第04話 1周目 【美少女のお願い】

 内心びびりながら高度を下げ続け、無事地面に両足が付く。


 地に足が付いていることが、こんなに心を落ち着かせるとは齢十六にしてはじめて知った。

 飛行機などに乗った事は数回あるが、文字通り地に足が付かない状況になったのはさすがに初めてなのでしょうがないだろう。


 身一つで空中に浮いてると、ほんと心もとない。

 でも空中を高速移動する魔物モンスターとの戦闘となれば、これ以上の高度を高速移動する必要も出てくるわけで、少しずつでも慣れておく必要はあるな。

 中途半端な高度のほうが恐怖を感じる気がするから、一度飛行機並みの高度まで行ってしまえばいいかもしれない。今度やってみよう。


 まだ「魔法」に慣れて無いんだ、派手な演出が必要だったのは認めるがあまり無茶させないでくれ。


 左手の戦術管制担当グローブを見ながらそう思うと、視界に「SORRY MASTER」と表示された。

 けっこう可愛いなこいつ。

 何で英語なんだと思いはするが。

 この辺深掘りすると危険な気がするので、気にしないことにする。

 間違いなく俺のヲタク気質というか黒歴史が深く関わっているだろうからだ。


 左肩の黒猫が喉をごろごろ鳴らしやがる。

 ――やっぱりか。


「お力添え……いえ救っていただいて感謝いたします。殿


 おお、普通に日本語にしか聞こえない。


 騎士達がきちんと下馬した上で、感謝の辞を述べてくる。

 右手を胸に当て、膝を折ったおそらくは正式な感謝の表明だ。


 自分達だけでは時間の問題で全滅していた事を、理解した上での物言い。

 自分達の矜持プライドを言葉の上で守ったところでなんの意味も無いことをよくわかっている、戦いに身をおく者達の率直な感謝の言葉だ。


 とはいえさっきも思ったが、我ながら相当怪しい存在だと思うのだが、ここまで警戒心が無いのはなぜだろう。

 逆にうちの戦術管制担当グローブは念のために雷属性麻痺の魔法を視界に映る全員に発動可能なように準備しているし、外套マントはなにやら幾重にも魔法防御陣らしきものを展開しているというのに。


 それに俺が「魔法遣い」という事は理解できているようだ。

 逸失技術ロスト・テクノロジーとなっているとはいえ、国の騎士階級ともなれば知識として知ってはいるのか。

 まあ空中に浮いて、雷龍八匹を一撃で屠った雷の矢を目にしていればそういう結論にならざるを得ないのかもしれないが。


「偶然居合わせたので、余計なことかと思いましたが手を出させていただきました。お気になさらず、ヴェイン王国近衛騎士団長カイン殿」


 膝を突いている八人の騎士のうち、カイン近衛騎士団長以外の七名の身体が俺の言葉に反応してびくりと動く。

 俺にとっては左目がこの場に居る全員のフルネームを表示してくれているから、名前がわかるのは当たり前の事だ。必要であればもっと詳細な情報も能力チートの一つである「ステータスマスター」によって知り得る事も可能だろう。 

 だが彼らにとってはそうではあるまい。

 自分達が何者かを知った上で、俺が接触してきたと考えるのが当然だ。

 自作自演を疑われてもやむなしというところか。


 ――警戒していないというわけでは無いんだな。


 続けて何か言おうとしたカイン近衛騎士団長が、慌てて後ろを振り向く。

 馬車から豪華な服を着たおっさんが出てくるのを察知したからだろう。

 後にえらく綺麗な十歳前後の少女と、俺と同じ年くらいの少女も続く。

 

 ヴェイン王国の王様と第二王女、その侍女だな。


 鳶色の髪と目をした侍女でも充分美女なんだが、失礼ながら第二王女はちょっと格が違う。

 進んで横に並びたがる女の子は居ないだろうと思えるくらい、まだ子供なのに「綺麗」だ。

 ふわふわと広がった艶めく金髪とかわいらしく大きな碧眼、真っ白な肌とすらりとバランスの取れた四肢。

 ロリコンの気は無い俺であっても見蕩れてしまう。

 後数年もたてば「絶世の美女」という表現がまったく大袈裟ではない存在になるのは間違いない。


 第二王女という事は必然的に第一王女が居るわけで、似ているのであれば相当な美女だろう。

 とりあえずよほどの事が無い限り、まずはこの国を訪れることにしよう。

 ここから相当な下手を打たなければ、王族との良好な関係も築けそうなことでもあるし。


 まずは第一王女の着替えを覗いて決闘申し込まれて返り討ち、ツンデレ気味に惚れられるあたりが鉄板か。

 第一王女が武闘派かどうかは不明だが、そのお約束路線は是非踏襲したいものだ。

 異世界転移後、即何者かに襲われる王族に遭遇するといテンプレはクリアした訳だし、期待できるはずだ。


 王族だからといって美形だと思ったか? 残念現実は厳しいシビアです。


 ――という心を圧し折る展開も回避できているし、幸先はいいはずだ。


 不埒なことを考えているのが伝わった訳でもあるまいに、侍女の鳶色の瞳が軽蔑の色を浮かべているような気がする。

 大丈夫、自分の疚しさがそう見せているだけ。

 緩んだ表情とのびた鼻の下から推察されたわけではないと信じたい。 


 王の容姿の描写は割愛する。おっさんだが偉い人っぽい空気を纏っているのは確かだ。 

 後方に居た騎士がなにやら止めようとするのを手で制している。


「よい。命を助けてもらった本人が礼を言わぬのでは、ヴェインは礼儀も知らぬ田舎王国よと笑われよう。それに警戒など無意味じゃと思わんか。魔法遣いどのがその気であれば我らなど一撃で塵も残らん。先の雷龍どもをあえて雷の魔法で一掃した実力、抗する事はおろか逃げることも叶うまいよ」


 「王を守る力」であることが存在意義の騎士達が、王の言葉に悔しそうに唇をかむ。

 先の雷龍からすらも、あのままであれば守りきることができなかったことは確かな事実なのだ。

 俺が認識して以降でも、三人の近衛騎士が雷龍の雷のブレスで落馬し、脱落していた。

 最初何人居たのかは解らないが、今からでも間に合うのであれば助けたいところなんだが。


 王様の言うとおり、彼我の戦力差は言葉で何を言ったところで覆せるものでもない。

 だからこそ、さぞや悔しいだろうと思う。

 無力感を突きつけられたときの気持ちはよくわかる。

  

 まだ距離があるため普通であれば聞こえるはずの無い程度の声だが、俺の耳には正確に聞こえる。

 まさか左目だけではなく、自覚無いうちにいろんなところを改造されているのではあるまいな。


 ショッ○ーか。ショ○カーなのか創造主一派。やめろぉおぉ!


 しかし「」か。

 王様の落ち着きようからしても、今見せた程度の戦闘能力は、ありふれているわけではないにせよヴェイン王国は保有しているという事だ。

 カイン近衛騎士団長のステータスを詳しく見てみるが、レベル12とか各パラメーターの数値が表示されてもいまいちピンと来ない。

 比較基準値とするべき自分のステータス値を確認できていないので当然だ。

 最初の言葉が「ステータスオープン!」から「欝だ死のう」になった弊害がこんなところにも。


 さっと確認してみたが、全て二桁前半の数値であるカイン近衛騎士団長に対して、俺の数値は全て三桁後半、魔法に関するあたりは四桁直前の数値だった。

 「魔法遣い」であることを除外しても、たぶん武装したカイン近衛騎士団長を素手で殴り殺せんるんじゃなかろうかこの数値。


 創造主一派シ○ッカーに改造された疑惑が一段と深くなる。

 左肩で大人しい黒猫、元使徒こと珠に疑惑の視線を向けるが何の反応も示さない。

 欠伸すんな。


 まあ現在の俺が一撃で苦もなく屠れた雷龍から逃げの一手だったことから考えても、王の自信の根拠となっている戦力が俺を凌駕している可能性はそんなに高くは無いだろう。

 警戒するにこしたことは無いが、それなりの国家の近衛騎士団長となれば、人の中ではかなり上位の戦闘力を保有していてしかるべきだ。

 それと桁違いといっていい戦力があるとは考えにくい。


 まだ距離があるのに、王がこちらに視線をよこす。


 まさか考えていることを読まれたわけではあるまいが、まだ何も情報が無い状況で一国の王を見くびるのは危険だ。

 とりあえず膝を屈して頭を下げる。


 その俺の様子を見て、カイン近衛騎士団長以下騎士の皆さんが驚く気配が伝わって来る。

 一国の王相手に膝を屈するのがそんなに意外かな?


「頭を上げてくださらんか、魔法遣いどの。確かに余は一国の王ではあるが貴方に命を救われた立場であるし、本来「魔法遣い」とは世俗の権威とは無縁のお立場。礼をとられては余としてはどう振舞っていいかわからなくなってしまうゆえ」


 頭を垂れる俺の目までやってきて、声に困惑をまじえて王様が発言する。

 なるほどそういう事か。

 一国の王に対しては頭を下げ膝を屈するのが無難かと思ったが、現時点のこの世界ラ・ヴァルカナンにおいて「魔法遣い」とはそういう立ち位置に居るわけか。

 カイン近衛騎士団長以下騎士達が驚いた理由は理解できたが、ここはこのままのキャラで行ったほうが無難そうではある。

 向こうも「魔法遣い」がどういう存在なのかを正確に把握できていないのであれば、礼節を守って損する事はまああるまい。


「お許しを得まして。私の名は八神やがみつかさと申します」


 そう答えながら、頭を上げつつ立ち上がる。

 王様に先に名乗らせるわけに行くまいし、それと同時に自分の名前をまず伝える。


 苗字ファミリー・ネームが先でして、名前ファースト・ネームは後なんですよとお約束をかますべきなんだろうか?


 人を見る目に自信など無いが、温和に微笑む目の前の王様に悪意は無いように感じられる。

 死にかけた直後だというのに落ち着いたものだ、一国の王ってこんな胆力の持ち主が普通なのかな。

 あっちの頃の俺なら間違いなく腰を抜かしている自信があるが。


「余はヴェイン王国国王、アルトリウス三世である。魔法遣い殿の事はツカサ殿とお呼びさせて――」


「魔法遣い様! いいえツカサ様! 助けて下さってありがとう! やっぱりサラの神託夢に間違いなんて無いんだわ。ほらお父様、サラの言ったとおりだったでしょう? 素敵な魔法遣い様が助けてくれたでしょう?」


 王様の言葉を遮って、超絶美少女といっていい第二王女が突然俺に抱きついてくる。

 王様は苦笑いし、高貴な立場の女性が得体の知れない男に抱きつく事を阻止し損ねた侍女と近衛騎士達が、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 そうだよな、王女って本来こんな簡単に男の胸に飛び込んでいい存在じゃないよな。

 十歳前後だからまだ自覚が無いのかな。計算尽くだとしたら、その美貌も相まって将来が大変恐ろしい。


 まあ今一番びっくりしたのは俺だけどな!


 ぎりぎりで戦術管制担当グローブが対象に脅威性がなく、排除した際の不利益が甚大だと判断した為に防護障壁を解いてくれたからよかったものの、間に合わなければ最良でも麻痺させて弾き飛ばす、最悪なら死に至らしめていた可能性すらある。

 自律系防御って言うのも場合によりけりで心臓に悪い。


 さておき。


 なるほど警戒しつつも基本的に友好的な態度だったのは、この王女の「神託夢」なるものがその理由か。

 少なくとも王様や近衛騎士団長、近衛騎士たちをそうさせるだけの精度と実績を持った一種の「予知夢」のような能力を、この第二王女が持っているという事なのだろう。


 びっくりした表情を浮かべたままの俺に、第二王女は言葉を重ねる。


「私はヴェイン王国第二王女、サラ・アーヴ・ヴェインと申します、ツカサ様。――ものすごくずうずうしいのは承知しています。でもサラのお願いを聞いて欲しいの! 聞いて下さったら御礼にサラがツカサ様のいう事なんでも聞くから。お願い!」


 よほど切羽詰っているのか、口調が王族としてではなく素の女の子のものになっている。

 さすがに今回は王様も侍女も近衛騎士の皆さんも本気で狼狽している。

 王様というよりお父様の俺を見る目が、一瞬で敵を見る目に変わっている。


 ――まるで鬼のような顔だ。マジ震えてきやがった…怖いです。

 

 王族の約束は口約束とはいえ軽々しくしてよいものではないし、ましてや相手はどうやら敵ではないとはいえ、言ってみればただそれだけの正体不明の男なのだ。

 いや国家権力で磨り潰せる程度の存在ならまだマシだが、それなりの戦力を伴った「魔法遣い」にそんなことを言うのが拙いという事は、ついさっきまで現代日本で高校生をやっていた俺にでもわかる。


 ――いやそういう事でも無いな。


 美少女が得体の知れない男に、軽々しくそんなこと言っちゃいけません。


 みなさい、お父上が泡吹きそうになってるじゃありませんか。

 こう見えてもお兄さんは「もうやだこの国」と自ら嘆く人がいっぱいの国から来た人なんだよ。

 幸いにして俺はロリコンではないけれど、五年後の約束とかさせられたらどうするんですか。

  

「……私に出来る事でしたら」


 俺の答えに、サラ王女がとびっきりの笑顔を浮かべる。


「ありがとう、ツカサ様!」


 これがお礼で充分だと思える破壊力だ、美人は得だよなあ。


 いや不穏な空気を立ち上げるのやめてください、お父様と近衛の方々。

 一番どすぐろい空気を醸しだしてるのが侍女って言うあたりに闇を感じる。


 言質取ったからってお礼におかしな要求はしませんって。




 ……たぶん。

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