第5話「和解の狂執」後編

 一方、凛の方の様子はと言うと……。




[如月 凛]

 「本日からお世話になります、わたくし如月凛と申します!今日からよろしくお願い致します!」




 と、凛が周りに元気良く自己紹介をすると。






 パチパチパチっ!!






 喫茶店内で響く何人かによる歓迎の意味を込めた拍手の音が聞こえだす。




[喫茶店オーナー]

 「一応、紙には短期って書いてあったけども。今日からよろしくね」



[如月 凛]

 「はい!めいいっぱい頑張ります!」




 この通り、今日が喫茶店初出勤の凛。




[喫茶店オーナー]

 「ちょーうど人手ひとで足りなくて困ってた所なんだよー。えーと……あ、ねぇねぇ仁ノ岡にのおかくーん!ちょっと良いー?」




 大きな声をあげて誰かに手招きをしているオーナー。




[如月 凛]

 (ニノオカ……?)




 凛はオーナーが手招きした方を見てみる。



 そこに居たのは……。




[仁ノ岡と言う男]

 「は、はい!なんでしょう」




 暗い紺色のサラサラした髪に、赤紫色の瞳の切れ長の目の男がこちらに小走りをして来る。



 凛はそれを見て驚く。




[如月 凛]

 (おおっ!すっごくハンサムな方!)



[喫茶店オーナー]

 「悪いけど、俺これから別の店舗に行かなくちゃいけないから、仁ノ岡君が彼の事見といてくれる?」



[仁ノ岡と言う男]

 「はい!分かりました」



[喫茶店オーナー]

 「任せたよ」




 仁ノ岡と言う男がそう言うと、オーナーは荷物を持って店から出て行く。




[如月 凛]

 「ニノオカ様ですね、早速お仕事色々教えて下さい!」




 凛の方から人懐こく話し掛けていく。




[仁ノ岡と言う男]

 「はい、えっとじゃあまずは……」




 凛にそう言われて仁ノ岡と言う男は少し考える。






 カランコロン♪






 その時、店の入口の所のベルが鳴る。




[如月 凛]

 「あっ!」



[如月 凛]

 (早速最初のお客様なのです!よーし……)




 凛は一目散いちもくさんに入口の方に駆けて行った。




[如月 凛]

 「おかえりなさいませー!ご主人様、何になさいますかー?」




 凛はただの喫茶店では普通しないような接客の仕方をする。




[不尾丸 論]

 「は、はぁ?」




 そして店内に入って来たのは、いつしかの車椅子の少年、不尾丸論である。




[如月 凛]

 「おっと……?」



[如月 凛]

 (この乗り物のような物は一体……?)




 凛は車椅子に乗る不尾丸の事を不思議そうに見つめる。




[不尾丸 論]

 「……?」




 すると不尾丸も凛の顔を見る。




[如月 凛]

 (驚きました、こんな物天界には無いのです……)



[不尾丸 論]

 「……何?"身体障害者"がそんなに珍しい訳?あんま見ないでくれる?嫌いなんだよね、その目」




 凛の不尾丸に対する態度が気に触ったのか、不尾丸は少し強い口調でそう言い放った。




[如月 凛]

 「えっ……?あ、い、いえ…………」



[如月 凛]

 (怖い、シンみたいに冷たい方なのです。それになんだか棘のある……)




 不尾丸の言葉を受けて動揺しつつも、一歩後ろに下がって道を開ける凛。



 そのタイミングで不尾丸も前に進んで行く。




[不尾丸 論]

 「てかるい居るー?」




 車椅子に乗ったまま誰かを呼ぶ不尾丸。




[如月 凛]

 (ルイ?ルイって誰の事でしょう……?)



[仁ノ岡 塁]

 「貴様……また来たのか」




 仁ノ岡が不尾丸の進行を後ろから止める。



 そしてそのまま車椅子のグリップを握って席の方に案内して行く。




[如月 凛]

 「……!?」




 店を彷徨うろつく不尾丸に対応したのは先程の仁ノ岡だった。



 不尾丸が言う塁とは、この男仁ノ岡にのおかるいの事である。




[如月 凛]

 (に、ニノオカ様!?急にお怒りになった大神たいしん様みたいになったのです……!)




 さっき凛やオーナーと喋っていた時とは違う口調の仁ノ岡であった。




[不尾丸 論]

 「なんだ居るじゃん。コーラで良いよ、持って来て」




 その後不尾丸は杖を使って適当な席に着き、オーダーは仁ノ岡に要求する。




[仁ノ岡 塁]

 「……分かった」




 仁ノ岡はそう応えてキッチンの方に入って行った。




[如月 凛]

 「あ、ニノオカ様……」



[如月 凛]

 (どうしましょう、何をしたら良いのか分からなくなってしまいました……)




 仕事を教える人が居なくなり、そのまま立ち|往生(おうじょう)してしまう凛。




[不尾丸 論]

 「何突っ立ってんの、新人?」



[如月 凛]

 「あ、はい!わたくし如月凛と申します!」




 凛はこうやって大空から貰った自分の名前を度々口に出したがるのだ。




[不尾丸 論]

 「はいはい、無駄に丁寧な挨拶どうも。てか、急に名乗られても困るんだけど」



[如月 凛]

 「そ、そうですか……」




 冷たい対応をされてシュンとなって落ち込んでしまう凛。




[不尾丸 論]

 「……暇ならキッチン手伝ったら?ほらあっち」




 動けなくなっている凛を気にした不尾丸はキッチンの入口の方を指さす。




[如月 凛]

 「あ!そうですね。では、行ってきます!」




 凛は不尾丸にそう宣言してキッチンの中へ走って行く。




[如月 凛]

 「ニノオカ様ー!何かお手伝い出来る事ありますかー!?」




 凛はキッチンに入るなり、また大きな声を出す。



 ──次の瞬間。






 パリンっ!!






[如月 凛]

 「!?」



[仁ノ岡 塁]

 「あっ」




 床にはコーラだと思われる茶黒ちゃぐろ色のジュースがこぼれ、割れた瓶の破片が散らばる。




[如月 凛]

 「あっ!ニノオカ様大丈夫ですか!?」




 凛はすぐに仁ノ岡の元へ駆け寄る。




[仁ノ岡 塁]

 「あ、あ、どうしよ……どうしよ」




 割れたガラスとコーラを見て狼狽うろたえている仁ノ岡。




[如月 凛]

 (ニノオカ様、酷く慌ててらっしゃる!)



[仁ノ岡 塁]

 「ま、まずは拾わなきゃ……その後拭いて……」




 仁ノ岡はかがんで割れた瓶の破片を既で拾いだす。




[如月 凛]

 (ハッ……!私が大きな声を出しちゃったからだ……!)



[如月 凛]

 「ごめんなさい!私も手伝います!」




 加えて凛も床に屈んで破片を一緒に拾っていく。




[如月 凛]

 「ニノオカ様、怪我は無かったですか?」




 破片を拾いながら仁ノ岡の事を心配する凛。




[仁ノ岡 塁]

 「…………」




 凛の心配に何も応えてはくれない仁ノ岡。




[如月 凛]

 (あれっ?)




 凛の言葉を無視して、仁ノ岡はひとりで床を片付ける。




[如月 凛]

 (ニノオカ様、私の声聞こえていらっしゃるんでしょうか?)




 何か仁ノ岡に不審を感じてしまう凛であった。



 ……。




[如月 凛]

 「お客様お待たせ致しましたー!こちらコーラでございまーす!!」




 凛はお盆にコーラとストローを乗せて不尾丸のテーブルまで運んで行く。




[不尾丸 論]

 「ん、ありがと。でもうるさい」




 すかさず不尾丸は凛に声が大きい事を指摘する。




[如月 凛]

 「ハッ……!ごめんなさい!」




 凛は素直にそう謝り、不尾丸に対して深く頭を下げる。




[仁ノ岡 塁]

 「……」



[不尾丸 論]

 「コーラ用意するだけなのに、随分時間掛かってたね」




 不尾丸は奥で立っている仁ノ岡に向けてそう言う。




[如月 凛]

 (あっ、それは床を片付けてたから……)



[不尾丸 論]

 「……何かあった?」



[仁ノ岡 塁]

 「うん?別に」




 仁ノ岡はぶっきらぼうにそう答えた。




[如月 凛]

 (このおふたりはご友人……知り合いなんですよね?)



[不尾丸 論]

 「じー……」




 気付くと凛は不尾丸に顔をじっと見られていた。




[如月 凛]

 「な、なんでしょう……?」



[不尾丸 論]

 「ごめん、あんた邪魔」




 不尾丸は凛の顔を見て笑顔でそう言い放つ。




[如月 凛]

 「えっ、エッーーー!?」



[如月 凛]

 (ガーンっ……!!)




 分かりやすくショックを受けるリアクションをする凛。




[仁ノ岡 塁]

 「あ、じゃあ如月さん。床の掃除の続きをしといてくれますか?細かい破片とかがまだ落ちてないか見て来てほしいです」



[如月 凛]

 「あ、はい!お任せ下さい!」



[仁ノ岡 塁]

 「お願いします」




 そう言うと凛はまたキッチンの方に走って行った。




[不尾丸 論]

 「へぇ珍しく気が利くじゃん。客も少ないし今暇でしょ?ちょっと話しようよ」



[仁ノ岡 塁]

 「……仕事中なので」




 しばらく沈黙が続いた後、不尾丸から再び口を開く。




[不尾丸 論]

 「お前なんでバイトなんて始めたの?」



[仁ノ岡 塁]

 「…………出る為だ」




 ふたりの間には重い空気が流れている。




[不尾丸 論]

 「出るって、施設を?」



[仁ノ岡 塁]

 「ああ」




 不尾丸はその言葉を聞いて仁ノ岡に対して悲しみをはらんだ目で見つめる。




[不尾丸 論]

 「なんで?18になるまで居れば良いじゃん」



[仁ノ岡 塁]

 「いや、もう充分だ」




 きっぱりとしている仁ノ岡。




[不尾丸 論]

 「……9歳からの仲じゃん、オレら」



[仁ノ岡 塁]

 「すみません。お客様と話しすぎるのも良くないので」



[不尾丸 論]

 「寂しいじゃん」




 微かに、無理して口元で笑う不尾丸。



 不尾丸のその言葉を最後に、仁ノ岡はさっさと業務に戻って行く。



 そしてそのまま数時間が経った。




[喫茶店オーナー]

 「お疲れ!ふたりとも、上がって良いよ〜」



[仁ノ岡 塁]

 「あ、はいっ!お疲れ様です」



[如月 凛]

 「はい!お疲れ様です!!」



[喫茶店オーナー]

 「如月さん、初日から頑張ってたね。愛想も良くて良い感じだよ〜」



[如月 凛]

 「わぁ、ありがとうございます!」




 褒められて嬉しそうな凛。



 オーナーに声を掛けられた凛と仁ノ岡は、帰る準備をしていく。




[仁ノ岡 塁]

 「お疲れ様、如月さん」



[如月 凛]

 「お疲れ様です!あの、先程いらっしゃったお客様は、お知り合いですか?」



[仁ノ岡 塁]

 「先程……?」



[如月 凛]

 「はい!あの、何か凄い乗り物に乗っていましたあの方なのですが……」



[仁ノ岡 塁]

 「あ、あー……知り合いですね。不尾丸論って言うんです、あいつ」



[如月 凛]

 「フオマル……ロン様!それで、あの方が乗っていた不思議な乗り物、あれって一体なんなんですか?」



[仁ノ岡 塁]

 「えっ、あれって……如月さん車椅子見た事無いの?」




 仁ノ岡は凛の事を『まさか』とでも言うような顔で見る。




[如月 凛]

 「車、椅子?……分かりません」




 凛は天界育ちで、天界には無い車椅子の事を知らない。




[仁ノ岡 塁]

 「そうなんですか……説明すると、あれは論にとって無くてはならない物で、足で歩く代わりに使う物なんです」



[如月 凛]

 「歩く代わり?ですがロン様にも足がありましたよ?」




 不尾丸にも普通の人と変わらない見た目の両足が一応ある。




[仁ノ岡 塁]

 「生まれつき歩行が苦手みたいで、俺もあいつに初めて会った時から車椅子でしたし」



[如月 凛]

 「歩行が苦手……ほぉ、なるほど、そうなんですか。それと、ロン様自分の事を確か"シンタイショウガイシャ"とおっしゃっていました。あれもなんですか?私が初めて聞く言葉なのですが」



[仁ノ岡 塁]

 「……凄いズカズカ聞いてくるんですね」



[如月 凛]

 「へ?」



[仁ノ岡 塁]

 「あっ、なんでも無いです。じゃあ俺は帰ります!お疲れ様でした」




 それだけ言って仁ノ岡は外へ出る扉から荷物を持って出て行った。




[如月 凛]

 「あっ……」



[如月 凛]

 (行ってしまわれた、何かまずい事を聞いてしまったのでしょうか?)




 そして凛も仮の住まい、朝蔵家へと帰って行く。




[朝蔵 葵]

 「リンちゃんお帰りー、バイトお疲れ様。お腹空いたでしょ?」



[如月 凛]

 「はい!もうペコペコです!」




 食卓には凛の分だけの皿が用意されている。




[朝蔵 真昼]

 「はいまたぼくの勝ちー!」



[加藤 右宏]

 「あ!チクショまた負けター!」




 勝ち誇ったような表情の真昼と、心底悔しそうな様子のミギヒロ。



 子供達は楽しくトランプをしている。




[朝蔵 千夜]

 「右宏ちゃんよわよわだね♡真昼君つよーい!さすがぼくちんの弟!」



[朝蔵 大空]

 「さすが私の弟!」



[朝蔵 真昼]

 「そう言うの良いから」






 「和解の狂執」おわり……。

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