第3話 忠誠のピンク色

「お、お久しぶりです! その節は本当の本当にお世話になりました!」


 今、私は身体中が震えている。ただし5年前みたいに恐怖からではなくて、緊張しているせいだ。


 だって、だって……!


「あれー? その赤とピンクの髪の毛は確か……。あ、思い出した! 魔族の子供じゃん!」

「は、はい、そうです! 私は〝フルール〟と申します!」


 やっと会えたんだもの。

 ずっと探していた、ロザリオ・ランタンに。


「大きくなったねー。何歳いくつになったの?」

「15歳です!」

「へー! 子供が成長するのは早いねー」


 まるで親戚の叔父さんみたいなことを言って、笑うロザリオ様。

 彼だって成長していた。初めて会った時は幼さが残る少年だったけど、今は〝成人〟の顔立ちになっている。身長も伸びている気がした。でも陽気な笑顔と喋り方は昔と変わっていない。嬉しい。


「わ、私、どうしてもロザリオ様にお礼がしたくて!」


 私はたどたどしく説明した。

 森を開拓して、みんなで新しい村を作ったこと。あの魔獣は今も村を守護してくれていること。

 ロザリオ様に恩返しがしたくて、村の代表として旅に出たこと。1年かけて、ようやく居場所を見つけたこと。


 ロザリオ様が所属していた傭兵団を訪ねると、彼は2年前に辞めたと教えられた。

 必死に探して辿り着いた先は、小麦畑が広がる美しい田舎町。そこの外れに建つ小屋がロザリオ様の家だった。扉の近くにはベンチがあり、そこに座っている彼を発見した時の歓喜は、どう喩えていいか分からない。

 

「そんな、お礼と要らないよー?」

「いいえ、ロザリオ様は我々にとって恩人! どうか恩返しをさせてください!」

「うーん……。ま、とりあえず中に入ってお茶でも飲む?」


 立ち上がるロザリオ様。


……ん?


 私はすぐに違和感を覚えた。私の視線を感じたのか、ロザリオ様は自分の右足を指差した。


「実はさ、2年前に戦場で足を怪我しちゃって。こうやって引きずらないと歩けないんだー」


 笑みを浮かべたまま話すロザリオ様に、私はショックを受けた。

 傭兵を辞めた原因は怪我だったの? 

 どうしてこんなに優しい人が、そんな酷い目に……!


〝ガコッ〟


 突然、変な音が鳴った。

 続いて〝あちゃー〟と、ロザリオ様の声が聞こえる。


「やべー。とうとう壊れちゃったよ」


 ロザリオ様が見せてきた物は扉の取っ手だった。

 わずかに開いた扉には、釘が抜けてしまった後がある。


 よく見れば。


 この一階建ての小屋はとても古かった。屋根も壁も色褪せて、ところどころに蔦が巻き付いている。台風が来たら吹き飛んでしまいそう。ロザリオ様が身につけている服や靴も、清潔だけど質素だった。


「これは俺には直せないな。参ったなー」

「私が直します!」


 私は考えるよりも先に、そう口にしていた。


「私の種族は便利な魔法を使えないので、衣食住の全てを手作業でしています。お家の修理ならお任せを!」

「マジで!? すげー! ありがとう!」


 喜んでくれている!

 やったあ!


 ピンクの髪を1本、私は抜いた。腰までの長さがあるそれを、自らの小指にくくり付ける。


「私たちが扱う魔法は〝想いを繋げる〟です」

「繋げる?」

「はい。私のピンクの髪でお互いの小指を結べば、私の想いがロザリオ様に繋がるのです。〝ロザリオ様のお役に立ちたい〟という私の忠誠を、あなたの魂に繋がせてください」

「いや、それって〝主従関係を結ぶ契約〟ってこと?」

「はい。私を貴方の下僕しもべにしてください」

「って、ダメダメ! そんなの簡単にやったらダメだよ? もっと自分を大切にしな?」

「いいえ、受け取ってください。これは我ら一族の望みなのです」

「……うーん、困ったな」

「わ、私のように弱い魔族では頼りないとは思いますが、一生懸命、頑張りますので!」

「弱い強いとかは関係なくてさ。下僕は必要ないっていうか……。しかも15歳の女の子だし? 俺の罪悪感が爆発しちゃうよー」

「そ、そこを何とか!」


 何度も断られたけど、私は何度も食い付いた。

 村を救ってくれた彼に仕えたい。

 それに、やっと会えたのだ。

 5年間、想い続けた初恋の人に。


 押し問答がどれくらい続いただろう。

 最後に折れたのは、ロザリオ様だった。


「そこまで言うなら分かったよ。あ、でも〝下僕〟って呼び方は嫌だから……。そうだ、〝助手〟って感じで良い?」

「はい! ありがとうございます!」


 ロザリオ様は私の髪の毛の端っこを持って結ぶ。私の小指と彼の小指に、ピンク色の繋がりが生まれる。


……嬉しい。

 だけど、出来たら、赤髪を使いたかったな。


 そうすれば、運命の赤い糸に見えただろうな。


 忠誠を誓いながら、そんな浅ましいことを、少し考えてしまった。


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