第6話「気絶許」後編

 ちなみに誰もまともに笑わなかった。



 かろうじて見えるのは、愛想笑いに愛想笑い。



 世の中二番煎にばんせんじと言うものはウケないのだ。




[増田先生]

 「じゃ、帰りまぁす……」




 増田先生は、自分だけスベってしまったのがショックだったのか、不貞ふてくされた様子でショボーンと教室から出て行ってしまった。




[巣桜 司]

 「……」




 司君はと言うと、文字通り真っ白になって机に持たれている。




[二階堂先生]

 「これでホームルーム終わりまーす」




 朝のホームルームが終わると二階堂先生は教室から出て行く。






 ざわざわ……ざわざわ……。






  ホームルーム後の休み時間、ざわざわと賑やかな私達の教室。



 皆、司君の席の周りに集まっている。



 そのそれぞれが司君に質問攻めだ。




[巣桜 司]

 「あっとーえとー……」




 司君はキョドりながらでも頑張って皆の質問に答えている。



 皆どうしたの?卯月君の時は、誰もこんな騒がなかったよね?



 まあ卯月君自体が人を避けてるし、寄せ付けないオーラがあるもんね、今だって隣に居るけど。



 あとタイミングかなー?



 丁度新学期な事もあったし。




[永瀬 里沙]

 「すっごい可愛い……狂沢君とかとはまた違った可愛さ……うちのクラスに美少年が、いや……美少女が!」




 ほわ〜とした惚れたような顔で美少年・美少女を語る里沙ちゃん。




[朝蔵 大空]

 「何言ってるの里沙ちゃん……」




 確かに司君はお肌が白くて、ショートボブぐらいの髪の長さであるし、お目目めめもピンク色できゅるんとしててとっても可愛い。



 と言っても司君、背は一般男性ぐらいある。



 顔に似合わずスラッとしていてスタイルが良いように見える。




[巣桜 司]

 「はひ」




 これはしばらくは司君の話題で持ち切りだろうなー。



 この調子だと他のクラスの人達にも人気が漏れそう。



 本当にこの高校、イケメンや可愛い子に目が無いんだから!




[狂沢 蛯斗]

 「巣桜君!写真に興味はありませんか!?」




 皆もう気が済んで、司君の周りから人が散った頃だった。



 怖いくらい大人しいなと思っていた狂沢君がついに司君へ絡んで行った。




[巣桜 司]

 「写真!?」




 うわぁ……。



 私以外にも狂沢君の勧誘の魔の手が、哀れな被害者が……司君、気弱さんみたいだし、断れなさそー。



 こう言う時、やっぱり私が助けに行くべきかな?



 でも相手は狂沢君だし、巻き込まれたくないなぁ、と言う気持ちもある。




[巣桜 司]

 「写真……しゃしゃしゃ、しゃ写真!?い、嫌ですー!写真は嫌なんです!」




 おっと、これは不味い流れ。



 また泣き出してしまうぞ。




[狂沢 蛯斗]

 「い、いきなりなんですか?」




 号泣しだした司君に狂沢君はびっくりしている。




[巣桜 司]

 「いやぁー!と、撮らないで下さいぃ!!出てきちゃいますー……」




 出てくる?って、何が?



 嫌すぎて嘔吐おうとしちゃうって事??




[狂沢 蛯斗]

 「う、うるさいですよ!静かにして下さい」




 このふたり、もしかして揃って情緒不安定系男子?



 関わってて思うんだけど、ふたりとも感情の起伏が激しいよね。



 司君がイヤイヤ言いながら泣き叫ぶ。



 そんな司君に狂沢君もイライラしている様子だ。



 クラスの皆も司君に視線を集める。




[巣桜 司]

 「う、うっ、わん……ひ、ひっく……」




 狂沢君に怒鳴られて司君は無理に泣き止もうとしている。



 けどなかなか落ち着けない様子だ。



 普段人を引かせる側の狂沢君が額に汗をかいて引いているようだった。




[永瀬 里沙]

 「デリケートな子だねぇ……」



[朝蔵 大空]

 「ね」




 司君、これから先ここでやって行けるのかな?



 また前の学校みたいになったら残念だな。



 私がフォローしてあげないと!



 私が司君を泣きませる目的で席から立ち上がった時だった。




[狂沢 蛯斗]

 「巣桜君!君は弱い、弱すぎます!」




 ん?



 今言う?って思われるかもしれない事言うけど……。



 あれ、よく見たら狂沢君カメラ替えたんだ。



 この前のと少し見た目が違う気がする。




[巣桜 司]

 「ふぇ、えっと……?」




 司君は涙をぬぐって顔を狂沢君に向ける。




[狂沢 蛯斗]

 「そんな事では、いつかずるい人間に利用されますよ!」



[巣桜 司]

 「は、はい?」




 狂沢君の発言にただ困惑する司君。




[狂沢 蛯斗]

 「今ボクから君に言える事はそれだけです!失礼します!」




 と言って狂沢君は自分の席に戻って次の授業の準備をし始めた。



 狂沢君、さっきの発言どう言うつもりなんだろう?



 確かに司君みたいな見た目が可愛くて気が弱い子って、人から簡単に搾取されちゃいそう。



 そう考えると、司君も今のままではダメだよね。



 私も思っているが、本人には言えないんだよね。




[巣桜 司]

 「うーん……」




 司君はと言うともう泣き止んでおり、俯いてひとり考え混んでいるようだった。



 狂沢君に言われた事が余程効いたのだろう。




[永瀬 里沙]

 「言ったねぇ……」




 狂沢君、あの子は本当に凄いな、なんでも人にズバズバ言えちゃうんだもん。



 ってなると、私より狂沢君の方が司君の面倒をよく見れちゃったり?



 いや、そんな訳無いか!!



 司君は繊細な子だもん、卵黄の膜を割らないように、大切に優しく扱わないといけない子なはず。




[狂沢 蛯斗]

 「巣桜君!こんな所で何やってるんですか?サボらないでちゃんとやって下さい!」




 今は理科の実験の授業中。




[巣桜 司]

 「だ、だって……火とか薬物とか、怖くってー……」




 理科室の隅の方で怯えた様子で縮こまっている司君。



 たかが理科の実験でそんなに怖がる人居るんだ……。



 司君ってほんとに女の子みたい。




[狂沢 蛯斗]

 「ただのマッチと塩ですよ、薬物ではなく食品です。高校生ならそれぐらい分かりますよね?しっかりして下さい」



[巣桜 司]

 「あ、そうなんだ……怪しい粉かと思った……」




 司君!?




[狂沢 蛯斗]

 「なんの事を言ってるんですか?」




 司君の問題発言に狂沢君は分かっていない様子だった。



 そして国語の授業、のあとの休み時間。




[狂沢 蛯斗]

 「巣桜君!なんなんですかさっきの!噛み噛みじゃないですか!君のせいで全然話が入ってこなかったんですけど!」



[巣桜 司]

 「ご、ごめんなひゃい……き、緊張しひゃって……」




 司君は涙目になりながら謝るかのように頭を上げ下げする。




[狂沢 蛯斗]

 「現在進行形で噛んでます!噛むのはガムだけにしといて下さい!」



[巣桜 司]

 「は、はひっ!今すぐ買ってきます!」



[永瀬 里沙]

 「いつの時代のヤンキー漫画だよ……」




 司君は教室を飛び出して恐らく購買の方に走って行った。




[狂沢 蛯斗]

 「え、何を……か、買って来ないで良いです!戻って来なさい!」




 狂沢君はそのまま司君を追いかけて教室から出て行ってしまった。




[永瀬 里沙]

 「うんうん」



[朝蔵 大空]

 「うんっ」




 それを見て顔を見合わせる私達。




[永瀬 里沙]

 「結構良いんじゃない?」



[朝蔵 大空]

 「"友達"って感じ」




 司君がここに来て初めて出来た友達って事になるのかな?




[永瀬 里沙]

 「まっ、少し奇妙だけどね」




 あのふたりが仲良く出来ると良いな。



 早速燕さんが喜んでくれそうな実績が出来たかも。



 私は何もしてないけどー。




[狂沢 蛯斗]

 「捕まえ……たっ!」



[巣桜 司]

 「ふぎゃっ!?」




 足の早い狂沢に、足の遅い巣桜はすぐに追い付かれてしまう。




[狂沢 蛯斗]

 「さぁ、戻りますよ」




 巣桜を引っ張って教室に戻ろうとする狂沢、引っ張られる巣桜。




[巣桜 司]

 「嫌!嫌なのです!乱暴しないでー!」



[狂沢 蛯斗]

 「ひ、人聞きの悪い事言わないで下さい!」




 その時、廊下の向こうから何かが近付いてくる。



 その前方には取っ組み合う狂沢と巣桜。



 スピードをつけて迫り来る何か。



 ふたりがそれに気付かないとそのままぶつかって来てしまいそうだ。




[???]

 「退いて!退いて、退いてー!」



[狂沢&司]

 「「!?」」




 気付いた時にはもう遅い。



 人がふたりの所に猛スピードで突っ込んできた。



 まるでボーリングのピンのようにサイドに散らばる狂沢と巣桜。




[狂沢 蛯斗]

 「痛た……な、なんなんですか」



[???]

 「あ、ごめんね!誰だか知らないけどっ」



[モブA]

 「ぜ、全然追い付けない……」




 その人はひと言ふたりに謝ると、廊下の向こうへと友達であろう男子生徒と一緒に走って行ってしまった。




[狂沢 蛯斗]

 「あれはサッカー部エースの刹那せつな五木いつき!あの人ったら、廊下で鬼ごっこですか……なんて幼稚なんだ、非常識です!」



[巣桜 司]

 「ぷしっ……」




 強い衝撃で気を失う巣桜。




[狂沢 蛯斗]

 「あれっ!?カメラが、ボクのカメラは…?」



 いつの間にか狂沢が首に掛けていたカメラが狂沢の首の元からくなっていた。



 狂沢が廊下を探してもカメラは見つからない。



 焦る狂沢、意識が朦朧もうろうとしている巣桜。



 ……。




[永瀬 里沙]

 「あ、帰って来た……」




 カリカリした落ち着かない様子で教室に帰ってきた狂沢君。



 その後ろに続けて司君も戻って来た。




[永瀬 里沙]

 「どしたん?」



[巣桜 司]

 「狂沢君のカメラが……失くなっちゃったみたいで……」



[大空&里沙]

 「「えーー!!?」」




 カメラなんて高級な物を失くしたとなるとそれは大変だ。




[朝蔵 大空]

 「走ってる途中で落としちゃったとか?」



[巣桜 司]

 「えっと……」



[狂沢 蛯斗]

 「あの人です!アレがぶつかって来てから失くなったんです」




 アレって何。




[巣桜 司]

 「ぼく、気を失ってて見てなかったんですけど、何方どなたがぶつかってきたんですか?」



[狂沢 蛯斗]

 「刹那五木です!あの人がボクらにぶつかって来たんです!」



[巣桜 司]

 「誰?」




 刹那五木、私はその名前の人物を昔から知っている。




[永瀬 里沙]

 「あ、あいつが……」



[朝蔵 大空]

 「……五木君」




 小さい頃よく一緒に遊んでた、千夜お兄ちゃんとは別の、私のもうひとりのお兄ちゃんのような存在。



 確か同い歳の男の子だけど、いつしか話さなくなっちゃったなぁ。



 なんでだっけ?



 昔隣に住んでたはずだけど引越しちゃって、そこは今巣桜になってるし。



 気付けば全然接点も無くなっちゃって、私は知らなかったけど、あの人高校同じだったんだ?



 優しくて頼りになる私の古い幼馴染み。



 今もそれは変わってないはず。




[永瀬 里沙]

 「じゃ、じゃあそれじゃない?間違って持ってっちゃったんじゃない?」



[朝蔵 大空]

 「そんな事ある?」




 人のカメラを間違って持ってくとかあるかな?




[永瀬 里沙]

 「ほら、カメラを首掛けるひもがぶつかった時に運良く刹那君の首に……みたいな?」



[朝蔵 大空]

 「そ、そんな事あるー?」




 里沙ちゃんは狂沢君のカメラを五木君が持っていると言いたいようだ。




[狂沢 蛯斗]

 「運良くないです!運悪くです!」



[永瀬 里沙]

 「うんまあどっちでも良いんだけどさー」




 里沙ちゃんは分かりやすく面倒臭そうだ。




[巣桜 司]

 「ど、どうしよう……」



[狂沢 蛯斗]

 「そう言う事ならすぐに取り返しに行きます!」




 またあわただしく教室から出て行く狂沢君。




[巣桜 司]

 「ま、待って下さい狂沢くーん!」




 司君、狂沢君に着いて行くのが基本になって来てるのね。



 今の所上下関係はしっかりあるっぽいけどこれから良い関係になりそう。




[永瀬 里沙]

 「大空、さっきの話……大丈夫?」




 里沙ちゃんはマジな顔で私にそう言った。




[朝蔵 大空]

 「えっ」




 なんで……?






 「気絶許」終わり……。

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