第05話 1周目 【治癒無双】

 どす黒い空気をかもし出す、もはや王様ではなくただのお父様。

 そのお父様に絶対服従であり、負けぬくらいの負の空気を噴き上げるカイン近衛騎士団長以下騎士の皆様。

 そしてそれらの誰よりもおぞましい呪怨ともいうべき空気を纏い、人を射殺せるんじゃないかという視線を俺に向ける侍女――あれはもう鳶色の悪魔といっていいだろう――をおいて、俺とサラ王女は二人きりになっていた。


 いや、疚しい事をしているわけではない、けして。


 サラ王女のお願いとは、雷龍に襲われて脱落した近衛騎士たちを救って欲しいというものだった。

 いや、正確には「回収して欲しい」といったほうがいいか。


 いかな王族とはいえ、最大限年上に見積もっても十二歳、俺の感覚で言うなら小学校を卒業していない女の子が、「魔物モンスターに襲われた人がどうなるか」を正確に理解している。

 言葉でこそ救って欲しいとは言ってはいても、それがほとんど絶望的な願いである事をサラ王女は理解している。少なくとも俺にはそう見える。


 自分達王族を守るために命を落とした忠勇の騎士達を、野に晒したままにはしたくない。

 その願いを聞いた瞬間から、王様をはじめとしたみんなから吹き上がっていた負の空気は霧散した。


 だが通常であれば、それは現実的では無い願いであることも確かだ。

 いや、お涙頂戴で頷くことは出来ても、結果として命を賭してまで守った王と王女が、あえて突き放した言い方をするのであれば、今更どうしようもない遺体を回収する為に再び危険に晒されるのは論外だ。

 結果的に生き残った近衛騎士も再び危険に晒し、あまつさえ王と王女まで万一命を落とせば、それこそ先に命を落とした近衛騎士たちは死んでも死に切れない。


 身命を賭して救われた者が一番やってはいけないことは、その死を無駄にすることだ。


 命を賭した近衛騎士たちに正しく報いるのであれば、厳しく言えば自己満足に過ぎない情を見せることではなく、例え利己的と批判されようとまずはきちんと生き延びた後、身を挺してくれた近衛騎士たちの残された家族や恋人達に充分な補償をするべきだろう。

 それでも足りないと感じたときにこそ、忠勇の騎士として名誉を持って報いればいい。


 幼いとはいえサラ王女がそれを理解できていないとは思えない。


 だが今は俺という例外要素が存在する。

 近衛騎士団を持ってしても逃げの一手しか選ぶことが出来なかった雷龍の群れを一撃で始末した、魔法という強力な「逸失技術ロスト・テクノロジー」を駆使する謎の男。

 その「力」を貸してもらえれば安全に遺体を回収し、運がよければ命を救うことが出来るかもしれない。

 そう考えたからこそ、サラ王女は自分が何でも俺のいう事を聞く代わりに、俺の助力を乞うたのだ。


 王族としては軽率に過ぎると思うが、そこは幼さゆえか神託夢による確信かは判断が付かない。

 会って一時間も経たないうちに、俺がヘタレだと見抜かれているという事だけは無いと信じたい。

 

 結果として今俺は、馬車を中心に防御魔法陣を張り、サラ王女とともに騎士達が脱落した最初の場所へと転移テレポートで移動した状況だ。

 サラ王女は馬車で引き返し、その護衛として俺が着いて来てくれる事を想定していたようだが、こっちのほうがはやいのでこういう形に相成った。


 馬車で移動していたのでは


 サラ王女と俺を一時的とはいえ二人きりにする事に、お父様と鳶色の悪魔はかなり言いたいことがあったようだが、俺の義眼による広域検索サーチの結果、みな瀕死だが死んではいないことが解ると、「癒し」の力も持つサラ王女との同行を認めるしかなくなった。


 現在この世界ラ・ヴァルカナンにおいて「魔法」は逸失技術ロスト・テクノロジーとなっているが、神を信仰することによって得られる「神聖術」は一部王家や教会に現存しているらしい。

 サラ姫の「神託夢」や「癒し」もその類だ。


 根は同じ魔法であることは間違いない。


 なぜなら俺にも同じ「癒し」の魔法を使うことが可能だからだ。

 現代日本でも無神論者であった俺が、この世界ラ・ヴァルカナンの神を信じているわけも無い。


 そもそもどんな神様が居るのかも知らないしな。


 おそらく信仰のあり方が、世界ラ・ヴァルカナンの人々が「光系統の魔法」を覚えるための手段に合致しているのだろう。

 全属性の魔法を、能力チートで得た俺には関係ないわけだ。 


 安心させる為にカイン近衛騎士団長か、鳶色の悪魔くらいは連れてきてもよかったんだが、複数での転移テレポートは、魔力を大量に消費することが戦術管制担当グローブから警告された。

 「死んではいない」事がわかった瞬間のサラ王女の表情を見たため、俺の魔力は出来るだけ温存しておくべきだと判断して、自分以外は一人しか同時に転移テレポート出来ないと嘘をついた。


 渋々ながらそれで俺とサラ王女を二人きりにさせることを認めるくらいには、サラ王女の「神託夢」は信頼に足る能力なのだろう。

 俺が不埒な行為に及ぶのであれば、神託夢で警告されているはずというわけだ。


 ただ最初の転移テレポートを行う前、鳶色の悪魔が俺をみんなから少し離れたところへ連れて行った上で、こう言われた。


「大魔法遣いであるツカサ様。わたくしはサラ第二王女殿下の筆頭侍女であるセシル・ナージュと申します。私如きでは甚だご不満かとは存じますが、何卒私でご容赦頂きますよう伏してお願い申し上げます。何卒、何卒お願いいたします。何卒お聞き入れくださいますよう。私であれば真にどのようなことにでもお応え致します。サラ第二王女殿下の侍女を辞し、一生をツカサ様に捧げます。ですからサラ王女殿下だけは……」


 鳶色の悪魔の名前は、セシル・ナージュというらしい。

 サラ王女と並んでいると霞んでしまうとはいえ、王女の筆頭侍女を勤めるような女性だ。

 丁寧に手入れされたストレートの鳶色の髪と、気の強そうな同じ色の瞳。大きすぎず、小さすぎない適度な胸と、武官ではないため細身ではあるものの女性らしい丸みを帯びたラインは充分魅力的だ。

 年も俺と同じくらいのため、俺としてはサラ王女よりもセシルさんのほうがどきどきさせられる。

 王族の侍女となれるからには家柄もいいのであろうし、本来の俺であれば口も聞けない身分の差なんだろうなと思うと要らん緊張もしてしまう。


 それがものすごい事いってますね、これ。


 言葉こそお願いの形だが、有無を言わさぬ迫力だったためとりあえず了承するしかなかった。

 俺の了承に、鳶色の目に涙を浮かべて感謝されたが、この人本気で俺が十歳程度の女の子に無体な要求をすると思ってるんだろうなと思うとかなりへこんだ。


 何でもするって言ったよね? みたいなことは俺は言わない。

 そもそもサラ王女も「何でもする」とは言ってない。俺のいう事を何でも聞くといっただけだ。


 ――同じことか。


 主従してものすごいことを口にしている。

 

 しかしセシルさんも自分が仕える王女の貞操の危機(と思い込んでる)とはいえ、そう簡単に自分の生涯を差し出すものでもないと思うんだが。


 こっちの世界の価値観ではそういうものなんだろうか。

 落ち着いたらそんな必要は無いことをきちんと伝えておかなければ、最初に訪れることになるであろう王国での俺の評判がえらいことになりかねない。


 まあ俺よりも今はサラ王女のほうがへこんでいるだろう。

 いやへこむというには生易しい感情に支配されているはずだ。


 確かに脱落した近衛騎士たちは、死んではいない。

 全部で七名の、雷龍のブレスを喰らった近衛騎士たちは、俺達が全員のところを回る時間くらいは持つだろう。

 俺の義眼が表示してくれる、体力値の減少スピードからして三十分以上はまず間違いなく


 だがそれだけだ。


 雷龍による雷のブレスの直撃を食らった体は焼け焦げ、眼球なども損傷しているし毛髪は焼け落ち、顔立ちなど原形を止めていない。

 口を聞くことも出来ず、炭化した四肢がびくびくと痙攣している状況だ。

 普通であれば止めをさしてやったほうが慈悲となるだろう。


 そんな酷い状態に一切怯むことなく、サラ王女は元手があったであろう部分を両手で包み込む。

 いや怯んではいるのだろう、そんな場合じゃないと自分を律しているだけだ。

 それは震える身体からもわかる。


 真っ青な顔でサラ王女は自分の「癒し」の力を目の前の近衛騎士――名をザック・ダリアムというらしい――に行使し始める。


 どう見ても焼け石に水だ。


 俺の義眼が映す、サラ王女の魔力全てをつぎ込んでもザック氏一人救う事は不可能だろう。

 後の六名は言わずもがなだ。

 このまま放置すれば、俺達は結局、遺体回収をするだけになる。


「ザック、ごめんなさいザック。――」


 驚いた事にこの酷い状態であっても、サラ王女は今救おうとしている相手が誰か解っているらしい。

 続けて何か言おうとするが、喉がつっかえて言葉が出てこないようだ。

 泣いている場合じゃないのを理解しているのか、嗚咽は漏らさない。

 自分でも半ば無駄な行為だと理性では理解できているだろうに、「癒し」を止めようともしない。


 転移テレポート直後からは比べ物にならないくらい人の形を取り戻したザック氏だが、まだ体力値がじりじり減少するのが止まってはいない。

 致命傷から脱せてはいないという事だ。


「……サ…王…殿下……ご無…でし…か…………よかった……」


 うめき声すら出せなかった状況から、何とか声を搾り出せるくらいは回復したようだ。

 目は潰れて見えていないだろうに、自分にかけられる「癒し」の力からサラ王女だとわかったのか。


「僕……は…もう……駄…です。はや…お逃げ…だ…い……」


 その言葉を聞いた時点で、サラ王女の魔力が尽きた。

 ステータスマスターが表示する魔力を見ていると、俺の場合は消費した魔力はゆっくりと回復してゆくのだが、サラ王女のそれは一向に回復する兆しは無い。

 一度尽きれば、本来であれば何らかの手順を踏まねば回復しないものなのだろう。


 ザック氏の体力値の低下は止まっていない。


 サラ王女はもう癒しの光を発さなくなった自分の手を握り締めて、唇を噛みしめる。

 どうしようもない無力感が心を侵してゆくのが手に取る様にわかる。


 万事休す。




 ――ただしそれは俺が居なかった場合だがな!


 俺は悲劇を蹴っ飛ばす為にこそ能力チートを行使する!





「気が済みましたか? サラ王女」


 俺の言葉を「諦めろ」という意味に取ったのか、反射的にきっとした表情で俺のほうを振り返る。

 八つ当たりだと自分でもわかっているだろうに、そんなに冷静にはなれないよな。


 理不尽な、でも避けようの無い事態に対して、嘆きよりも怒りを感じる人か、この人は。

 こういう部分に大人も子供も無い。

 そして俺は好きだ、そういう人が。


 それと同時に、一瞬目を逸らしたザック氏の体全体が、つい先刻までサラ王女の手から発されていた「癒し」の光に包まれる。 


「これは……ツカサ様が?!」


「私はサラ王女のお願いを聞く事を了承しましたもので。私に出来る事なら、とも申し上げました。恐れながらサラ王女の魔力は尽きられたようですので、この後は私が引き継ぎます。残りの七名の方々も間に合うことは約束いたしましょう。――最初から私がこうしなかったことをお怒りになりますか?」


 一番体力値の少ない人の低下スピードが間に合わないレベルだと判断すればその時点で介入するつもりではあったが、それまではサラ王女がどうするのか、どういう態度を取るのかを見たいと思っていたのも事実だ。

 別にサラ王女が無力感を嘆き悲しむ人だったからといって、見捨てる気は無かった。

 とはいえ今この瞬間にも苦しんでいる近衛騎士の方々には申し訳ないことをしてるわけだし、非難されても仕方が無いとも思う。  


「なにを仰います! サラの力不足を補って下さる方に、怒りなど! ……でもちょっと意地悪かなとは思います」


 目じりに涙をためて、上目遣いにちょっと拗ねたような表情で見つめられる。

 張り詰めていたものが解放されて、気が抜けてもいいところだ。

 にも関わらず、きちんと王族として、というより今絶対機嫌を損ねてはいけない相手が好むであろうリアクションを返してよこす。

 俺の考えすぎかもしれないが、王族というのは恐ろしい存在だ。


「では御許しをいただけるように急ぎましょう。重傷を受けたショックがあるでしょうからとりあえず完治した状態で眠っておいて頂きます。防御魔法陣を張っておきますので後ほど回収しましょう。サラ王女はもはや魔力が残っていないご様子なので、ここでお待ちいただいてもよろしいですが、いかがいたしますか?」


「サラがついていく事で、ツカサ様の魔力が全員の治癒に足りなくなることはありませんか?」


 驚いた。

 そこまで気が回るものか。

 普通なら勝手に俺を万能だと信じてしまうような状況だろうに。

 いや俺の取り様によっては魔力が少ないと疑われたのかとへそを曲げる可能性だって無くは無い。

 どれだけちっちゃい人間だって話だが。

 俺の人となりをある程度把握したうえでの質問なんだろうが、サラ王女の顔にはそれなりの緊張が浮かんでいる。

 それだけ適当にしていい問題ではないと理解しているのだろうし、その上で問題ないのであれば自分達を守って倒れた近衛騎士を救いに行くのには同行したいという事だ。

 たとえ直接救うのが自分ではなくとも。


「そうですね。サラ王女の体重が十倍くらいあればちょっと危険かもしれませんね。ですが今のサラ王女程度であれば、なんの問題もないと思いますよ?」


転移テレポートの魔法って体重で魔力の消費量が変わるんですかっ?!――幼いからといって淑女レディに体重のお話をなさるなんて、魔法遣いというのはデリカシーが無いのですねツカサ様――それでしたら是非ご一緒させてください、よろしくお願いします!」


 俺の物言いに思わず驚いてしまったことが悔しいのか、拗ねた様子を見せた後で最初のお願いの時のように胸に飛び込んでくる。


 しがみ付いてくる小さくて華奢な手の力は、最初の時よりもずっと強かったが。

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