日、歌詞が出来上がりおおまかなリズムも決まってきた。だが、1つ困ったことが起きた。校歌の演奏が無しになったのだ。教員全員で話し合ったが、やはり難しく、1曲分の時間を確保しなければならなくなった。そこで一花さんの曲に歌詞を付け足して尺を伸ばすことになった。一花さんは「みんなと一緒なら大丈夫」と快く承諾してくれた。



 下校したらすぐに一花さんの家に向かう。日が沈みかけてくると涼しい風が弱く吹き抜け夏の終わりを感じさせる。


 セミの合唱は閉幕し、昼間も耳をつんざく鳴き声が聞こえてくることはなくなった。それが少し寂しい気もする。


 表札が見えてくると、自然とテンションが上がる。みんなと作曲している時間はすっごく温かくて、幸せだ。

 ピンポーン。

 インターホンが無機質な音を立てて数秒後、ピッという電子音の後、一花さんの声が聞こえてきた。

「開いてるよー!」

 ドアノブを回してドアを開ける。キィと音を立てて玄関が見えると冷たい空気が額の汗を冷やした。


「お邪魔します!」

「は〜い!」

 ドタドタと一花さんが階段を降りてくるのが見える。

「暑かったでしょ〜!クーラーガンガンにしといたから!」

 こちらにサムズアップする一花さんにお礼を言い2階に向かう。階段はキシ、ミシと音を立てて僕らの足音に呼応する。

 部屋に入ると既に全ての機器がセッティングされており、準備万端というところだった。


「さっそく始めよっか!」

 顔をこちらに向けて一花さんが言う。

「うん!」

 歌詞を考えては視唱し、音程を変えては視唱し――

 何度も繰り返しているうちに先輩たちがやってきた。

「克己くんがんばってるね~!」

 朱音先輩が言う。

「最高の文化祭にしたいので!」

「そっか!がんばろうね!」



「ここの表現は――いや、これだと抽象的すぎるなぁ……」

 どんな言葉がぴったりだろう……唸っていると数音先輩が私に声をかけた。

「一花ちゃん調子どう?」

「ここの表現で迷ってて…」

 先輩は私が書いた歌詞を一瞥し、顎に手を当てて唸る。

「登場人物を自分に当てはめてみる…とか?」

 作曲したことないから正解か分からないけど…と続ける先輩。

「なるほど…!ありがとうございます!」



 手からピックが滑り落ちた。ハンカチで手汗を拭いてピックを拾い上げる。

 ヘッドホンから響くギターの音色は何度も途切れる。目は追いついているのに手が追いつかない。

 弾けない……


 ――弱音は吐くなよ


 中学生の頃父さんから言われた言葉がふと蘇った。

「馬鹿野郎…」

 それは自分への激励だった。



 ドラムスティックが空を切り風切りの音がする。

「また間違えた…」

 髪をわしゃわしゃと掻き立てドラムスティックを握り直す。

 ……間違えたなんて言うんじゃない。ひたすら、ひたすら振れ。思う存分。我慢なんかしなくていい。

 ドラムスティックがふっと軽くなった気がした。



「友情」をストレートに伝える歌詞に一花さんの曲の特徴であるダークな雰囲気も上手く織り込み、歌唱部のみんなを最大限活かせる最高の音楽が出来上がってきている。


 20回以上視唱しただろうか。自分の喉に少し異変が起きた。

「克己くん大丈夫?」

 喉を抑えて咳払いをしていた僕に和人先輩が言う。

「なんか声が出にくいんですよね…」

「帰って喉休めた方がいいんじゃない?」

「そうします……」

「わかった。皆には俺から言っとく」


 和人先輩に頭を下げ、僕は一花さんの家から出た。

 空気は凍てついていた。



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