第21話滝崎一花はボカロP

「ただ〜」

「おか〜」

 声の主は姉の蒼花そうか。大学2年生。午前の授業に参加しているので私が帰宅する頃には大抵エアコンの下でスマホをイジっている。

冷房が効いた部屋は涼しくて、すぐに汗が渇いていった。

「やっと歌唱部入れたぁ……」

 興奮を押し出すように口に出すと、スマホを睨んでいた姉ちゃんの目が即座にこちらを向く。

「マジ!?文化祭とか絶対行くわ!頑張れよ!」

「任せんさい!」

 ガッツポーズをして姉ちゃんに笑顔を向ける。

 姉ちゃんは歌唱部のことを知っていて、私のこの報告を待っていたのだ。


「んじゃ作業するから私の部屋入んないでね〜」

「ほーい」

 姉ちゃんは私がボカロを作っていることを知っている。新曲を投稿する度に、必死に私の曲のこと語りだすほどのファン。1番身近にいる1番熱狂的なファンということだ。

 階段を上がってドアを開ける。ムワっと熱気が部屋から出ていくのが分かった。

 必要最低限のものが詰まった殺風景な部屋の床にバッグを放って、窓を開けて雑に作業デスクに腰をかける。椅子がギシギシと音を立てて少し横に揺れた。


 パソコンを起動してソフトを開く。製作途中の作品にカーソルを合わせてクリックすると、作業画面が表示された。

 今の所は3分の1程度完成しており、もう少しメロディと声を当てれば完成というところだ。

 試聴ボタンをクリックすると、音程の低い音楽が流れ始める。私が作るボカロは大抵暗い曲だ。明るい曲はあまり作らない。明るい曲が嫌いなわけじゃないけど。


「ここのリズムを――よし」

 じんわりとと額に汗をかいているのが分かったが、拭うこともなく集中して細かい微調整をしていく。マウスカーソルを走らせ、見る見るうちに曲が出来上がっていく。

 もう1回試聴をする。へッドホンから低いベースの音や機械的な女性のボーカロイドの声、沢山の音が入り交じって聞こえてくる。その音は先程の何かが足りない音色とは違い、う~ん…例えるなら――足りなかったパーツを付けることのできた完璧なプラモデルと言ったとこだろうか。隙間の埋まった綺麗な曲が完成した。

「よし!完成!」

 最終確認をし、動画サイトにアップした。

 グイっと伸びをして、パチパチと何度か瞬きをする。長時間画面を見ているとどうしても目が疲れる…



「「ただいま〜」」

 1階から声が聞こえてきた。階段を降りるとお父さんとお母さんが首にタオルをかけて玄関に立っていた。

「お疲れ様〜。今日暑かったでしょ?これお茶」

 開口一番、2人に労いの言葉をかける。2人は工業地帯で働いていて、いつも疲れを溜めて帰ってくる。冷たい麦茶が入ったコップを二人に手渡す。

「ありがと~!すぐ夜ご飯作るからね!」

 靴を脱ぎ、お母さんたちは青い重そうな作業着を脱ぐ。

 お母さんはキッチンに向かい、お父さんは仕事のために自室へ向かった。



「出来たぞ〜」

 お父さんの爽やかな声がリビングから聞こえてきた。

 動画をスクロールしていた手を止め、スマホを置いてリビングへ行った。

 食卓にはなんら変わりない美味しそうな料理が並べられていた。

「いただきます」

 部活のこととか、今日あったこととかを話す、いつもの明るい食卓だ。



「ごちそうさま~」

 次は入浴。着替えを用意し風呂場に向かった。

 あくびをしながら浴槽に浸かる。


 改めて考えてみると、作詞作曲……大役だ。私の曲は最低一曲使われるだろう。その一曲でイベントを盛り上げないといけない……歌唱部☆らいぶだけの曲――まったく観客が知らないオリジナル曲で、盛り上げれるかな………

 ――ううん、ダメダメ。盛り上がるかじゃない。

 不安を振り払うように首を横にブンブンと振り、立ち上がって体と頭を洗った。



「宿題宿題……」

 風呂から上がり、少し体が火照っている。

 パタパタと手で顔を仰ぎながらノートとドリルを取り出す。

 作曲して勉強して…毎日スケジュールがカツカツだが、この生活が私は好きだ。

 ペンを握り、ノートにペン先を当てた。



「よしっ!終わり!」

 消しカスをはらいノートをバッグに入れる。

 ベッドに飛び込み、少し白い天井と見つめ合った後、スマホの電源を入れた。時刻とアラームを確認して、部屋の電気を消した。


「明日部活楽しみ……眠い…」

 暗い部屋の中で、私は一日の終わりに大あくびをした。





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