第一章:生贄体験ツアーコース

 島観光の目玉はツアーコースであるのは言うまでもないが、やはりここから語るべきであろう。若者をターゲットにして、年齢制限を敷き、格安で宿泊と食事と観光案内をパッケージにした短期ツアーコースは、年間を通して満員の予約で埋まっている。


「ウェェーイ、俺達の島へ、ようこそォォ!

 みんなのガイドはオレっちにオマカセあれ。それじゃあ、到着しての早速でツアーに行っちゃうけどォ、みんな若いからバッチシ大丈夫っしょッ?!」

「「「「イェーイ!」」」」


 安っぽい軽装の若い男女四人が海辺近くの島の宿泊施設の前で歓声を上げた。彼らの前に立っているツアーガイドである島民の男は観光客達の充分な活力に頷き、笑顔で彼らをワンボックスカーへ招いていった。


 車内には島で作られた独特な歌曲がカーステレオから流れている。港で聴いた出迎え曲とは別だが、今風の力強い曲であり、そして巧妙に信仰が隠された宗教歌が若い観光客を包んでいる。そして、車のドアの窓は全て開け放たれており、島の熱い空気が通り抜けていく。


「そんじゃあ、まずは今回のツアーの説明を軽ぅくしちゃうから、聞いてちょうだいね。オレっち達が今からやるのは、題して、島神サマ生贄体験ツアー!

 あ、ここでオーディエンスが悲鳴とか出すと盛り上がるぜ」


 車を運転するガイドとバックミラー越しに目の合った後部座席に座る観光客の一人の女がニヤっと笑いながら、わざとらしく大きく口を開ける。


「キャー!」

「フゥー、サンキュー! オレっち達の島には神サマが居るんだ。

 この神サマがヤベェスゲェのは、お祈りをすればする程、オレっち達に恩恵を下さる所なワケ。んで、サイコーにハイなお祈りってのが、生贄の儀式ってワケなのよ。生贄をキメれば、魚は大漁だし、畑は豊作で、何だったら道端で金貨を拾っちまうくらいなラッキー状態に突入するってハナシ。

 っつーのを、昔の人達は信じてたワケで、ズーッと昔には島に来たニンゲンを神サマの生贄に捧げてたんだとさ。もちろん、もうオレっち達は信じてないけど、ゾッとする体験ってのはオモシロイわけよ。

 だから、怖いもの知らずのみんなには、ちょっとばかし生贄のフリをしてもらって、テンションをアゲて貰ってから、最後にバーベキューで締めるのが、今回のツアーってワケ。ご理解のトコロ、いただけましたかァ!」


 ガイドの軽妙な語りに、車内の観光客達は能天気な歓声で応えた。彼らの気分は楽天的な高揚で満たされていく。そして、BGMとして流れる歌曲が次第に、けれど、確実に男女四人の鼓動を神への祈りに同化させていくのだ。


 生贄体験ツアーの案内人と客を乗せたワンボックスカーは、島の山奥で停まった。周囲は濃い緑に満たされ、異様なまでに生命が溢れていた。人生経験の浅い観光客達は、好奇の目で各々好き勝手に見渡し、期待に胸を膨らませていく。

 車から最後に降りたガイドは車のカギを弄びながら、観光客達を更に奥へと続く小道へと、生贄ツアーの道先へと誘う。見通しの悪い小道はやけに綺麗に整備されていたが、観光客の誰一人として疑問には感じず、楽しそうな足取りと他愛のない会話で彩られていた。


 山に通る車道から林へ入った先の広場で、生贄体験ツアーは行われる。広場に出ると、そこで十数人の島民に出迎えられる。広場の中央には高く積み上げられた焚き木が安置されている。広場の外周には小さな松明が点々と灯されており、南国の空気を更に焼き、湿った甘い香りを含んだ青白い煙が青空へと昇っていた。


 ここからは、観光客だった四人は生贄の四人として丁重に扱われる。まず始めに、生贄には島に自生する薬草のエキスを抽出した薬草酒が振る舞われる。薬草酒を口に含むと酒精が強く、独特の甘くて苦い香りで満たされるが、喉を通る頃には綿雪の様に後味が消えていく。そして、ショットグラスの一杯を呑み干した者は、自分の身体から余分なチカラが抜けていくのを感じるだろう。


 緊張の抜けた生贄達は、先程までの騒がしい期待と威勢が立ち消え、穏やかな表情のまま状況に身を任せる様になる。ガイドが生贄達に声を掛け、解説をしながら、広場の奥にある登り階段へと向かう。生贄達は一人一人が島民の手に引かれて階段へと誘われていく。


 コンクリートで造られた五十段程度の階段を登りきると、そこには拓かれた狭い平地に石造りの社が建てられている。ガイドが来歴を軽い口調で語りながら、生贄達に神への挨拶をする様に促す。まず社の前に広がる石畳にガイドが膝を突き、続いて島民に介護されながら生贄達もガイドの後ろで同じ姿勢を取らされる。


 ガイドが社に向かって両手を掲げ、祈りの言葉を謳い上げると同時に、生贄達の足の腱に向かって刃が振り下ろされた。と言っても、その刃はダンボールに銀紙を貼り付けた小道具であり、生贄達の弱々しい驚きの声だけで済んだ。ガイドは跳ねるように立ち上がり、生贄達に向かい合う。


「こうして足を切られた生贄のみんなは、動けなくなっちゃうってなワケ。

 ここからァ、泣いても喚いても逃げられねぇ生贄のみんなはァ、自分達が神サマに捧げられるサイッコーのエンタメショーを、クライマックスまでゲキヤバ最前列で堪能してもらうぜ。

 さぁ、祭りだァァ!!」


 ガイドの掛け声を合図にして、一緒に登ってきた島民達は生贄達を抱え挙げた。島民達は生贄を抱え運びながら朗々と歌い始め、登ってきた階段を広場へ向かって降りていった。


 階段を降りると、広場は端に設置されていた屋外スピーカーから流れるベースリズムの重低音だけが全てを塗り潰していた。焚き木を囲むように等間隔の隙間を置いて並べられた椅子に、生贄の一人一人を縛り付けていく。椅子は焚き木を背にしており、縛る縄は生贄の身体に深く食い込み、身動ぎさえ許さない程だった。けれど、生贄は誰もがボンヤリと成されるがままに任している。


 全ての生贄を縛り終えると、島民達は中央の焚き木を囲み、彼らの前を廻り始めた。最初は歩きながら生贄達を見つめている。次第に、手振りが増え、足取りが拍子を刻み、スピーカーから流れ続けていたベースリズムに合わせた歌が始まる。


 前しか見えない生贄達は、入れ替わり流れていく島民達の奇妙でありながら熱狂的な踊りと歌を眺め続ける。歌は段々と激しく早く、力強くなっていく。


 そして、積み上げられた焚き木に火が放たれた。


 生贄達は燃え盛る炎の熱を背中に感じると同時に、叫びの様な遠い音を聞き、儀式がクライマックスへ突入していくのを肌で予感した。目の前を駆け抜けていく島民達が叫ぶ歌声はもはや聞き取る事さえ出来ない音の奔流となって、生贄達を揺さぶっていく。


 狂う様な歌と踊りの中、しばらくして、島民と共に踊っていたガイドが生贄達の束縛を解いていった。椅子から解き放たれた生贄達は、思い思いに立ち上がったり、崩れる様に地面へ手をついたり、焚き火を仰ぎ見たりした。そして、生贄達は誰に言われるでもなく、島民達の輪の中へと入っていった。


 歌とも言えぬ叫び声と踊りとも言えぬ熱狂だけが、広場を駆け巡り続けた。歌い、踊り、休みもせずに一時間程が経つと、組み上げられていた焚き木は焼けて崩れ落ち、炎は自然と鎮火していった。その崩壊と同じくして輪の踊りも崩れ、歌声は消えていき、スピーカーの音もいつの間にか止まっていた。


 生贄達と島民達は疲れ切り、その場に各々が座り込み、燃え尽きていく焚き火を眺めながら、興奮の余韻に浸るのだった。


 焚き火が完全に消えた頃、広場の端からバーベキューセットが運び込まれ、楽しい食事会が始まる。儀式を終えて、生贄達は観光客の一人一人へと戻ったのだ。


 島民達と共に観光客達がバーベキューをし始めて、一人の観光客が違和感に気付く。


「あれ、あの子、何処行った?」

「ああ、それについては安心しちゃってェ。体調が悪くなったっぽいんで、先にお宿で休んで貰ってるんで、ダイジョウブッ」


 ガイドは軽快に答え、焼き網からトングでちょうど良い焼き加減の肉を掴んで観光客の皿に配った。


 日が沈みかける時刻と共にツアーは終了し、三人の観光客は海辺の宿泊施設へ戻っていった。だが、宿に先に帰っていた筈の子は居なかった。翌朝の帰りの乗船予定時間になっても姿を現さなかった。


 残された三人の観光客はツアーガイドに連絡を取ると、なんだかよくワカラナイが説明を受けた。それによるとダイジョウブの様だった。


 三人の観光客は予定通りに帰りの定期船へ乗り込み、船はゆっくりと港から離れていった。彼らのフワフワとした頭で何も考えられず、居なくなった子の事はイなくなったのが当然だと受け止めたまま、海の向こうへ帰っていった。


 こうして、定期的に若くて新鮮な生贄と言う供物が神に捧げられ、信仰のエネルギーになるのだ。島民達にとって、島の外から来る観光客は皆、生贄に見えている様だ。


 神としては、島に足を踏み入れた者は誰でも、神の庇護下にあると考えているのだがな。しかし、観光客からの祈りを受けても、神が恩恵を与える頃には島外に出てしまい、別の神の庇護下となるのも事実では有るので、島民の考え方もあながち間違いとも言えない。


 だが、そもそも、この生贄体験ツアーで語られている儀式はツアーの為に創作されたものである時点で、そこに神への信仰は在るのかと言う問題だ。昔の神々は、自身の庇護下の民には手順と格式を備えた儀式を遵守させる事で、その信仰心を判断していたらしいのだが。神は、神を祈ってくれるならば何様であろうとも応えたくなるのだ。


 神のその様な具合からか、島民は歴史ある儀式でも独自のアレンジを加えたがる癖がある。

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