第4話 フルールとロザリオの日々
私がロザリオ様に仕えてから、3ヶ月が経った。
季節は春から夏に変わっていた。
私の仕事は、ロザリオ様の身の回りのお世話だ。炊事、洗濯、掃除、お買い物。それから、
「郵便でーす!」
荷物の受け取りだ。
「サインお願いしまーす」
「ご苦労さまです」
郵便屋さんが帰ると、背後の方からモゾモゾと布が擦れる音がした。
「ロザリオ様、おはようございます」
「んー……。おはよ。フルール」
ベッドの上で、大きな欠伸を1回。コーヒーとミルクを混ぜたような色の髪があちこちに跳ねているのが可愛らしくて、微笑ましくて。胸がトクンと鳴った。
「朝食が出来ているので召し上がってください。それといつもの物が届いています」
「……。そっか。ありがと」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、ロザリオ様の表情が曇った。その一瞬に私が気づけるようになったのは、つい最近だ。
私はロザリオ様に封筒を渡した。
やや分厚い封筒の中身が、現金であることを私は知っている。
でも誰から届いているのかは分からない。いつも差出人の名前が書かれていないからだ。
「フルール。ご飯食べたらさ、出かけない?」
「はい。お供します」
ロザリオ様はいつもの笑顔に戻っていた。
だから私は、今日も何も訊かなかった。
「小麦畑がキレイだねー」
「そうですね。もう収穫の時期ですね」
ロザリオ様が言う。右手には歩行を補助する杖を持っている。
私たちはときどき、麦畑と麦畑の間にある真っ直ぐの畦道をゆっくりと散歩する。私にとって幸せな時間。
「やーい」
……幸せ、だったのに。
「変な歩き方!」
「はは、ゾンビみてぇ」
畦道の先に現れた子供2人によって壊された。
まだ幼い男の子たちだ。
「あなた達、いい加減にしてください!」
この子たちは出会うたびに、ロザリオ様の足のことを揶揄ってくる。私は両手を広げて、ロザリオ様を守るように立った。
「たとえ子供でも、ロザリオ様への侮辱は許しません!」
「うわ、出た! 魔族の女だ!」
「おかしな髪の毛! お前ら変な奴同士、お似合いだな!」
「何ですって!?」
「逃げろ逃げろ! 魔族に殺されるぞー!」
走っていく子供たちを睨んでいると、頭の上にふわりとした感触を覚えた。
ロザリオ様の手だった。私の頭を撫でている。
「ロザリオ様……」
「大丈夫。慣れてるし」
「……私は慣れません。貴方にあんなひどいことを言うだなんて。絶対に、一生、慣れません」
「フルールは良い子だね」
あぁ、そんな風に笑わないでください。
––––3ヶ月も仕えていると、ロザリオ様のことが段々と分かってきた。
彼は明るく陽気な性格で、何よりも優しい。
さっきみたいにバカにされても、私が仕事でミスをしても全然怒らない。こんな人柄だから、魔族の私たちを救ってくれたのだろう。
私は日を増すごとに、ロザリオ・ランタンという人間を尊敬するようになっていた。……彼への恋心もどんどん強くなっている。
それなのにロザリオ様は、町の人たちから避けられている。彼を見掛けると、誰もが目を逸らしたり、コソコソ話をする。挨拶をしても知らんぷりだ。
まず、元傭兵という肩書きのせいだ。国のために戦う兵士と違って、傭兵は「金のためなら人さえ殺せる」という卑しいイメージがあるそうだ。
次に、ロザリオ様の家に不定期で送られてくる謎の現金。これが怪しまれて、悪い噂が流れている。
最後は……私だ。魔族の存在が、さらに印象を悪くした。
「申し訳ありません。私のせいで……」
「なーに言ってんの」
ロザリオ様の手の動きが変わって、私の髪をくしゃくしゃってする。
「俺はフルールがいてくれて良かったよ? 最初はちょっと戸惑ったけど、何だかんだで家の手伝いしてくれるのって、すげー助かる」
「でも」
「あと、話し相手がいるのもいいことだなーって。フルールが来るまでは、郵便屋さんとしか話さなかったから。俺って実は会話に飢えてたんだなーって気づかされたよ」
「っ、私でもお役に立っていますか?」
「当たり前じゃん」
「ありがとうございます……! やはりロザリオ様はお優しい方です。それを皆さんに知ってもらえたらいいのに」
「みんなが俺を怖がるのは当然なんだよ。……いっぱい、殺してきたし」
私は振り返った。
ロザリオ様はやっぱり笑っていた。
……笑顔だけど、どうしてだろう?
「今日はもう帰ろっか」
「……はい」
私には、彼が泣いているように見えた。
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