第2話 フルールの回想 〜ロザリオ・ランタン〜(後)

「お待たせしましたーー!」


 声がした。

 男の人の声だけど、兵士たちのものではない。


 私は目を開ける。すると兵士たちは私ではなく、貯蔵庫の出入り口を見ていた。

 釣られて同じ方を向くと、そこには2人の人間がいた。


 2人の人間は軍服じゃなくて、黒い外套を纏っていた。私たちをここに閉じ込めた兵士たちよりもずっと若く、まだ10代後半の男性と女性。


 男性はコーヒーとミルクを混ぜたような色の短髪で、女性は漆黒の髪をシニョンに結っている。


「んあ? その外套は、傭兵団の奴らだな?」

「随分と遅い到着だったなぁ? 悪いが、今回はお前たちの出番は無い。とっくに制圧したからな」

「いやー、申し訳ないです。ここに来る途中、橋が崩壊して進めない場所があって遠回りしたんです。そしたら、その先で魔獣に遭遇して……。いろいろと手こずってました」


 兵士たちは相手を馬鹿にしたような口調だ。男性は気にしていないのか、明るく答えていた。


「……その魔族の子供は一体?」


 そう言ったのは、女性だった。男性とは違って静かな話し方だ。

 太陽と月。

 彼と彼女に、私はそんなイメージを抱いた。


「この雌ガキはな……」


 私について、兵士たちは面倒くさそうに説明した。


「へー! そんな子供が村で1番強いの!?」


 男性……ロザリオという人間は軽やかな足取りで私に近づいてくる。それから膝を折り、私に目線を合わせ、


「俺はロザリオ・ランタン。あっちの彼女は〝シェリ〟。2人とも18歳で、現役の傭兵。よろしく!」


 首を傾げて微笑む。


「君、すごいね! こんなに小さいのに魔力が高いなんてやばくない!? あ、そうだ! そんな強いんなら、ちょっと頼み事があるんだけど!」


 頼み事……?


 理解が追いついていない私にかまわず、ロザリオは外套の内側をゴソゴソと漁り始めた。そうして取り出したのは瓶。中には蕩けるような金色の液体が入っている。


「これ蜂蜜なんだけどさ。実はふたが開かなくなっちゃったんだよねー。俺がキツく閉めすぎたみたいで。シェリってさ、パンに蜂蜜を塗らないと機嫌悪くなるんよ。だからすげー怒ってんの。50回くらい謝ったんだけど、許してくれなくてさ」

「数の問題ではないわ。貴方はいつもヘラヘラと笑っている。誠意が伝わらないだけ」

「〝ヘラヘラ〟じゃなくて〝ニコニコ〟って言ってよー。……というわけで、お願い! その力で、これを開けて!」


 ロザリオは私の手を掴んで、蜂蜜の瓶を乗せてきた。

 私は混乱した。

 開けるって……。それは魔力ではなく、握力や腕力が必要ではないの?

 

 兵士たちが〝おい、邪魔をするなよ〟とロザリオに怒っているのを聞きながら、私は右手で蓋に触れた。


 指先が冷たい。

 上手く動かない。

 無理。こんな状態で開けられるはすがない––––!


 でも私に拒否権は無かった。ロザリオはこの場に似合わない陽気な笑みを浮かべているけれど、恐ろしい人間たちの仲間なのだ。私が蓋を開けられなかったら、きっとその笑顔は剥がれて、冷酷な本性を表すのだろう。


 私は、蓋に、触れた。



––––––––あれ?


 どういうことだろう?

 私は触れて、ただ手首をほんの少し動かしただけなのに。

 蓋は、あっさりと開いた。


 次の瞬間、視界一面が金色に染まった。

 瓶の中から金の粒子が一気に飛び出してきて、貯蔵庫の薄暗い空気を輝かしく彩っていく。


 さらに次の瞬間。


 ロザリオは私を抱き寄せて、


「さぁ、逃げな」


 と、耳元で囁いた。


「人間の戦争に巻き込んで、ごめんな」


 ロザリオが離れていく。

 一体何を言っているの?

 何が起きて––––?


 そこで、私の意識は途切れた。


 目が覚めた時、全然知らない森の中にいた。私を起こしてくれたのは両親だった。周りを見渡すと、村のみんなが私を心配そうに覗き込んでいた。


 両親が、全てを教えてくれた。


 瓶の中の正体は、魔獣。金色の鱗を持つ巨大魚だった。


〝途中、橋が崩壊して進めない場所があって遠回りしたんです。そしたら、その先で魔獣に遭遇して〟

 

 ロザリオ・ランタンが倒した魔獣だったのだ。

 この種の魔獣は、自身を倒した人間に服従する習性があり、ロザリオの命令に従ったらしい。

 戦争に無関係な魔族たちを逃がせ。ロザリオにそう命じられたのだと言う。巨大魚は魔族だけを飲み込んで、平和な森まで運んでくれた。


 私たちは人間たちのせいで、大切な縄張りを失った。

 けれど、1人の人間のおかげで全員の命が助かった。


 新しい土地で、新しい生活が始まった。

 そして……。


 この日から、私の〝恋〟も始まったのだった。


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