フリューゲルの予言
「お父様、これからお話しすることは全て嘘偽りのない真実です。どれほど荒唐無稽は話なのかは私自身理解しております。しかし、これは私のみならず、お父様、公爵家、ひいては世界全体まで影響を与える緊急事態なのです」
ピクっとお父様の眉が動いた。何も言わないということは一応は聞いてくれる様だ。
父が私の真意を見定めるようにして私の瞳を見つめる。今までは、私は父のこの値踏みをする様な視線が大の苦手だったが、あの別荘の一件からそれほど苦にも思わなくなっていた。
「お父様、このままいくと私たちは殺されます。お父様は事故死に見せかける手口で、私は食人鬼であるという事実無根の罪で殺害されてしまうのです」
私はとりあえず、インパクトのあることを先に言い、父の注意を引こうと考えた。
「……なに?」
私の考えた通り、父は寝耳に水の驚き様で、私が続きを話すのを待っている。
「お父様の死は馬車が崖に転落した事故として処理されます。私は、食人鬼であり多くの人々を食してきたという罪で殺されるのです。……拷問された挙句ギロチンで」
「シャンタル、変な夢でも見たのか? 第一、その話が本当だとして殿下はどうしたんだ。お前と殿下は親しい間柄だろう」
父は巫山戯た話だと思ったのかもしれない。父は、吐息を漏らしつつ、フォークでボロネーゼパスタを器用に巻き始めた。
「殿下は、私が食人鬼であるという噂が流れ始めるとほぼ同時に私との婚約を破棄したのです」
「……待て。破棄、『したのです』だって?」
ボロネーゼパスタを巻く父の手が止まる。父は、『したのです』という完了形に驚いた様だった。まるで、すでに体験した様な口振りではないか、と。
「ええ、実際に未来でされたんです。私たちは敗北を期しました。完全に。挽回する手立てなど存在していませんでした。気づいた頃には遅すぎたのです。何かおかしい、と思った頃には立ち直す人員も時間も全くなかったのです。貴族は我が公爵家をすぐに見限りました。多くの使用人たちは屋敷を去ったのです。最後まで残ったメイドのマーニーや騎士のマルスたちは無惨にも殺されてしまったのです」
私よりもよっぽど賢く知識に富んでいる父は一拍を置いた後、『まさかっ』と息を飲んだ。
「ええ、お父様が考えていらっしゃる通り、私は『秘宝』を使用し、過去である現在に帰ってきたのです。このままでは私たち親子も、公爵家も、国も、世界すら終焉へ向かいます。ーーこれはおそらく、」
「『フリューゲルの予言』が現実になったのか」
私が発言するよりも先に、父が正解を言った。
さすが私の父親だ。
「ええ、おそらく。フリューゲルの予言に書かれていた通りに、封印された悪魔が復活したのだと、私は考えております」
「まさか、本当にーー」
父は口元に指を当てた。
現代では童話として知られるフリューゲルの予言。それは、数千年も前に書かれたフリューゲルの書の一節だ。
予言者としてブランシュ家に代々伝わるフリューゲルの本業は悪魔祓いだったらしく、彼は生前極悪非道の悪魔を完全に封印した。しかし、形のあるものはいつか壊れてしまうというのは世の常で、封印も例に漏れずにいつかは壊れてしまうとフリューゲルの予言に書かれている。
長いフリューゲルの予言を要約するとこうだ。
悪魔の封印が経年劣化し、特定の条件下で悪魔は封印を破り人間に復讐しにやってくる。そして、フリューゲルの子孫がその復活した悪魔を打ち倒してくれるだろうというなんともまあ極めて曖昧で突拍子もない内容のものだ。
ここに出てくる、特定の条件下というのは何のことを指しているのかは不明だ。生贄を捧げた時なのか、皆既日食が起こる日なのか全く見当がつかない。
その曖昧さには理由がある。というのも、洞窟の奥深くでフリューゲルの書が発見された時、すでに紙は腐敗が進行していたり、雨水で濡れていたせいで解読不能な箇所が多く、小さい子供を怖がらせるだけのの薄い内容の童話になってしまったというわけだ。
悪魔という存在すらなくなり空想上・宗教上の生物だと解釈される今、誰もその予言を真剣に読み解こうとするものはいなかった。いや、いたにはいたのだが、解読者のほとんどは悪魔というのは災害や飢饉、疫病などの災いの暗喩なのではないかという明後日の方向で理解しようとしていたのだ。それがまさか、本当に悪魔がいるとは。彼らにこの事を伝えても鼻で笑われるだけだろう。
さて、先程『フリューゲルの予言』の中に、『私の子孫が打ち倒してくれるだろう』という文言があったことは話したのだが、彼の子孫とは誰か。それは私たち公爵家の人間、らしい。それは我が家に伝わる伝承だった。
私は歴史書にも載らず童話に出てくるような人物が私の祖先だとはあまり信じていなかった。正直にいうと、私は彼を詐欺師だと思っていたのだ。善良な人々に存在もしない悪魔を信じ込ませて地位と名声を上げたあくどい人物。それが私の彼への評価だった。
しかし、私の祖先フリューゲルへの評価は覆されるようになる。私の『不幸』が全て仕組まれていると気づいた時、このままでは終われないと私の名誉挽回に取り組みつつ、復讐する術をしらみつぶしに探したのだ。だが、私が気づいたときにはすでに何もかもが遅かった。完敗だったのだ。これから先、私には名誉挽回する機会も、復讐する機会も皆無だと気づいてしまった。
父が死んだ後、私にさまざまな冤罪がかけられた。私が拘束され処刑されるのは時間の問題だった。
ーーこのまま、指を咥えて私自身が処刑されるのを待っているだけ? 父もマーニーもマルスも殺されてしまったのに、私は復讐することもできないまま、敵の思惑通り殺されるの?
ーーそうはさせない、させてなるものか!!
私の名誉を挽回する術も、私を罠に嵌めた奴らへの現実的な復讐方法が見当たらない、そんな時だった。私が焦りと怒りと復讐心で満ちに満ちきっていた時、夢を見た。
私がまだ幼い頃、古代語をあらかた覚えた日の夜ーー確か雲がひとつもない満月の日だ。私は自分の実力が試したくなり、ランプに火を灯して一人で書庫へ行こうとそーっと廊下に続く扉を開けた。
いつも私の部屋のドアの前に立っているメイドはいなかった。それどころか兵士もいない。普段ならありえない光景だ。
私だけが世界に取り残されたような感覚が襲う。
しかし、このランプがあれば全ての闇を照らしてくれるような気がして、その取手を少し強く握った。いつもと違う異様な屋敷に、私は不安を覚えるどころか好奇心が膨れ上がった。なので、書庫に行くことを断念し自室に戻るという選択肢はなかった。
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