第二章 王族邂逅

第03話 1周目 【王様救出】

「鬱だ死のう」


 見渡す限りに広がる大草原、穏やかな天候の下、丘陵の上。

 やわらかな風が吹くこの場所で、俺は膝を抱えてうずくまっている。

 ゆっくりと歩き出す事もできそうに無い。


 異世界に来たら必ず最初に発言しようと思っていた


「ステータス・オープン」


 がまさか


「鬱だ死のう」


 になるとは盲点だった。


 ――そうじゃない。


 よもや「地球世界」が生み出す、すばらしい創作物たちに二度と触れることが叶わないとは。


 そこだけが盲点だった。

 いつか帰れるとかそういう話ではないのだ。


 大好きな小説や漫画やアニメの続き、新作のゲーム。

 動画やネット小説サイトなどは日々更新されているというのに。

 ああ、来週には俺がはまっていたブラウザゲームのイベントが始まるというのに、俺ときたら異世界で能力チート生活を開始しているとは。

 トップランカーとまでは言わないけれど、結構上位に居たんだけどなあ。

 もう少しすれば年に二回の巨大イベントもやってくるのに。

 薄い本達も二度と読む事が出来ないのか。

 

 本気で鬱だ。


 実は異世界転移に憧れるようなメンタルの持ち主は、ネットを始めとした主として日本のヲタク文化から切り離されることに耐えられないんじゃないのか。


 その苦しみを今俺は身をもって体験している。


 あ、創造主ってあれじゃないのか。

 自分が創った「地球世界」の住人が生み出す創作物にはまってたんじゃないのか。


 そりゃ俺が世界を先に進まなくしたら切れるよな、俺でも切れる。


 イベント開始一週間前を、記憶を継続させたまま永遠に待たされたら気が狂う。

 次の展開を楽しみにしている漫画を永遠に待たされたら、三千世界の烏を殺す。


 ……思えばネット小説サイトでは、エタというそれと同じ状況が発生していたわけだが。

 恐ろしい世界だったぜ。


 まあ俺が創造主でも原因をさっさと始末して、イベント開始に備えて資材備蓄するわな。

 いやまあそれが原因と決まった訳じゃないが、相当にくさい。

 ここに珠が居れば問い詰めてやるところなんだが。


『これが居たりするんですよ、実は』


 このやろう。

 いや今は喧嘩を売るべきじゃない。

 まだ交渉相手が居るのであれば、一縷の望みをそこに繋ぐべきだ。


「やっぱりどうしても無理ですか?」


 空中にふわふわ浮かぶ珠に対して情けないが、思わず敬語になってしまう。

 それほどまでにヲタク文化との断絶は俺にとっては大きな問題なのだ。


『まあ一方的に向うから持ってくるだけなら何とかなるかもしれません。即答は無理ですが善処しましょう』


「珠! いい奴だなお前! 初めからそう思ってたけど!!!」


 我ながらびっくりするくらい嬉しくて、日頃なら絶対に言わない調子のいいことも言ってしまう。


『まあ僕がここまでついて来ている目的にも一部合致しますしね。司君の本当に欲しい情報とセットで何とかするように取り計らいますよ』


 くっそ、相変わらずこの見透かしたところが気にくわないが、今は我慢。

 こっちの要望を契約後に善処してもらっているからには、辞を低くするのは当然の事だ。


「で、目的って?」


『ええまあ念のためと言った程度なんですが、司君の異能は我々にとってもよくわからないので有り体に言えば監視ですね。心配しなくてもこんな風に喋るのはこれで最後です。初接触ファースト・コンタクト、と言ってもついさっきですが、その時の助言に従って小動物にでも変化しますので、ペットとでも思っててください。基本、司君に絶対服従のちょっと便利な生き物と思っていただければ』


 絶対服従のまえに基本をつけるなよ、怖いだろ。  


 なるほど、異世界へ放逐してはい御終いというわけにもいかないか。

 万が一に備えて、その動向を監視することは最低限必要になる訳だ。

 最悪の事態を考えれば、寝首をかかれる可能性もあるってことね。

 普通の人間から見れば超越者であるこいつらも、基本的に考える事は人間とそう変わらんものなんだな。


『まあそんなところです。司君の意外に脆い所もわかってしまったのでなおの事ですね。寝首をかいたりしませんよ、巻き戻るだけで僕達への不信感を植え付けるだけなんて割に合わない真似はしません。それとさっきの件は前向きに善処しますのでご期待ください』 


「いろんな意味で頼む」


 その後、珠による状況説明が一通り行われた。

 このラ・ヴァルカナンの現状と今居る地点にはじまり、俺が今現在着ている服やアイテムボックスに入っている装備の説明と、もらった能力チートの起動方法などなど。


 結論から言えば、現在レベル1といっていい俺が後れを取る可能性がある相手は、秘境のボスクラス魔物モンスターか、稀に現れる勇者や魔王クラスくらいしか存在しないらしい。

 現在地であるヴェイン王国領西端、ファルズ連邦との国境付近である西サルタゲイン平原に生息する魔物モンスターでは傷一つつけることも不可能だそうな。

 

 まあやりすぎな気がしなくも無いが、転移して最初の場所で死に戻りもしたくないしな。


 どうやったのかは知らないが俺の存在は完全に「地球世界」から切り離されているとのことで、万が一死に戻りの異能が発動した場合は、戻される時点はこの地に現れた瞬間になるだろうといわれた。

 だろうという言い回しからもわかるように、創造主の使徒たる珠を持ってしても俺の異能はよくわからない代物らしい。


 もとよりほいほい死ぬ気は無いが、珠の説明をもう一度受けるのは嫌なので注意しよう。


 なにやら自律防御がどうの、無効化がどうの、ヒール能力がどうのといろんな効果が付与された服や外套マント、靴などはラ・ヴァルカナンにおける神器級の物と説明された。

 魔法が普通に存在する世界だけあって、まさにゲームのレアアイテムそのものといえる。

 おまけだといっていたが、おまけには過ぎものだと思うんだが。

 まあくれるというものは貰っておこう。


 説明で二番目に驚かされたのは、この世界ラ・ヴァルカナンに魔力は満ちているものの、現時点で「魔法」は逸失技術ロスト・テクノロジーとなっており、「魔法遣い」がそこらに溢れている状況では無いという事実だ。

 

 ――今は失われた「魔法」を駆使する謎の男。


 いい感じだ、いい感じだぞ。

 黒で統一されたやけにかっこいい衣装も気に入ったし、現代日本では着る事などまず無い外套マントが特にお気に入りだ。


 「魔法遣い」といえば杖かと思ったが、魔法発動だけでなく、各種能力チートの統合制御装置として用意されていたのは左手用のオープンフィンガーグローブだった。


 …………。


 い、いや別に黒歴史なんか無い。

 オープンフィンガーグローブを嵌めて外出した事なんかないぞ、絶対だ。


 なにやら複雑な紋章を刻み込まれたこいつは、話しこそしないが意志のようなものがあるらしい。

 俺の思考をトレースし、必要な魔法や能力チートを起動してくれる優れものとのことだ。

 まあその辺は実際に使ってみれば解る。


 一番驚いた事といえば、俺に断りもなく左目が義眼にされていたことだ。

 いや痛みも何も無いし、違和感も全くないから言われるまで気が付かなかった。

 ステータスを表示したり、魔法の目標を定めたり、その辺を実現しようとしたら必須だったというのは、聞かされれば納得せざるを得なかった。

 おかげで俺の目は左が銀、右が漆黒の金銀妖眼ヘテロクロミアとなっている。


 オープンフィンガーグローブと義眼はこの世界ラ・ヴァルカナンのものではなく、使徒こと珠の手による物らしい。

 創造主のアーティファクトといったところか。


 あと右手が空くからとかいう理由で、この世界ラ・ヴァルカナンの神器級武器である「吸精の短剣ドレイン・ダガー」とやらもアイテムボックスには入っていた。

 敵を、その敵から経験値を得る事のできるレア武器らしいが、普通に倒せばいいだけなのであまりありがたみは無いな。

 相手に対するレベルドレイン効果もあるので、強敵の弱体化も狙えるし、この短剣で止めをさした場合は通常の数倍の経験値を得られる効果もあるという。

 「魔法遣い」の俺が活かす場面はそう無いだろうが、貴重な武器だという事は充分理解できた。

 見た目が日本刀の短刀みたいでものすごくかっこいいので常備することにする。


 いいぞいいぞ。


 漆黒の外套マントに身を包み、黒髪と同色の右目と月の様な銀の目を持ち、失われたはずの「魔法」を駆使する謎の男。


 それが今の俺だ。  

 

 誰の趣味なんだか知らないが、今はもう二本の尻尾を持った黒猫に変化している珠が「にあ」と鳴く。

 珠、いや黒猫――名前をつけなければならないな――が向いているほうへ視線を移動させる。


 二つ隣の丘陵の影から、相当な速度で疾走している馬車が視界に入った。


 それを追う様にして――いや襲っているといったほうが正しいか。

 馬車を守るように併走している騎士達に向けて、口から稲妻のようなものをはきだしている。

 地球では見たことも無い生き物、魔物モンスターの一種なのは間違いない。

 俺の知識では飛竜ワイバーンというのが一番近いか。

 なんかものすごくでかいんですけども。


 とはいえ、さあ最初のイベントだ。


 そう思った瞬間、馬車をはじめ移動するオブジェクト全てにカーソルが浮かび、それぞれの情報が表示される。

 追われているほうはヴェイン王国国王とその娘である第二王女とお付の侍女。馬車の回りを固めているのは近衛師団の騎士達だ。

 襲っている魔物モンスターは「雷龍」と表示されている。

 「使役状態」という表示も赤文字で浮かんでいる。


 便利だな、この義眼。


 よっし、異世界転移したら最初に遭遇するのは王族であるべきだよな。

 王様なのになぜか手薄な警備で国境うろうろして襲われていてくれないと、話が進まない。

 襲っている魔物モンスターが「使役状態」というのも偶然襲われているわけではないことを証明してくれている。


 まずはさくっと助けるとしましょうか。


 視界に


『介入するには距離があります。接近しますか?』


 の表示が浮かぶ。


 もちろん、と思ったと同時に


『YES MASTER。転移テレポートを発動します。転移完了と同時に戦闘状況開始。必要な情報を展開します』


 と表示される。


 これが左手のグローブの意志とやらか。

 俺が戦闘に慣れるまではフォローまでしてくれるとはよく出来ている。

 義眼とグローブが連動して、俺の魔力や能力チート、装備の管制をやってくれていると言うのが正解に一番近い気がする。


 珠、いや今はもう黒猫か、GJだ。

 一段落したら猫と義眼とグローブにそれぞれ命名しよう。


 その黒猫、名前はまだ無いが俺の左肩にとっ、と乗る。

 左手が少し熱くなり、身体の中心から少し何かが抜けるような感覚。

 これが「魔法」の発動なのかな?


 次の瞬間コマ落としのように視界が切り替わり、正面から馬車とそれを追う雷龍が見える。

 視界に表示される先頭の馬車との彼我の距離は330メートル、それが凄い勢いで減っていく。


 うわ、俺空中に浮いてるわ。


 目に映る馬車や騎士達には緑のカーソルが、追う雷龍には赤のカーソルが重ねられている。

 雷龍の数は八、有効な魔法が複数表示されているが、雷が得意な雷龍を雷属性の魔法で始末してやる。

 そう思うと同時に、俺を中心に、八本の巨大な雷の矢が生成される。

 

 ――さっきの転移テレポートといい、これレベル1の強さじゃないよなあ。


 空中に浮く俺を見上げながら何か叫んでいる御者と騎士達はとりあえず無視する。

 俺の足元を馬車が通過すると同時に魔法を発動する。


 八本の雷の矢が八体の雷龍を一瞬で貫き、一撃で絶命した雷龍たちがそのままの勢いで草原に墜落して地面を抉りながら停止する。

 当たる直前、魔法障壁みたいなのが3重に表示されたが、俺の雷の矢はそれをあっさりぶち抜いて雷龍に直撃した。


 でかいわ、こいつら。

 一体5メートルくらいあるんじゃなかろうか。


 一撃で絶命したことは、視界に表示される情報のHPが0になっていることから把握できた。

 レベル1でこれって、俺めちゃくちゃ強いんじゃないのか。


 振り返ると馬車と騎士達は停止し、こちらに向かって何か言っている。

 突然空中に現れた黒ずくめの「魔法遣い」だぞ、俺。

 我ながら相当怪しい存在だと思うから、雷龍から守ってくれたように見えたとしても逃げるべきじゃないのかなあと思うんだけど。


 まあとりあえずこれで、最初のイベントクリアだ。

 王族と仲良くなるというフラグも無事たっていることを願いつつ、俺は内心おっかなびっくりで高度を下げ始めた。 

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