第32話:その後の三人 3




 ドリーが連行された後の部屋の中は、それは悲惨な状態だった。

 ジョナタンは一人、薄暗くなった部屋の中で座っていた。

 ランプはドリーが壊してしまったので、明かりを点ける事も出来ない。


 ティファニーは、ジョナタンが平民になった時点で離婚し修道院へと自ら入った。

 平民は重婚が出来ない為に、ドリーかティファニーのどちらかは離婚しなければいけなかったのだ。


 ティファニーは何の相談もせず、引越し当日に自分の荷物を持って修道院へと行ってしまった。

 寄付金もほとんど無い元貴族女性。

 良い待遇では迎えられないだろうが、ティファニーには平民になるよりマシだったのだろう。



 ジョナタンは、部屋の中を見回した。

 薄暗く煤けた室内。

 暗いのは、明かりが無いからだけではないだろう。

 目を閉じると、煌びやかな公爵家の部屋が浮かんだ。

 今使っている油を燃焼させるランプではなく、魔法の力で室内を照らしていたランプ。

 いつも磨かれていた調度品達。

 埃など見た事も無い窓に棚。



 そして瞼の裏に浮かんだ自分と婚約破棄した後のシャーロットは、とても上品で美しかった。

 それが彼女の本来の姿だと知った。



 社交界デビューするシャーロットにドレスを贈ろうとしたジョナタンに、事細かにアドバイスしたのはティファニーだった。

 あまりにも要望が多過ぎて、面倒になり「金は出すから好きなドレスを買うようにしてもらう事にするよ」と言ってしまったのが失敗だった。


 なぜその後に、きちんとシャーロットと話し合わなかったのか。

 一緒にドレスを見に行けば、あの娼婦のようなドレスは選ばないと判っただろう。

 確かにティファニーは、嘘は言っていなかった。


「刺繍は細かく、全面的に」

 但し、ギラギラの金色の派手な物ではなく、落ち着いた金色で光の角度により意匠が浮かび上がって見える物だった。


「ネックレスが目立つように胸元は開けて」

 胸の膨らみが見えるほど縦に深く開けるのではなく、鎖骨が綺麗に見えるように横広に開いていた。


「体型が目立つものを」

 胸が目立つように体の線を強調するものではなく、上品ながらもスタイルの良さが判るデザイン。


「色は統一性を持たせて」

 派手な赤ではなく、落ち着いた碧色だった。


 どこまでが親切で、どこからが悪意だったのか。

 婚約破棄前に着ていたドレスも、全ての条件は備えたドレスだった。

 だからジョナタンは、シャーロットの趣味だと疑わなかったのだ。


 あの真っ赤なドレスと宝飾品は、ティファニーが注文していたと、婚約破棄後に知らされた。

 それならば原因はウェントワース侯爵家ではないか!と父親に反論したが、認められる事は無かった。


 シャーロットとの交流を怠ったのはジョナタンだったからだ。

 普段会う時との服装の趣味の違いに、なぜ気付かなかったと父親に逆に責められ、交流日にはティファニーやドリーと会っていたとは言えなかった。

 契約書にまで「シャーロットを大切にする事」と書かれていたからだ。




 ジョナタンから見て、小さい頃に親に勝手に決められた婚約者は、妙に頭が良くて可愛げが無かった。

 小さいからか、二人きりで会う事は無く、家族での交流だった。

 それが両親は来なくなり、シャーロットとティファニーとジョナタンの三人での交流会になった。


 学園に通うようになり、自然と会う時間が減った。

 数少ない交流日。

 ある時シャーロットだけが来たので「ティファニーは来ないのか?」と聞いた事があった。

 その日はいつも以上にシャーロットの口数が少なく、「やはりティファニーが居ないと盛り上がらないな」とジョナタンは何の気なしに告げた。


 それから、交流日にシャーロットが来ない事はあったが、ティファニーが来ない事は無くなった。


 学園にシャーロットが入学してきても、学園内で婚約者として交流を持つ事は無かった。

 翌年、ティファニーが入学して来て、当たり前のように昼食を一緒に食べるようになった。

 その時に友人だと紹介されたのがドリーだった。


 毎日昼食に誘うのにいつも断られるというティファニーの言葉を鵜呑みにして、なんて生意気な女だと、益々意固地になり、シャーロットとの交流をしなくなった。

 この頃には、夜会のエスコート以外では口も利かなくなっていた。



「俺は利用され、められたのか……」

 ジョナタンの声が暗い部屋に響いた。



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