第31話:その後の三人 2




 何とか一命をとりとめたジョフロワ公爵だったが、打ちどころが悪かったのかベッドから起き上がる事が出来なくなった。

 当然公爵としての公務は出来ず、ジョナタンが行う事になる。



「これ、簡単だからやっておけ」

「これはまだ父から習って無いから無理」

「こんな些細な事は、いちいち俺に聞かなくても出来るだろう?」



 通常業務は簡単だからと、突発的な難しい事は習って無いからと、全てを家令に押し付けてしまったジョナタン。

 それならば今まで家令がやっていた当主に回すほどでは無い仕事をお願いすれば、今まで通り家令がやれと言う。


「あの当主代理は、居る必要が有るのか?」

 そんな不満が使用人や領民の間に広がったのも当然だろう。




 クーデターに近い状態で、ジョフロワ公爵家の当主の変更が行われた。

 当主の傍系血族である子爵家次男が当主になり、前ジョフロワ公爵はそのまま公爵家へと残った。

 ベッドから車椅子へと移乗され、新しい公爵のご意見番として生涯を過ごす事になる。


 ジョナタンは公爵位を継承出来ず、ジョフロワ家は他に爵位も持って居なかった為に、平民になるしかなかった。

 新しく当主になった人は、皆に推されるだけあり、とても慈悲深い人だったようで、ジョナタン達を着の身着のまま追い出す事はしなかった。


 ジョナタン達は公爵領の隅に家を貰い、そこに住み始めた。

 当たり前だが、ジョナタンはまともに働けない。

 公爵家の役立ずの前当主代理など、誰も雇ってくれないからだ。


 必然的にドリーの財産を食い潰す事になる。

「ふっざけんじゃないわよ!」

 公爵家の第二夫人の頃には、自由に買い物も出来なければ、公爵夫人としての社交も行えなかったのに、平民になった途端にドリーの財産で生活しようとするのだ。


「こんな事になるなら、母親を殺さないであの狒々ヒヒジジイの愛人になるんだったわ!」

 ドリーは大声でジョナタンを詰った。


 ドリーは理解していなかった。

 今居る家が、母親と住んでいた家よりも壁が薄く、外との距離が近い事に。

 大声を出せば、家の前を通った人間に話が丸聞こえだという事に。




「この件でお話を聞かせていただきたい」

 街の衛兵が1枚の号外新聞を持って、ドリーの元へとやって来た。

『堕ちた伯爵令嬢!自分の母親も殺していた!』

 そんな見出しで始まっていた号外は、『偶然通り掛かった本紙記者が、家の中から聞こえてきた罵声を元に色々と調査した』と当時の事が詳細に書かれていた。


 事件当日の人の出入りや、人間関係など。

 そして殺された母親が「家を出るから、一緒に住まないか」とよく飲みに行っていた店の男に声を掛けていた事、既に新しい家を買ってあった事も書いてあった。

 豪商から金を貰った母親は、当日ではなく何日も経ってからドリーに話していたのだ。


 元メイド殺人事件。

 ドリーの母親が殺された事件は、迷宮入りしていた。


 当時、ドリーが伯爵令嬢になってから豪商犯人説を唱えたので、特に捜査もされず、そうかもしれないという雰囲気になってしまった。

 それで豪商も、貴族相手だからと反論せずに、ドリーに大金を渡して示談にしたのだ。

 特に当時は、殺されたのは伯爵令嬢を誘拐した犯罪者とされていたので、どうでも良い事件扱いだった。



「あんのクソババア!……狒々爺に金貰って、全ての準備が終わってからアタシに話したのか!」

 ドリーは新聞をビリビリに破り捨てた。

「死んでからも、アタシの邪魔ばかりしやがって!」

 ドリーは目の前にあった物を、手当り次第に壁へと投げつけた。


「あの守銭奴が納得したにしては、貰った金が少ないと思ったんだよ!家を買ってやがったのか!」

 中身の入ったカップや、置いてあった果物、ランプ、ジョナタンの酒瓶、全てが壁を汚してゴミに成り下がった。

 中には窓を壊して外へ飛んで行った物もあるほど、凄まじい暴れ方だった。



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