2軒目

「え、別の店に行くんですか?」

 マーニーとマルスは目を丸めた。私が別の店に行くことなんてなかったので驚いているのだ。

「ええ……彼女とはもう縁が切れたの」

「何があったんですか!?」

 マーニーは吃驚し、マルスは私が店長に危害を加えられたと思ったらしく私の体に傷がないか念入りに何度も確認していた。

「数日もすれば、貴方たちにも今回の噂は耳に入るでしょうね」

 私は何があったか聞き出そうとするマーニーを嗜めながら、近くに良い洋服店はないかと尋ねた。

「この辺りなら、ハルディン洋服店が有名ですね。流行を作り出すとも言われている凄い店なんです! 貴族の中でもシャンタル様のような後期でないと門前払いされると噂の店です」

「なら、貴方への褒美はそこで買いましょう」

「ええ!」

 彼女は大声をあげて硬直した。そして、内からこみ上げてくる感情にわなわなと震え始めた。

「でも、カルディン洋服店で売られている物はとても高価だと聞きましたよ?」

「私に二言はないわ」

「私、一生シャンタル様に仕えます!」

「マーニーに褒美を下賜されるのですか?」

 私たちを交互に見ていたマルスが会話に入ってきた。聞いていれば分かることを私に確認しようとするということはつまり、彼も『期待』しているのだ。

 現に彼は、私に期待するような目で、マーニーには羨望の眼差しを送っていた。

「あら、貴方も欲しいの?」

「い、いえ」

 私がわざとらしく尋ねると、彼は首を横に振った。しかし、彼は言葉では否定しているものの、どこからどう見たって欲しそうな期待を込めた表情を浮かべている。

「心配しなくても貴方にも買ってあげるわよ」

「シャンタル様。俺は命をかけてシャンタル様の剣となります。命尽きるその日まで貴方を守り続けることをここで誓います」

 彼は即座に片膝をついて私の手を取りキスをした。マーニーもマルスも現金すぎやしないだろうか。

「ここは街中なのよ、辞めなさい!」

 私は大喜びする2人を横目に頭を押さえた。



 マーニーとマルスと共に、カルディン洋服店に入ると、男性のオーナーが出迎えてくれた。

 アポ無しの初来店だったのだが、どうやら追い返されはしないらしい。

「シャンタル様は初めての来店ですね。数ある洋服店から我々の店を選んでいただき、誠に光栄です。私はオベロンと申します。お見知り置きを」

「あら、貴方とは会った事はないはずなんだけど」

「シャンタル様ほどのお人になると、誰もが知っていますよ。では、どのようなものをお探しですか?」

「流行のドレスと靴や帽子、それに合う装飾品を何点か買おうと思っているの。私にはどんな服が良いか分からないから貴方に任せるわ」

「はい、畏まりました。そちらのソファーで少々お待ちくださいませ。飲み物はいかがなさいましょう」

「……オレンジジュースで」

 本当はコーヒーにしたかったのだが、私は今7歳。当時、確かコーヒーは飲めなかったはずなので、子供らしくオレンジジュースにした。

 私がソファーに座ること数分、従業員が氷が浮かんだオレンジジュースとそれに合う菓子をテーブルの上に置いた。

 冷たい飲み物がすぐ出てくるなんてと私は驚いた。この世界は氷なんていうものは非常に希少で、買うには金貨を何枚も積まなければいけないほど高価だった。しかも、この店は気候が穏やかな都市の中心地にあるので、運送費も氷本体の値段に上乗せされているはずだ。これをサービスで提供するとは。

 恐る恐るグラスを手に取り、何口かを飲んだ。それはひんやりとしていて、常温のものよりも喉を潤してくれたような気がした。

「美味しいわ、これ」

 氷ばかりに気を取られていたが、これに使われているオレンジはハマラ地方で収穫されるという高級品種だと分かる。しかも、このジュースは搾りたてだ。オレンジの良い香りが漂っている。

「シャンタル様、こちらなどはいかがでしょう」

 オーナーがドレスのカタログを持ってきて、とあるページに描かれたドレスのイラストを指差した。

 そのドレスは赤と白を基調にした膝丈のドレスだった。

「丈が短くないかしら?」

「お嬢様はスタイルが抜群に良く、足も長いです。ならば、膝丈のドレスを着て足を強調されるのが良いかと」

 私はドレスのことはさっぱり分からないので、マーニーに話を振った。マルスは私と目が合わないように、目を逸らしている。

「マーニー、貴方はどう思う?」

「ええ、シャンタル様にピッタシだと思います! このドレスは流行の最先端なデザインですし、このドレスの色合いはシャンタル様の髪色とも相性が良いのでよく似合うと思います。こちらに合わせる靴や装飾品はどのようなものがありますか?」

 オーナーは彼女に話をした方が円滑に進むと判断したのだろう。彼女に装飾品のカタログを見せて、どれを選ぶか尋ねていた。

 しばらく彼らの話し合いは終わったようで、マーニーはいくつかのドレスや装飾品のイラストを私に見せて、判断を仰いできた。

「シャンタル様、これらのドレスが良いと思うのですが、いかがなさいましょう」

「ええ、気に入ったわ。マーニーは頼り甲斐があるわね」

 彼女が選んだドレスや装飾品はどれも素晴らしいものだった。私に似合うかどうかという一抹の不安は感じてはいるものの、物は試しに買ってみようと思う。

「オベロン、ここは宝石のついたアクセサリーやベルトを売ってたりするかしら」

「はい、もちろんです。ただいまお持ちします」

 彼は会釈をしたあと、店の奥に向かっていった。私は彼が店の奥に消えたのを確認し、2人に耳打ちをした。

「彼が持ってきたものから好きなものを選びなさい。値段は問わないわ」

 2人が欣喜し、彼がやってくるのを今か今かと待っていた。

 オベロンが厳重な鞄を、従業員がベルトを両手に抱えて持ってきた。

「私から彼女たちへのプレゼントなの。マーニー、マルス、好きなのを選んで」

 マーニーが恐る恐る選んだのはサファイアのついた髪飾りだった。彼女によると、メイドはネックレスやブレスレットや指輪は仕事をするときに邪魔になっていまい、かといって耳飾りは紛失しやすい上、一端のメイドが付けているのはおかしいらしく辞めておくのだそうだ。そうなると、髪飾りが一番、仕事に差し支えがない上ある程度の大きさがあるので紛失しにくく、長時間身につけておけるものなのだと、彼女は微笑んだ。

 マルスは、希少なシルヴィガルダという動物の皮から作られたベルトを選んだ。それは非常に軽くしなやかでひび割れしにくいという特徴も持ち、一生ものだと言われるほどに長持ちするとして有名だった。

「では、この2つも私のドレスなどと一緒にお会計をお願い。請求は、私の父ロン・ブランシュにして」

「はい、畏まりました。出来上がったドレスは公爵家にお送りしてもよろしいでしょうか」

「ええ、そのようにしてちょうだい」

「では、シャンタル様。採寸をさせていただきます。どうぞこちらへ」

 私はオーナーに通された採寸部屋で女性従業員にあらゆるところを採寸された。

 すべての採寸が終わる頃には日は傾き始めていた。私がくたくたになって戻ると、マーニーとマルスはそれぞれ私が買ってあげた髪飾りやベルトを身につけていた。

「ちょっと、マルス。貴方まさかここでベルトを交換したんじゃないでしょうね」

「と、とんでもありません! ちゃんとトイレで着用して参りました! 決してそのような破廉恥なことはしておりません!」

「シャンタル様、マルスの言うことは本当です。シャンタル様が、採寸部屋に入っていくのを身と届けた後、彼はすぐにトイレに駆け込んで行きました!」

「それなら良かったわ」

 マーニーが言うのなら本当なのだろうと胸を撫で下ろした。マルスも思わぬ誤解が解けて安堵しているようだった。

 私たちはカルディン洋服店の従業員たちに見送られながら店を後にし、私とマーニーは馬車に乗り込んだ。

 窓からの移りゆく光景を眺めながら、私は良い思い出ができたと頬笑んだ。

 今回の買い物は、私たち3人とも大満足で幕を閉じた。

 しばらくの間マーニーと他愛のない話をしていると、私は馬車の揺れにしだいに眠くなっていく。マーニーは私が眠たそうにしているのに気づいたようで、『しばらくの間お眠りになってはいかがでしょう。頃合いになったら、私が起こして差し上げます』と提案をしてきた。

 それに私も同意し、目を閉じた。

 眠気に誘われるがまま眠ったこの時、私はまさかあんなことに巻き込まれるとは思いもしていなかった。

 

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