第19話お見舞い
「36.5…よし、熱は下がったな」
翌日の昼過ぎ、熱を測ると平熱まで落ち着いていた。喉の痛みも少し引いてきている。
体を起こし、喉飴を舐めながらスマホをイジる。スーッと喉が楽になった。
こういう時はスマホをイジるしかやることがない。歌の練習なんてできないし。洋楽とかボカロを聴くのが一番。
優しく目を瞑って曲を聴いていると、ガチャリとドアが開いた。
「買い物行ってくるけどなんかいるか?」
ドアを開けたのは父さんだった。大きめのベージュのTシャツとジーパンを着ている。
「緑茶とアイスかな」
「うい」
お父さんが部屋を出て数秒後、玄関のドアが閉まる音がした。
スポドリを一口飲んで鼻をすする。何も考えず天井を見つめ、パッと体を起こし窓を開ける。
少し熱気の籠っていた部屋から生温い空気が抜け、気持ちいい風がセミの鳴き声と一緒に部屋へやってきた。
たまには聞いた事のない曲を聴いて見るのもいいだろう。「ボカロ」と検索をかけると聞いた事のある曲が無数に上がってくる。ディスプレイに置いた指を勢いよく上にスワイプする。読み込みのために時々ブレーキをかけながら動画のサムネイル達が上へと昇っていく。
「お!」
聴いたことのない曲。
サムネイルは、頬にキスマークがある男性が、鏡の前で俯いている。曲名は「疲労困憊」。
見たことの無い暗いサムネイルに心を奪われ、スっとサムネイルに指を置いた。
曲の内容は暗い恋愛ソングだった。明るいような暗いような不思議な声のボーカロイドが歌っている。ゆったりとした曲調は曲の暗さを引き立てていた。
「凄い……」
曲が終わると、思わず感嘆の声が漏れた。
「神曲」この2文字がピッタリな曲。僕は「歌唱部」とタイトルを付けたミックスリストに保存した。このミックスリストに保存した曲は、先輩たちと演奏したり、自分で歌ったりする。14曲ある中にこの曲が追加され、15曲になった。
セミの鳴き声が嫌になってきたので窓を閉めてまた白い天井を見つける。
「克己~?お客さんだぞ~」
ガチャリとドアを開けてお父さんが部屋に入ってきた。手にはコンビニの袋をぶら下げている。透けて「緑茶」と書かれたラベルが見える。
「お客さんじゃないでしょ父さんは」
やれやれと口に出すとお父さんがきょとんとした。
「?いや、マジだぞ?」
「…マジなの?」
「マジマジ」
なんで?今僕絶賛体調不良なんだけど!?お見舞い!?
「じゃ」
そう言ってお父さんはコンビニの袋を置いて部屋を出て行った。
……ん?
明らかにお父さんではない足音が聞こえる。それにお父さんの声で「こんにちは!」と聞こえてきた。その後「こんにちは~!」とも聞こえてきた。
何度も聞いた聞きなじみのある声。なのに昔とは違う陽キャMAXの言い方。
……絶っっっ対アイツだ……
確信した瞬間溜息をつきながら顔を手の平で覆う。
「克己~!!来たぞ~!」
ウェーブパーマのさわやか男子……冬弥だ…
「だろうな!!ゲッホゲホ!」
風邪だというのにガバッと身体を起こして大声を出してしまった。
冬弥は流石にマスクはしていたが、なんかそのうち外しそうだなこいつ。
「あ~アッチィ…マスク取ろ~」
ハァァァァ!?!?!?
「ばっかお前、伝染るぞ!?」
「いいよいいよ、学校休めるし」
「やっぱ冬弥じゃないなお前、影武者か?」
緑茶のキャップを開けながら言う。
「そう言うと思ってこれを持ってきたのさ」
不敵な笑みを浮かべながらカバンから取り出したのは一冊のノートだった。
緑茶を一口飲んで、キャップを閉める。
「ノート?」
「これを見たまえ」
ページが開かれると、ビッシリと計算式や漢字が書かれていた。
「冬弥だ……」
そのページを見て冬弥だとわかった。
「こうでもしないとわからないか?…まぁわからないか……」
「?」
今の「まぁわからないか……」、笑ってはいたが…少し悲しそうな感じが…考えすぎだろうか。
「どした?」
「いやなんでも」
「体調大丈夫なの?」
「まぁ熱は大分下がったよ。喉も楽だし、咳も落ち着いてきた」
「なら良かった」
「……ありがと」
実はお見舞いなんて初めてだ。
「さて、帰りますかね」
「もう?」
「だってお前体調悪いんじゃん。長くいても迷惑だろうし」
「まぁそうだけど」
「んじゃな!」
「じゃね~」
冬弥がドアを閉めて部屋を出ていくと、僕は体を横にした。
「やっぱ優しいなアイツ」
~後日~
やべぇ伝染ったww
冷えピタを張りピースをした冬弥の写真と一緒にこのメールが送られてきた。
「…………」
まぁ、言葉が出なかった。可哀そう2割そりゃそうだろ8割。因みに風邪は治った。
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