フルールは、ロザリオ様の助手なのですから!

麻井 舞

第1話 フルールの回想 〜ロザリオ・ランタン〜(前)

 あの日––––5年前の春の終わり。


 私は怯えていた。生まれて初めて味わう恐怖に身体中が震えて、歯がカチカチと鳴っていた。


 原因は、人間が起こした戦争。隣接する2つの国同士が争ったのだ。その国境付近をにしていた私たちは巻き込まれてしまった。


「何か拍子抜けだな。ここら辺には魔族の縄張りがあるって聞いてたから、覚悟してたのに。こいつら、あっさり捕まえられたぜ?」

「低級の魔族だから弱いんだよ。魔法は一応使えるが、とても戦闘向きではないらしい」


 そう、私の種族は弱い。

 魔力を持っているから『魔族』と呼ばれ、「人外」に指定されているけれど。

 力は人間とほぼ同じだ。武装した人間たちに襲われたらひとたまりもなく、たった2時間ほどで村は占拠された。


 私たちは、村の奥にある広い貯蔵庫に押し込められた。大人も子供もみんな、顔が真っ青だった。10歳の私を母が抱きしめ、父は私と母を隠すようにして座っていた。


 張り詰めた空気の中、兵士たちはニヤッとした。


「ここら一帯の鎮圧は終わったし……。じゃあ、始めるか!」

「あぁ、そうだな」


 母の腕の力がさらに強くなった。母が声を押し殺して泣き始めた理由を、私は知っている。


「おい隠しても無駄だ! そこのメスガキを寄越せ!」


 村の住人に〝雌ガキ〟に該当する者は多くいる。けれど、


「おかしな髪色をした奴だよ! さっさと来い!」


 兵士が呼んでいるのは他の誰でもなく––––私だ。


〝おかしな髪色〟とは、私のツートーンカラーのことを指している。魔族の毛髪は青や緑、紫など奇抜な一色に染まっている。そんな中で、私の髪だけはピンクと赤の二色がランダムに混ざっていた。


 ツートーンが意味するものは、〝村の中で最も高い魔力を持つ者〟。


「お願いします! この子を連れて行かないで!」

「俺が代わりになる! どうか娘だけは」


 必死に懇願する両親を、兵士たちは蹴り飛ばした。私は腕を引っ張られて、引きずられて、無理やりみんなの前に立たされる。


 終わった。

 と、私は思った。


 噂で聞いたことがある。人間の兵士は村を占拠した後、その村で1番強い者を痛めつけるそうだ。

 目の前で強い者がズタズタにされると、見ている者たちは抵抗する意思を失うらしい。

 1番強い者が敵わないのだから、自分たちがこの兵士に勝てるわけがない。そうやって恐怖で支配して〝奴隷〟を作る。


「あーぁ。こんなガキとはなぁ」

「どうせ雌なら大人がよかったな。その方が楽しめた」


 全身が冷たかった。

 怖くて怖くて怖くて。

 頭が真っ白になって、両親の叫び声さえ遠くなっていく。


 私はこれからどんな目に遭うの?

 殺される? 拷問される? 


「さぁ、ショータイムだ!」


 兵士たちの大きな手のひらが伸びてきて、私はギュッと目を閉じた。


 その瞬間だった。

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