原点にして頂点

探偵・明智小五郎と美しい宝石や人間をさらう女賊「黒蜥蜴」が知恵くらべ対決を行う作品です。昨今では二十面相に比べて話題に上がりづらいような気がしますが、読んでみるとこの作品が、現代のあらゆるエンタメの原点であり、概念として完全に人口に膾炙していることがわかります。
黒蜥蜴は妖艶にして狡猾、悲しい過去とかとんでもない動機とかのバックボーンもなく、ただ楽しいからという理由で好き放題やっています。ただただ黒蜥蜴のキャラクターだけが強烈に立っており、一周回ってライトノベルに近くなっています。
80年前の作品ですが、文体が非常に読みやすいのも特徴です。地の文がナレーション的に緊迫感を盛り上げてくれたり、最初のほうの伏線を説明してくれたりと、とても丁寧です。ほかにも、たとえば星新一作品のような、いい意味で時代背景を感じさせない作品であり、古びている感じをあまり受けません。現代を舞台に何度もドラマ化されているのも納得です。さらに、過去作「人間椅子」の内容をトリックとして大々的に扱っており、ファンサービスも抜群です。娯楽として楽しんでもらう工夫が随所に見られ、現代人がジャンプやニチアサを見るのと同じ感覚で、当時の人々が更新を心待ちにしていたのが想像できます。また、連載ならではの凸凹ポイントもいくつかあるので、そういうのに関心のある悪いオタクにもおすすめです。
単純娯楽小説として真の意味で不朽の名作といえます。この作品を読むのに遅すぎるということはないでしょう。