聖地


「これのどこが聖地なの」 

 全身の血の気と体温が引いていくような感覚をこうも実感できるものなのだろうか。そう感じてしまうほどにここはひどいものだ。

 聖地、なんてよくもまあ言えたものだ。昔、東洋の宗教観で描かれた地獄絵図というものを見たことがあるが、この場所を形容するならば、そちらの方がふさわしい。

 チラリと後ろを見ると、上へ伸びる土階が見える。おそらく私の隣の平然としている男は地上からこの階段を降りてここまで来たらしい。

 壁一面には、いたるところに大きな穴が掘られており、ここの空気と地上の空気を入れ替える通気口のような役割を果たしている。

 あたりを見渡すと、ここは人工で作られた洞窟のようだった。いや、ここまでだだっ広く、誘拐犯とみられる奴らが生活している痕跡があるのだから、地下都市と言っても良いのかもしれない。

 この洞窟の中央には、盛り上がった場所があり、そこには大量の花が飾られた祭壇と思しき場所があった。そこはこの洞窟のどこよりも赤く染まっている。

 乱雑に並べられた数えられないほどの拷問道具や木製の机にこびり着いた黒く変色した大量の血痕。

 祭壇や拷問器具の近くには、手足を縛られ、口には猿轡をされた状態で檻に入れられた若い人間たちと豚や馬、羊や山羊などいった獣達がいる。かろうじて人間用と動物用の檻は分かれてはいるものの、人間も動物も鮨詰め状態で入れられており、檻の中で圧死している者や動物がいても全くおかしくないような状況だ。

 また、人間たちの中でも違いある。腕を縄できつく縛られてボロ切を着せられている者と、小綺麗な白い服を着ているものに分かれている。小綺麗な服を着ている者は、どれも容姿が端麗だ。

 聖地と呼ばれる場所、祭壇、大量の血痕、人、動物。

 それらの意味するところは誰にだってわかる。人や動物を供物とし、祭壇で神ーーいや此奴らの場合は悪魔に捧げるんだ。

 なぜ私が彼らを悪魔崇拝主義者だと判断したのかというと、壁に掘られたモノにある。

 そこには、此奴らの宗教のシンボルがデカデカと高い位置に掘られているのだが、そのシンボルは、ファブリス教のシンボルが上下逆さまになったものだ。

 歴史の深いこの国には、古より脈々と受け継がれてきた言い伝えが数多く存在する。そのなかには、主神と呼ばれる存在を崇めるファブリス教に敵対する悪魔を崇拝する者たちの話がある。確かその中に、悪魔崇拝主義者はファブリス教のものとは逆さまのシンボルを使用していると言われている。

 悪魔崇拝主義者ならば、予言にあった公爵家の女を敵視し、誘拐してきたことにも頷ける。

 こんな奴らがいると知っていればもちろん国も動いていただろうが、こんな奴らの話を耳にしたことは一度だってない。そうなると、この悪魔崇拝主義者たちの団体は誰にも悟られないように行動し、時を待っていたということになる。とても慎重深く、決して尻尾を掴ませない此奴らは、私たちからしてみれば本当に面倒くさく危険な存在だ。そりゃあ今の今までこいつらの存在は知らないわけだ。

 私は誘拐されるまで此奴らの存在を知らなかった。回帰前、私はほとんど外出はしなかったし、したとしても警備を厳重にしていた。そのため奴らは私に近づけなかったのだろうが、前の此奴らは、私が処刑されて公爵家の血が断絶するまで一切の隙を見せず、目的を完遂させたのだと知り、ゾッとする。

 こんなのが敵なのか。私とお父様だけでは対処できないことは明らかだった。

「ねえ」

「お、何だ嬢ちゃん」

 隣にいると男は、ずっと黙っていた私が口を開いたことに驚いた。

「一応確認するんだけど、あなたたちは悪魔崇拝主義者ね?」

 男は目をパチクリさせたあと、ねっとりとした笑みを浮かべた。

「すげえな嬢ちゃん。7歳とは思えない」

「宗教の名前とかないの」

「そんなの付けたら、危ないだろ。嬢ちゃんの入っているファブリス教とかとは違ってな」

 なるほど、と私は思った。此奴らは変なところで頭が回るらしい。小賢しいことこの上ない。

「私ってこの後すぐ殺されるの?」

「いや、すぐにではないなぁ。新月の夜に、だ。……あー、3日後か?」

「3日後……ねえ、そんなの私に教えてもいいの?」

 3日後だと隣の男は言うが、私を油断させるための嘘の可能性もある。

「うーん。まあ、嬢ちゃんは小さいのに俺たちに殺されなきゃいけないだろ? 死ぬ覚悟ってものをさ、決めさせてやろうと思ったんだよ」

 この男が本当に私のことを敵視する悪魔崇拝主義者なのか、逆に心配になってくる。

 それが男に伝わったのだろうか、男は説明をし始めた。

「俺はな、本当は子供好きなんだよ。嬢ちゃんは公爵家の人間だけどよ、本当にその人なのかも疑問だし……」

 ああ、此奴らもフリューゲルの予言は知っているんだな。

 たしかに、予言には公爵家の女性が悪魔を打ち倒すという記述されているが、それがどの時代の誰かは分からないんだ。

 つまり、この男は私を誘拐してきたのは良いものの、人違いの可能性も考えているんだ。それなら見逃してくれれば良いのに、という言葉は飲み込んだ。

 この男は、私に対して憐れみを抱いてしまっているだけで、私を殺そうと思ってはいるんだろう。そうでなければ私を誘拐なんてしてこない。

 何だこの男面倒くさいなあと思い私はため息をついた。

「まあ、そう言うわけだからさ、嬢ちゃん。この3日で覚悟を決めなよ」

 男はどこか罰が悪そうにしていた。

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