第10話「空の他人」前編

[朝蔵 真昼]

 「アサノヨゾラさんじゃないですかー」




 街灯の光に照らされて、シルエットだけだったものがその内あらわになる。




[朝蔵 大空]

 「お兄ちゃん!?」




 私は思わず叫ぶ。



 私と真昼は、目の前に現れた人が誰なのか分かってしまった。




[朝蔵 千夜]

 「おっ、大空ー!真昼ー!おひさー♪」




 キャリーケースを引いて、こちらに手を振りながら向かって歩いて来る私達の千夜お兄ちゃん。




[朝蔵 真昼]

 「やっぱりアサノヨゾラだ」




 朝蔵千夜、別名アサノヨゾラが今ここにいる。




[朝蔵 大空]

 「なんで……」




 真昼とふたりで夜の散歩をしていただけなのに、なんでこのタイミングでお兄ちゃんが私達の所に現れるの?




[朝蔵 千夜]

 「なぁに、ふたりとも?お兄ちゃんの事迎えに来てくれたの?きゃー嬉しい〜♡」




 わー……話し方が凄い、ギャル?みたい。



 なまで見ても本当に女の子にしか見えない、これじゃもう兄としては見れない、いて言うなら姉だろう。



 それでも昔から男子にしては可愛い顔していた千夜お兄ちゃんであるが……。



 ここまで性別選別せいべつせんべつ不可能な域に達してしまったとは……。




[朝蔵 大空]

 「あ、あははは……」




 私の口から乾いた笑いが出る。



 かつての私達の千夜お兄ちゃんとはもう何もかもが違うよ。



 そんなに髪とか空色そらいろのメッシュ入れて無かったし、長さだってもうちょっと短かったし。



 服装だってそんな可愛いフリフリしたブラウスと、ミニスカ履いてなかったよ?



 なんと言うか、サブカル系?って言うのこう言うの?




[朝蔵 千夜]

 「でもダメだよぉ、若くて可愛い子が夜道を歩くなんて!絶対ダメ!めっ!!」



[朝蔵 真昼]

 「その"若くて可愛い子"に僕を含みますか?」




 そう真昼に言われてお兄ちゃんは人差し指を可愛いらしく振る。



 どう言う意味かは分からないがあざとい事だけは分かる。



 それに実際真昼は若くて可愛い子に余裕で入ると私も思う。




[朝蔵 真昼]

 「な、慣れねぇ……」




 最愛の我が弟とのせっかくのふたりきりの夜の散歩を強制中止にされて家に引き戻される。




[朝蔵 葵]

 「あーら!千ちゃんおかえり〜」




 お母さんは久し振りにお兄ちゃんが帰って来たと言うのに割と普通にしていた。




[朝蔵 千夜]

 「お母さん♪ただいまっ」




 この雰囲気、お母さんさては……。




[朝蔵 大空]

 「お母さんもしかして、お兄ちゃん帰って来るって知ってたの?」



[朝蔵 葵]

 「そうなのよ、ごめんなさいね。だって千ちゃんが内緒にしてって言うから〜」



[朝蔵 千夜]

 「そゆことっ♡」




 この親子、そう言う事する。



 それから私達は、家族揃って玄関で話すのも寒いし足が疲れるのでリビングの食卓で座って話す事になる。




[朝蔵 真昼]

 「千兄、仕事はいいの?」



[朝蔵 千夜]

 「んー?」




 確かお兄ちゃんにはファッションデザイナーの仕事があったはずだ。



 あとテレビ出演とかその他メディア関係の仕事なんかもあるんじゃないだろうか?




[朝蔵 千夜]

 「ああっ、しばらく活動休止するのー♪だから久し振りに里帰りーって訳!」



[朝蔵 葵]

 「お疲れ様、千ちゃんっ♪」




 お母さん、千夜お兄ちゃんが久し振りに家に帰って来て嬉しそうだなー。



 私も嬉しいけど、嬉しいんだけど……なんか、雰囲気に慣れないよ。



 変わり果てた兄の姿に妹の私は複雑な気持ち。



 そして弟の真昼もきっと同じ気持ちだと思う。



 お兄ちゃんって昔はもっと真面目で、硬派な感じだったのになー。




[朝蔵 千夜]

 「あっ、ちなみに1年は休むつもりだから〜よろしく!」



[朝蔵 真昼]

 「そんなに?アサノヨゾラさんは相当稼いでるんだね」



[朝蔵 千夜]

 「えへへっ、もーそう言う嫌らしい事言わないの真昼っ!大空もそう思うよねー?」




 お兄ちゃんがこっちを見てきて笑顔で私に同意を求めてきた。




[朝蔵 大空]

 「う、うん……」



[朝蔵 千夜]

 「あと、ここではアサノヨゾラじゃなくて。君達の兄、千夜君だからよろしくー♪オフん時はオフだから、アタシ」




 アタシ??



 一人称まで変わってる……前まで『俺』とかじゃなかった?



 ほんと、一体どこで男の娘になろうって考え出したんだろう?



 謎は深まるばかりです。



 ……。



 その日の夜。






 ブー!ブー!






 リビングのテーブルで、大空のケータイから着信音が鳴らされる。




[朝蔵 千夜]

 「ん?」




 それにお風呂上がりに雑誌を読んでいた千夜が気付く。




[朝蔵 千夜]

 「誰のケータイ?」



[朝蔵 葵]

 「それは……大空のね」




 しかし大空はもう部屋で休んでしまっている。




[朝蔵 千夜]

 「そうなんだっ」




 千夜は大空のケータイ画面をチラッと見る。




[朝蔵 千夜]

 「は?」




 五木くんからメールが1件届いています。



 と、画面に1つ表示されている。




[朝蔵 千夜]

 「……」




 千夜は大空のケータイを操作し刹那から届いたメールの内容を見る。



 そこには……。



 真昼くん体調良くなった?

 お前も気を付けろよ!

 おやすみ



 と、刹那の言葉で書いてある。




[朝蔵 千夜]

 「チッ……」




 思う所があってその場で舌打ちをする千夜。




[朝蔵 葵]

 「千ちゃん?どうしたの?」




 朝蔵母が千夜の異変に気付き様子を確かめる。




[朝蔵 千夜]

 「ううん!なんでも無いよーん♪」




 上手くご機嫌に装う千夜。




[朝蔵 葵]

 「あらそう?お母さんもう寝るわね」



[朝蔵 千夜]

 「うん!おやすみ!」



[朝蔵 葵]

 「電気消しといてねー」




 そう言ってリビングから出ていく朝蔵母。




[朝蔵 千夜]

 「はーい♡…………」




 そして千夜以外誰も居なくなってしずかになったリビング。




[朝蔵 千夜]

 「あいつ……俺との約束、破りやがったな」




 そう言って千夜は大空のケータイの画面を閉じてそれを握り締めた。



 千夜はその手で大空の部屋に向かう。




[朝蔵 千夜]

 (どう言うつもり?あいつも、大空も……)






 ジャー!ガチャ。






[朝蔵 千夜]

 「あっ……大空?」




 千夜はトイレから人がひとり出て来るのに気付く。




[加藤 右宏]

 「ふわぁ……んァ?」




 ミギヒロが眠そうに欠伸あくびをしながらトイレから出て来たのだ。




[朝蔵 千夜]

 「えっ、だ……」




 千夜が『誰!?』と言おうとしたところ。




[加藤 右宏]

 「誰だお前はーーー!!?」




 ミギヒロが千夜より大きな声で先手を打った。




[朝蔵 千夜]

 「こっちのセリフだー!!」




 廊下じゅうに鳴り響くふたりの大声。



 だがこの時点ではまだ誰も起きては来なかった。




[朝蔵 千夜]

 「ふ、不法侵入でしょ?!」




 自分の知らない人が自分の家に居て怯える千夜。




[加藤 右宏]

 「もしかして、アナタが千夜お兄ちゃんってやつですカ?」




 ミギヒロが先に落ち着きを取り戻し、千夜との会話をこころみる。




[朝蔵 千夜]

 「君にお兄ちゃんって呼ばれる筋合い無いよ、辞めてくれるかな?じゃなくて……君ほんと誰なの?警察呼ぶよ?」



[加藤 右宏]

 「オレ様は魔法使いミギヒロ!なのダー!」



[朝蔵 千夜]

 「……は?もう警察呼ぶから」




 ミギヒロの渾身の自己紹介は千夜の目には異常者にしか映らなかった。




[加藤 右宏]

 「うわー!警察ってなんか怖いとこナンダロー?頼むカラ辞めてくれー!」




 ミギヒロが警察と言う言葉に反応して千夜の元に迫る。




[朝蔵 千夜]

 「ちょっと……寄らないでくれますか?」




 露骨に嫌そうな顔をする千夜。






 ガチャ。






[朝蔵 大空]

 「もーお兄ちゃん!ミギヒロ!うるさい!」



[朝蔵 真昼]

 「お姉ちゃんもうるさいよ……」




 ふたりの掛け合いに痺れを切らした大空、真昼も自分の部屋から廊下に出てくる。




[朝蔵 千夜]

 「ああ!ふたりとも、家に不審者がいるよ!やばいよ!」



[大空&真昼]

 「「不審者?どこ?」」




 大空と真昼はふたり揃って周りをキョロキョロする。




[朝蔵 千夜]

 「えっ……ここ!ここにいるじゃん!」




 千夜はミギヒロを右手で指さす。




[加藤 右宏]

 「へけ?」




 とぼけるミギヒロに全員の視線が集まる。




[大空&真昼]

 「「あー……」」




 兄の言っている事をやっと理解する妹と弟。




[朝蔵 千夜]

 「え、何その反応……どう見たって朝蔵家の人間じゃない人がいるでしょ!?」



[朝蔵 大空]

 「ミギヒロの、事ね……」



[朝蔵 真昼]

 「もう居るのが普通だし」




 大空は真昼の顔を見て笑い、真昼はそれに真顔で返す。




[朝蔵 大空]

 「じゃあおやすみー」



[朝蔵 真昼]

 「おやすみ」



[加藤 右宏]

 「おやすみ〜」




 各自、自分の部屋で寝に帰る。




[朝蔵 千夜]

 「えんっ?」




 納得出来ないままひとり廊下に取り残される千夜。



 グッドナイト……♪



 ……。




[朝蔵 大空]

 「行ってきます!」



[加藤 右宏]

 「行ってきますナノだ!」




 それから朝になって、今日はミギヒロと登校する時間が重なった。




[朝蔵 千夜]

 「……」




 玄関に立ったままミギヒロの方を見ているお兄ちゃん。




[朝蔵 大空]

 「お兄ちゃん?」



[朝蔵 千夜]

 「あっ、うん!いってらっしゃいねっ♪」



[朝蔵 大空]

 「うん!」



[加藤 右宏]

 「はーい!」






 バタンっ……。






 家から出掛けていく私とミギヒロ、またひてり残される千夜お兄ちゃん。




[朝蔵 千夜]

 「……これ、気にしたら負けってやつ?」




 ……。




[二階堂先生]

 「皆おはよう、もうすぐうちの文化祭だな。という訳で……」




 先生が黒板にカリカリと何か書き始める。




[二階堂先生]

 「うちのクラスは劇をやる!」






 騒然とするクラス。






[永瀬 里沙]

 「きょ、強制?!」



[二階堂先生]

 「劇は代々、その年の2年2組がやるって決められてるんだ」




 そんな伝統聞いた事無いよ……。




[文島 秋]

 「劇って言っても、なんのでしょうか……?」




 文島君が二階堂先生に問い掛ける。




[二階堂先生]

 「いや、それは自由だ。本来話し合いで決めるものだが……面倒だしひとりずつ紙に書いて抽選にしよう!」




 な、何書こうかな!?



 劇って言ったらロミオとジュリエットだけど……ちょっと定番すぎるかな?



 うーん……っと。




[卯月 神]

 「面倒臭い……」




 右横に座っている卯月君かボソッと呟く。




[朝蔵 大空]

 「卯月君、何するか決まった?」




 私は思い切って卯月君に話しかけてみる。




[卯月 神]

 「えと……僕はこう言うのはよく分からないので、白紙で出そうかと」



[朝蔵 大空]

 「え、それはちょっと……」




 こう言う場で白紙で出すのはなんか不味い気がする。




[卯月 神]

 「良くないですか?」



[朝蔵 大空]

 「あ、うん。せめて何か書かないとだけど……」




 卯月君、絵本とかあんまり読んだ事無いのかな?




[卯月 神]

 「では、そう言う貴女は何にするんですか?」



[朝蔵 大空]

 「えっとー、私は白雪姫!」




 私は小さい頃、白雪姫の絵本をよく読んでいた。



 時にはお母さんやお兄ちゃんが読み聞かせしてくれた場合もあった。




[卯月 神]

 「シラユキヒメ?ふーん……」




 白雪姫って割と有名なお話だと思うんだけど……この反応、卯月君知らないのかな?




[卯月 神]

 「僕も同じにしても良いですか?」



[朝蔵 大空]

 「え?いいよ?」




 私と同じにするのか……でも、思い付かないならしょうがないよね。




[卯月 神]

 「教えてほしいんですけど、そのシラユキヒメってどう言う漢字ですか?」



[朝蔵 大空]

 「漢字?漢字は、白い雪のお姫様で、白雪姫だよ」



[卯月 神]

 「なるほど、ありがとうございます」




 卯月君もしかして意外と漢字に弱い?




[二階堂先生]

 「結果発表ー!!」






 つづく……。

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