ああ、此奴らはーー
私は腕を後ろで縛られた状態で麻袋に入れられ馬車に乗せられた。私を誘拐した奴らは、私を麻袋に入れるだけでは飽き足らず、ご丁寧に木箱の中に入れて釘を立ちつけ私が脱出できないようにした。しかも、私を抱き抱えてきた男はこの木箱の上に座っている。
母体の中にいる胎児のような姿勢を強いられ、身動きも取れないので、このまま行くと確実に閉所恐怖症になりそうだ。
奴らがすぐに私を殺さないことに疑問を持ったものの、まだ助かる道があるのではないかとこの期に及んで希望を持ってしまう自分に情けなさを感じる。
「ねえ、聞こえてる?」
「んー? なんだ嬢ちゃん」
よほど暇なようで男は私と会話をする気があるらしい。
「なんで私があそこにいるって気づいたの?」
「ハハ、それを教えろとはすごい度胸だな。度胸だけは誉めてやるけど、教えねえよ。嬢ちゃんはアイツの血を引く公爵家の子供なんだろ? だったら油断はできない」
『アイツ』とは、父のことだろうか。父ほどの人間なら、誰かに恨まれていてもおかしくはない。父と敵対する親戚や政敵、隣国の者たち、など掃いて捨てるほどいる。
ここはとりあえず、上にいる男に聞いたほうが良いだろう。
「アイツって私のお父様のこと?」
「んん? あー……違うな。それじゃねえ。まあそっちも危険なことに変わりはないんだがなー」
父のことじゃないとなると、『アイツ』とは誰なのか見当がつかない。
「じゃあ、誰のことを言っているの」
「それを言ったら、俺たちがなんのために嬢ちゃんを誘拐しているのかバレるかもだろ? 言えねえよ」
「それなら質問を変えるわ。街道で私のなら馬車を襲った時、父が乗っていないことは知っていたの?」
「うーん。……どうだと思うー?」
男はのらりくらりと私の質問に一向に答える気配がない。
ーーこのヤロウ! 質問に答えてよ!
私は苛立ちを覚えながら、何か手がかりが掴めないか探り続ける。
「この馬車どこに向かっているの」
「不機嫌になるなよ、嬢ちゃん! ……この馬車は聖地に向かっているんだ」
「聖地って、あなた何教の信徒なの?」
「それは言えねえな。まあ、なんだ。決まっているんだ」
国教や、国教とは認められてはいないもののある程度の知名度を誇る宗教で、そのような教義がある宗教は私の知るところ存在しない。となると、少数の信者しかいない宗教か、国に敵視されている宗教、人には言えないような活動をしている宗教団体なのだろうか。
「私と、あなたが入信している宗教に何か関係はあるの?」
「嬢ちゃんは賢そうだからなぁ、言ったらバレちゃうだろう?」
男は気づいていないようだったが、それはほぼ肯定の言葉だった。
私とこの男の宗教には何か関係があるんだと知ることができたのはいいものの、私ーーブランシュ家と繋がりのある宗教なんて私も入信しているファブリス教しかない。公爵家の人間は代々ファブリス教に入信するのがしきたりになっているから私も入信しているだけなのに、こんな仕打ちを受ける意味がわからない。ファブリス教以外の宗教で、公爵家と関連のあるものなど思い浮かばない。
「聖地に行って何をするの? まさか、私を供物として捧げでもするの?」
「……」
先ほどまで気さくに話していた男が無言になった。それはつまり、肯定していると言うことに他ならない。
ーー冗談じゃない!
でも、私がなぜ供物として捧げられなければならないのだろうか。私が何か、彼の宗教の琴線にでも触れてしまったのだろうか。しかし、そんなことをしただろうかと必死に思い出そうとするが、これと言ったことは思い浮かんでこない。
回帰前ではこんなことはなった。回帰前と今回で違う私の行動といえば、父に回帰前のことを打ち明け協力を仰いだことと、今日買い物をしたことくらいのものだ。前者は父以外に知る者はいない筈だし、父がこのような行動ーー私を誘拐させることで得られるメリットなんて無いはずだ。
となると後者だが。騎士とメイドだけ引き連れた状態で行動していたから、手薄だと判断されてしまったんだ。回帰前はあまり街に出ることはなかったし、出たとしても騎士を何人も連れていたから近づけなかったんだ。そうなると、やはり全て私の責任じゃないか。
目頭が熱くなるのをグッと堪える。全て自分の責任で、マーニーやマルス、御者も危険に晒した私は泣く資格だってない。
「あー……嬢ちゃん。苦しいのは何分か、いや何十分かの間だけだからさ、我慢してくれ」
何の慰めにもならないどこかずれた発言をする男に苛立ちを覚える。どうやら私は即座に殺されるわけではないらしい。
私が苦しむのはどうだっていい。回帰前には毎日拷問された挙句に殺されたんだから、これくらい耐えられるはずだ。だけど、みんなが苦しむのは嫌だし、それだけは回避させなくてはならない。
「……ねえ、街道で私たちを襲った時、騎士と対峙したでしょ。あの騎士はどうなったの」
「あー……あいつは……いや、嬢ちゃんに変な希望持たせるのは可哀想だよな」
男は独り言のようにそう言った。
ーーああ、マルスはーー。
♢
馬車が止まり、私は木箱に入れられたまま運ばれる。あまりの不規則な揺れに酔ってしまい吐き気を覚えたが、ここで吐けば大惨事だぞと自分に言い聞かせ何とか我慢することに成功した。
そして、男はしばらく歩いたのち、木箱を地面に下ろし、釘抜きで釘を抜いていき、麻袋から私を引っ張り出した。
私はつかさず男の手を振り切り、近くに膝をついて吐いた。
「うおぇっ」
「あ、嬢ちゃん。気分悪くなってたのか、ごめんなー」
全く悪びれもせずに男は私の背中をさする。
謝るなら私を無事に家に返して、マーニー達も捕まっているのなら解放してよ、と悪態をつきたかったが、吐き気には叶わなかった。
そうして5分ほど吐き続けていると気持ちの悪さはどこかに消え去ってしまった。
口の中が気持ち悪い、と私が言うと供養される人間の口がゲボで汚れているのも嫌だからと男が水筒を私の口元に差し出してきた。
私もソレの味がしているのも嫌だったのでしぶしぶそれを飲み、ソレの味が完全になくなるまで口をすすいだ。
ある程度綺麗になり、私は顔をあげた。
その瞬間飛び込んでくる景色に全身の血の気が引いていく。
この場所はまさしく地獄そのものだ。私の目が、脳が今見えている全てを拒否しているのが分かる。発展しているこの国に、こんな場所が存在するなんて誰が想像できるだろうか。
そうして、私は気づいたのだ。この場所がなんなのかを。こいつらが何のために私を誘拐したのかを。
私が小さい頃から、いやこの規模を考えると私が生まれる以前から此奴らは秘密裏に動いていたんだ。
回帰前、私が何かおかしいと気づいた頃には何もかも全て手遅れで、あそこから起死回生を狙うなんて夢のまた夢だったんだと今ここで思い知った。
噂だと思っていた。悪趣味な都市伝説だと、根も葉もない噂なのだとそう思っていた。
そうだ。架空の存在だと思っていた悪魔が本当に存在しているならば、奴らも当然存在しているものと考えた方が良かった。
ああ、此奴らはーー悪魔崇拝主義者、なんだ。
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